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前編

豚の生姜焼き

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「りん、『君の海馬を食べたい』っていう映画、知ってるか?」

『もちろん! ヒロインの女の子が人の顔とか名前とかを覚えられなくなって、記憶もなくなって……最後に死んじゃうんだよね。アタシはテレビで見たんだけど、泣いちゃったよ。大ヒットした映画だよね?』

「あの映画で二人でお寺に行って、おみくじを引くシーンがあっただろ? あれ、うちのお寺だ」

『えー、そうだったの? なんとなく覚えてるよ。じゃあかなりお客さん増えたんじゃない?』

「ああ、それからは大変だった」

 その映画の大ヒットのおかげでうちの寺は「聖地巡礼」の対象になり、若い観光客が爆発的に来るようになった。引かれるおみくじの数は10倍以上になったらしい。

 さらに兄貴は寺の敷地内に小さなカフェも作り、プリンやらわらび餅やらのスイーツを充実させた。週末は特に人手が多く、駐車場は警備員を雇わないといけないぐらい渋滞するのだ。

『へぇー、お兄さんやり手だね。当然将来はお寺を継ぐんでしょ?』

「もちろん、そうなるだろうな」

『ナオも実家を手伝うの?』

「正直俺はあまり関わりたくないんだけどな……」

 そう……本音を言うと俺はお寺とか仏事・宗教とか、あまり興味がない。ただ幸か不幸か、この能力を引き継いでしまった。

「この霊能者としての能力は、なぜか一代に一人しか譲り受けないんだ。理由はわからないけど、代々の家系図を見てもそれはハッキリしている」

『……てことは、ナオのお兄さんも妹さんも、霊能力は無いってこと?』

「その通り」

 それでも兄貴は多少は必要かもしれないからと、オヤジから修行を受けた時期もあった。しかし「霊の存在を感知する」ぐらいの能力しか身につかなかった。俺のように霊が見えたり声が聞こえたり、あるいは式神を使えたりということは一切できない。

 オヤジに言わせると「まあ持って生まれたものじゃからな。できんものはできんわい」ということらしい。

「俺は気が進まないんだけど……オヤジのような霊能者が大きな事故や自然災害を未然に防ぐことが多々あるらしいんだよ。それは霊能力を受け継いだ者の使命みたいなものだから、気が進まないけど……俺は自分の使命は全うするべきだと思ってる」

『だから仏教系の栄花学園に入ったんだね。なんかカッコいいじゃん!』

「茶化すなって」

『じゃあ将来はナオの次に、ナオの子供がその役目を引き継ぐってこと?』

「これがそんなに単純な話じゃないんだ。霊能者の子供に霊能者が出る、というわけでもないんだよ。甥や姪、孫という場合もある。いずれにしても俺は、家族や近しい親族から次の霊能者を見つけて修行させる役割も担っているんだ。ちょうど俺のオヤジみたいにな」

『なるほどねー、それはそれで大変だね』

「まあでも俺にしかできないことだからな」

 本当は普通に就職して普通に人生を送っていきたいという思いも強いが……まあ考えたって仕方ない。

『そろそろ夕食、作ろっか?』

「ああ、よろしく頼む。教えてくれ」

 俺は重い腰を上げ、りんと一緒にキッチンに移動した。


              ◆◆◆


『まずはご飯を先に炊いておこうよ。お米研いだことある?』

「まあそれくらいなら」

 俺は米を研いで炊飯器にセットした。

『じゃあ豚のしょうが焼きを作っていくね』

「メニューのチョイスがいいな。男子高校生をよくわかってる」

『ハンバーグと唐揚げと豚の生姜焼き、この3つは男子に人気のメニューだよね』

「確かにそうだな」

 その3つのメニューだったら、俺は白飯3杯は軽くいける。

 りんの指示にしたがって、まずはタレを作る。チューブ入りの生姜、砂糖、料理酒、しょうゆ、みりんを混ぜるだけだ。

 次に付け合せのもやしを炒めて軽く塩コショウ。先に取り出してお皿に盛り付ける。

『じゃあ豚肉を取り出して……外側の脂身部分に切れ込みを入れて』

「なんでそんなことするんだ?」

筋切すじきりっていうんだけど、これをやっておくとお肉が丸まらないんだよ』

「へー、いろんなこと知ってんだな」

『これぐらい常識だよ』

 俺はりんに言われた通り、豚肉の赤身と脂身の間に4-5箇所切込みを入れる。

『あとは焼くだけだからね』

 プライパンに油を引いて豚肉を焼き始める。ジュージューと香ばしい音が聞こえ、食欲をそそる。

「うわー、美味そうだな」

『もうそろそろいいかな。さっき作ったタレをかけて』

 りんに言われてタレをフライパンに入れる。ジュワーっと更に音が大きくなり、例の生姜焼きの匂いがキッチンいっぱいに広がった。

「おおっ、もう出来上がりなのか?」

『タレがよく絡んだらOKだよ。お皿に移して』

 俺は肉をお皿のもやしの隣に乗せた。さらに買ってきた刻みキャベツも添えて、ドレッシングをかける。それとインスタントの味噌汁をドンブリに入れて、豆腐を半丁サイコロ切りにしたものをぶちこんだ。

『今度スーパーに行ったら、お味噌も買ってくるといいよ。ちょっと面倒くさいけど調味料としても使えるしね』

「今日は荷物が重かったからな。次回買ってくるわ」

 豚のしょうが焼きともやし炒めに刻みキャベツ、豆腐の味噌汁に白ごはんだ。俺は全部テーブルの上に運んだ。

「うわー、めっちゃ美味そう! それじゃあ早速、いただきます!」

『はい、どうぞ。私が作ったわけじゃないけどね』

「でもりんがいなかったら、絶対作れなかったぞ」

『確かにそうかも』

 りんは俺の横で、ニコニコと笑っている。
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