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前編
一緒に買い物
しおりを挟む花宮とのやりとりの余韻に浸りながら、俺も学校からアパートへ足早に戻る。俺は今日、あることを計画していた。それが正しいことかどうかは、俺にも分からないが……。
「ただいま」
『あ、ナオ、おかえりー』
今日もテレビを見ていたりんは、音もなく玄関までスーッと寄ってくる。
『ねえナオ、エロい本やDVDはどこに隠してるの?』
「人の部屋を勝手に詮索するな。それよりりん、これからホームセンターに行こうと思う」
昨日りんと話していて、弁当箱とかお茶を作るポットとか、あとはトイレ・風呂の掃除用グッズを買わないといけないという話になった。
『あ、そっか。これから行くの?』
「ああ、だから……一緒についてきてくれ」
『うん。じゃあ、いってら……え?』
「俺一人だと、どれを買えばいいかわからないんだよ。りんが選んでくれると助かる」
『えっ? だってここから出られないんじゃ……』
「原則はな。でも俺と一緒に行動すれば、出られないことはない」
俺はいろいろ迷ったが、りんに外の世界を見せてやることだって、彼女を成仏させる上でプラスに働くんじゃないか。そう考えた。
『なによもうー! できるんだったら、最初から言ってよー』
りんはぶーぶー言いながら、その表情は嬉しそうだ。
「俺が夜寝る時に霊壁を張るだろ? あの霊壁は外から霊の侵入を防ぐだけじゃなくて、地縛霊を外に連れ出すときの空間としても使えるんだよ」
『へぇー、そんなこともできるんだね。ナオ、凄い! よっ、この天才霊能者!』
「調子に乗んな。じゃあまあそういうわけだから、早速出かけるぞ」
『うん!』
俺はりんの横で素早く呪文を唱え、空中に指で円を描く。
『うわぁ、これが霊壁の内側かぁ……不思議な空間だね』
「まあ霊体にしてみればそうだろうな。じゃあ行くか」
『うん! 楽しみー』
りんは散歩を待ちきれない犬のようにはしゃいで、玄関に向かった。
◆◆◆
俺はアパートのドアを開け、りんと二人で駅の方へ歩いて行く。
『あー本当に久しぶり。なんだか懐かしいなぁ』
「2ヶ月だと、そんな感じかもな」
『もう4月だもんね。あ、あそこ桜がまだ残ってる!』
りんは歩道の先にある桜の木に向かって、スーッと先を急ごうとする。
「あ、おい待て」
『あいたっ』
案の定……りんは霊壁にぶつかって、空中でしゃがみ込んでいる。
「言ったろ? 霊壁の外には出られないって」
『ああ、そっか。でも霊壁は見えないし……ねえ、霊壁ってどれくらいの大きさなの?』
「こうやって一緒に歩いている時は、大体半径3-4メートルくらいのドーム型って感じだな。瞬間最大だったら20メートルぐらいなら何とかなるが、俺の霊能力ではほんの数秒間しか維持できない」
『ふーん、そうなんだね』
これがオヤジだと常時半径100メートル、最大瞬間で街ごと覆うぐらいの霊壁を張ることができる。俺に言わせればバケモノだ。俺はまだまだ修行が足りないということになる。
駅の改札を抜け、ホームへ降りていく。まだ夕方のラッシュ時間前なので、人影はまばらだ。
『でもこうしてみるとさぁ……いろんなところに霊がいるんだね』
「……見えるのか?」
『見える見える。まあアタシもその一人なんだけどさ』
俺は集中して霊に対する感度を上げる。通常はその感度を下げ、余分な下等霊体は目に映らないようにしている。これはオヤジから受けた最初の修行だった。
俺が霊を見えるようになったのは3歳のとき。実家の寺のお堂で、観音様の横にいる霊体に一生懸命話しだしたらしい。
幼稚園に入る頃には、それこそ有象無象の霊体が目に映りだした。怖くなった俺は、オヤジに泣きながら訴えた。
この頃からオヤジは俺に対して霊能者としての修行を始めた。最初の修行は、この霊に対する感度のコントロールだった。これができなかったら、多分子供の頃の俺は頭がおかしくなっていただろう。
改めて俺は駅のホームを見渡す。ああ確かに……種々雑多な霊がいるな。まあ殆どがあてもなく彷徨っている下等霊だが……
『ちょっとナオ、あれ』
「ん? ああ……」
りんの視線の先には、一つ向こうの乗り場に立っている若い金髪の男。白線の内側でスマホを弄りながらホームに入ってくる電車を待っている。見るからにチャラそうな感じなのだが……問題はその背中に取り付いた背後霊だ。
「あまり良くはないな」
『だよね。なんかヤバそう』
その背後霊は若い女性の霊で、黒い禍々しいオーラを纏っている。その表情は苦悩に満ちていて、金髪の男を恨めしそうな眼差しで凝視している。
「あれはあの男となにかトラブって、亡くなったんだろうな。怨念のオーラが、かなり強い」
『ねえ、あれ放っておいて大丈夫?』
「あのレベルの霊力なら特にに何かできるわけじゃないが……」
まあ万が一のこともある。俺はその男が立っている乗り場の方へゆっくりと移動する。男の背後に回って列に並ぶフリをする。そして……
「おいっ!」
俺は霊体だけに聞こえる音域で、その女性の背後霊を怒鳴りつけた。背後霊はびっくりして俺の方を振り向き目を大きく見開くと、そのままフッと消えてしまった。
『あっ、消えた!』
りんがそう言うと同時に、その金髪の男もこちらへ振り向いた。なにか気配を感じたんだろう。俺のことをジロリと睨みつけると、また前を向きスマホを弄り始めた。
『あの霊はいなくなっちゃったの?』
「一時的にな。でもすぐにまた取り憑かれる。あの怨念はかなり強かったからな」
そこへホームに電車が入ってきた。俺とりんは電車に乗って席に座る。幸い乗客もそれほど多くなかった。
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