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前編

予行演習

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 俺は最初に生姜焼きにかぶりついた。甘辛い濃いめの味付けに、生姜の風味がガツンと口の中に広がる。

「う、うまい!」

 俺は思わず声が大きくなった。

『そう、よかった』

「なんだか俺ばっかり食べて悪いな」

『全然。だってお腹空かないもん。美味しそうだなーとは思うけど、食べたいなーとはならないよ』

「まあ実際食べられないんだけどな」

 俺は再び生姜焼きにがっつく。付け合せのもやしとキャベツ、豆腐の味噌汁もあっという間になくなった。結局俺はごはんを2回おかわりした。

「あーなんか久しぶりに美味いものを食べた気がするよ。ごちそうさま!」

『はいはい。なんだかナオの食べっぷりを見てると、こっちまで気持ちがいいよ』

 俺は皿やドンブリを流しに運ぶ。寮でも返却口へ持っていっていたが……今日からは自分で洗わないといけない。

「あー皿洗うの、面倒くさいなぁ」

『アタシがやってあげられればいいんだけどね』

「そりゃ無理だろ」

 皿洗いをしてくれる地縛霊とか……でも確かにいたら助かるな。

 俺はスポンジに洗剤を垂らして、食器を一つずつ洗っていく。

『ねえ……なんかさぁ』

「なんだ?」

『恋人同士って、こんな感じなのかなぁ』

「はぁ?」

 俺はちょっと変な声が出た。

『だ、だってさ、男の人の部屋でさ、一緒に食事してさ、お話しながら食器を洗って……なんかそういうのいいなぁって……』

「まあ……事実だけを見れば、そんな感じに思えなくもないが……」

 大きな違いは、りんが地縛霊だということだが。

『ナオは今、彼女いないんでしょ?』

「勝手に決めつけんな。まあそうだけど……ていうか今まで彼女とか、いたことないぞ」

『じゃあさ、これから一人暮らしになるわけじゃん。そしたら女の子とか連れ込めるようになるわけでしょ? それで……ここでいろんなことだってできちゃうわけじゃん! きゃーー』

「一人で盛り上がるな。りんがいる前でそんなことできないだろ?」

『もちろんアタシが居なくなったあとだよ。アタシが成仏したあとにさ、その……未来の彼女と上手くやっていくためにさ、アタシと予行演習でもすればいいじゃない』

「予行演習?」

『そうそう。どんな話をしたらいいかとか、何をしたら女の子が喜ぶか、とかさ。アタシがレクチャーしてあげられるよ。あ、でもエロいことはできないからね!』

「あたりまえだ。ていうか、りんだって恋愛経験なかったんじゃないのか?」

『そうだけどさ。でもこれでも生きてたら高2女子なんだから、予行演習の相手としてはいいでしょ? それともナオは小学生ぐらいの女の子じゃないと興奮しないの?』

「人の性癖を勝手に決めんな。ていうか俺のことはいいんだよ。それよりもりんがどうしたら成仏できるのか、それを優先的に考えてくれ」

『んーそうだよね。でもさ……『やり残したことの後悔』っていう意味でいうと、アタシはこんな感じで彼の部屋で料理を作ってあげてさ、それからまったりしてイチャイチャしたりするのが夢だったなー』

「お前、本当に恋愛脳の塊だな」

『あーでも、もうちょっとイケメンで背が高いほうがアタシは好みかなー』

「お前マジでオヤジに強制成仏してもらうわ!」

 りんは『うそうそー』とか言いながら、ヘラヘラと笑っている。ただ……俺は思った。こういう何気ない会話だって、ひょっとしたらりんが生前にやりたかったことの一つだったんじゃないだろうか。たとえその話相手が彼氏じゃないとしてもだ。


              ◆◆◆


 翌日学校へ行くと、朝のSHRで席替えをした。男子生徒は全員、巫女様の隣になりますようにと願っていたと思う。もちろん俺もその一人だ。

 俺の席はいちばん窓際の列の後ろから3番目。かなり良いポジションだ。

 そして俺の願いが通じたのか……花宮は俺の斜め前の席になった。それはもう、かなり近い。逆に隣じゃなくてよかった。隣の席の至近距離でもし目が合ったりしたら、俺の心臓は3日と持たない。

 ちなみに雄介は最前列の廊下側から2番目の席。イケメン、残念だったな。

 俺は授業中、斜め後ろから花宮の背中を見つめる。背中の黒髪はツヤツヤストレートで、花宮の頭が少し動くたびにサラサラと音を立てるようになびいた。絶対に花宮の周りだけは二酸化炭素濃度が圧倒的に低い。巫女様は地球環境にもやさしいのである。

 そして気がついたのだが……授業中にプリント前から配れると、花宮は後ろに回すとき必ず左を向いて後ろの生徒にプリントを渡す。そしてその時に俺と少しだけ目が合うのだ。

 つまりその時は、俺も花宮を見ているということだが……そりゃ見るだろ? 可愛らしい二重の目元とか、シュッとした鼻筋とか、隠れ巨乳と噂の胸元とか……健全な高2男子なら、見ないという選択肢はない。

 俺は花宮の後ろ姿に見とれて、授業にあまり集中できなかった。プリントが配られるときなんかは「おっ、きたきたきたぁ」と一人で盛り上がっていた。そしてこちらに振り向いた瞬間、花宮の顔を拝む。眼福ではあるが……我ながら、さすがに気持ち悪い。

 最後の授業が終わり、たっぷりと花宮成分を吸収した俺は帰り支度をする。そして花宮もちょうど帰るところだ。すると花宮は振り向いて……

「じゃあね、城之内君。バイバイ」

 巫女様が胸元で小さく手を振り、はにかみながらそう言った。俺は昇天しそうになる。

「ああ。またな」

 そういうのが精一杯だった。少しうつむきながら恥ずかしそうに教室を出ていく花宮の後ろ姿を、俺は目で追っていた。うーん、歩く姿も優雅で可愛らしい。
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