上 下
11 / 55
前編

一緒に買い物

しおりを挟む

 花宮とのやりとりの余韻に浸りながら、俺も学校からアパートへ足早に戻る。俺は今日、あることを計画していた。それが正しいことかどうかは、俺にも分からないが……。

「ただいま」

『あ、ナオ、おかえりー』

 今日もテレビを見ていたりんは、音もなく玄関までスーッと寄ってくる。

『ねえナオ、エロい本やDVDはどこに隠してるの?』

「人の部屋を勝手に詮索するな。それよりりん、これからホームセンターに行こうと思う」

 昨日りんと話していて、弁当箱とかお茶を作るポットとか、あとはトイレ・風呂の掃除用グッズを買わないといけないという話になった。

『あ、そっか。これから行くの?』

「ああ、だから……一緒についてきてくれ」

『うん。じゃあ、いってら……え?』

「俺一人だと、どれを買えばいいかわからないんだよ。りんが選んでくれると助かる」

『えっ? だってここから出られないんじゃ……』

「原則はな。でも俺と一緒に行動すれば、出られないことはない」

 俺はいろいろ迷ったが、りんに外の世界を見せてやることだって、彼女を成仏させる上でプラスに働くんじゃないか。そう考えた。

『なによもうー! できるんだったら、最初から言ってよー』

 りんはぶーぶー言いながら、その表情は嬉しそうだ。

「俺が夜寝る時に霊壁を張るだろ? あの霊壁は外から霊の侵入を防ぐだけじゃなくて、地縛霊を外に連れ出すときの空間としても使えるんだよ」

『へぇー、そんなこともできるんだね。ナオ、凄い! よっ、この天才霊能者!』

「調子に乗んな。じゃあまあそういうわけだから、早速出かけるぞ」

『うん!』

 俺はりんの横で素早く呪文を唱え、空中に指で円を描く。

『うわぁ、これが霊壁の内側かぁ……不思議な空間だね』

「まあ霊体にしてみればそうだろうな。じゃあ行くか」

『うん! 楽しみー』

 りんは散歩を待ちきれない犬のようにはしゃいで、玄関に向かった。


              ◆◆◆ 


 俺はアパートのドアを開け、りんと二人で駅の方へ歩いて行く。

『あー本当に久しぶり。なんだか懐かしいなぁ』

「2ヶ月だと、そんな感じかもな」

『もう4月だもんね。あ、あそこ桜がまだ残ってる!』

 りんは歩道の先にある桜の木に向かって、スーッと先を急ごうとする。

「あ、おい待て」

『あいたっ』

 案の定……りんは霊壁にぶつかって、空中でしゃがみ込んでいる。

「言ったろ? 霊壁の外には出られないって」

『ああ、そっか。でも霊壁は見えないし……ねえ、霊壁ってどれくらいの大きさなの?』

「こうやって一緒に歩いている時は、大体半径3-4メートルくらいのドーム型って感じだな。瞬間最大だったら20メートルぐらいなら何とかなるが、俺の霊能力ではほんの数秒間しか維持できない」

『ふーん、そうなんだね』

 これがオヤジだと常時半径100メートル、最大瞬間で街ごと覆うぐらいの霊壁を張ることができる。俺に言わせればバケモノだ。俺はまだまだ修行が足りないということになる。

 駅の改札を抜け、ホームへ降りていく。まだ夕方のラッシュ時間前なので、人影はまばらだ。

『でもこうしてみるとさぁ……いろんなところに霊がいるんだね』

「……見えるのか?」

『見える見える。まあアタシもその一人なんだけどさ』

 俺は集中して霊に対する感度を上げる。通常はその感度を下げ、余分な下等霊体は目に映らないようにしている。これはオヤジから受けた最初の修行だった。

 俺が霊を見えるようになったのは3歳のとき。実家の寺のお堂で、観音様の横にいる霊体に一生懸命話しだしたらしい。

 幼稚園に入る頃には、それこそ有象無象の霊体が目に映りだした。怖くなった俺は、オヤジに泣きながら訴えた。

 この頃からオヤジは俺に対して霊能者としての修行を始めた。最初の修行は、この霊に対する感度のコントロールだった。これができなかったら、多分子供の頃の俺は頭がおかしくなっていただろう。

 改めて俺は駅のホームを見渡す。ああ確かに……種々雑多な霊がいるな。まあ殆どがあてもなく彷徨っている下等霊だが……

『ちょっとナオ、あれ』

「ん? ああ……」

 りんの視線の先には、一つ向こうの乗り場に立っている若い金髪の男。白線の内側でスマホを弄りながらホームに入ってくる電車を待っている。見るからにチャラそうな感じなのだが……問題はその背中に取り付いた背後霊だ。

「あまり良くはないな」

『だよね。なんかヤバそう』 

 その背後霊は若い女性の霊で、黒い禍々しいオーラを纏っている。その表情は苦悩に満ちていて、金髪の男を恨めしそうな眼差しで凝視している。

「あれはあの男となにかトラブって、亡くなったんだろうな。怨念のオーラが、かなり強い」

『ねえ、あれ放っておいて大丈夫?』

「あのレベルの霊力なら特にに何かできるわけじゃないが……」 

 まあ万が一のこともある。俺はその男が立っている乗り場の方へゆっくりと移動する。男の背後に回って列に並ぶフリをする。そして……

「おいっ!」

 俺は霊体だけに聞こえる音域で、その女性の背後霊を怒鳴りつけた。背後霊はびっくりして俺の方を振り向き目を大きく見開くと、そのままフッと消えてしまった。

『あっ、消えた!』

 りんがそう言うと同時に、その金髪の男もこちらへ振り向いた。なにか気配を感じたんだろう。俺のことをジロリと睨みつけると、また前を向きスマホを弄り始めた。

『あの霊はいなくなっちゃったの?』

「一時的にな。でもすぐにまた取り憑かれる。あの怨念はかなり強かったからな」

 そこへホームに電車が入ってきた。俺とりんは電車に乗って席に座る。幸い乗客もそれほど多くなかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

唾棄すべき日々(1993年のリアル)

経済・企業 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

逆行令嬢と転生ヒロイン

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:65

けれど、僕は君のいない(いる)世界を望む

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:0

若妻はえっちに好奇心

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:274

[完結]Re:活 前略旦那様 私今から不倫します

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:28

正当な権利ですので。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:527pt お気に入り:1,102

次は幸せな結婚が出来るかな?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:147

コロッケを待ちながら

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

【R18】ラヴ・トライアングル

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:22

処理中です...