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前編

環奈先生

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「まったく……りんのせいで、えらい目にあったぞ」

『だからゴメンって。本当にゴメン。反省してるから』

「やっぱり学校へ連れてくるべきじゃなかったかな……」

 俺はブツブツと言いながら、廊下を歩いて行く。



 
 午前中の授業が終わり急いで弁当を掻き込んだ俺は、りんと二人で足早に移動する。

『ところでこれからどこに行くの?』

「ちょっとな。話をしておいた方がいいと思って」

『……告白なら体育館裏の静かなところがいいな』

「誰が誰に告白するんだよ!」

 りんが俺の横で『もう冗談なのにー』と言っている間に、俺たちは目的地に到着した。

『ここって……保健室?』

 ドアの上のプレートを見て、りんはそう言った。

「そうだ」

『もう、ナオ……いきなりベッドの上なんて、アタシだって心の準備が』

「入るぞ」

 りんの猿芝居を無視して、俺はドアをノックする。中から「はーい、どうぞー」という女性の声がした。ガラガラと引き戸を開け、俺たちは中に入る。

「あら、ナオ君……じゃなかった、城之内君。久しぶりじゃない」

「ナオでいいですよ。環奈かんな先生、今ちょっといいですか?」

 俺は正面の白衣の女性……環奈先生にそう答えながら、素早く保険室内を見渡す。よかった、誰もいない。

「ん? あれ、この感じ……ナオ君、なにか連れてきてる? それともこれは……霊壁なの?」

「両方とも正解です。さすがですね」

「正解って、ちょっと……うわ、なにこれ? ちょ、ちょっと! 誰なの?」

『ちょっとナオ、この人私のこと見えてるの』

「ああ、多分な。環奈先生も霊能者なんだよ。といっても霊能力は俺よりは弱いんだけど……環奈先生、彼女のこと見えますか?」

「薄っすらとだけど……ちょっと待ってて。感度を少し上げてみるから。あー、これ久しぶりだなぁ……」

 環奈先生はそう言って目を閉じると、大きく深呼吸をする。10秒ほど経っただろうか……再び目を開けた。

「うん、ずいぶんクリアに見えてきたわ。でもやっぱりナオ君の霊壁の中じゃないと見えないと思う」

「まあそうでしょうね。霊壁の中では、持っている霊能力が増幅されますからね」

「さてと……あら、随分可愛らしい霊体じゃない。ちょっと……スカートが短いわね」

『えっと……こんにちは。りんって言います』

「あらー、これまた念話も随分クリアだわ。はじめまして、私は三宅環奈みやけかんな。ここの保健室の養護教諭よ」

『環奈ちゃんね。よろしく、環奈ちゃん!』

「それにしても……ナオ君、この子恐ろしく霊力高くない? 私にも念話が届くし、私の声もちゃんと聞こえてるのよね?」

「とんでもなく高いですよ。俺も驚いてます」

 環奈先生は、もともとは俺の兄貴と同じ大学、栄花大学の1つ下の後輩で同じアウトドアサークルに所属していた。

 ところが大学2年の時、突然「霊能力」が開花した。すると見たくもない色々な霊があちこちで見えだして、環奈先生はパニックに陥ってしまった。

 そのときに話を聞いた俺の兄が、環奈先生を実家の寺に連れて行った。そして俺のオヤジが環奈先生に、霊に対する感度のコントロールの修行をさせた。俺が子供の時に受けた修行と同じものだ。

 それからも時折うちの実家の寺にやって来て、修行を続けている。そうしないと感度のコントロールが鈍くなるからだ。「能力のメンテナンス」のようなものだ。

 なので俺は環奈先生を昔からよく知っているし、この学校の養護教諭になったことも俺が入学する以前に知っていた。

「ところでナオ君、どうしてこの子を学校に連れてきてるの? 随分大胆なことをするわね」

「それがですね、環奈先生……」

 俺は今までの経緯を詳しく話した。今朝授業中に起こった事件まで、あらいざらいだ。

「あーっはっはっ! 可笑しいー! りんちゃん、やるわね」

「まったく笑い事じゃないですよ。マジでコイツ、オヤジに頼んで強制成仏させようかと思いました」

「もうナオ君、冗談でもそういうこと言わないの」 

『ねえナオ、この間も言ってたけど……強制成仏って強制的に成仏させるってことだよね? それだったら私を強制成仏してくれれば』

「ダメだ」「ダメよ」

 俺と環奈先生の声が重なる。

「りん、強制成仏というのは名前だけで、正確には成仏じゃない。強制的にこの世から霊を排除するという意味なんだ」

『排除?』

「りんのように成仏できなかった霊は、俺たち霊能者や宗教者が霊にできるだけ寄り添って成仏させるべきなんだけど……もし怨恨の念があまりに強くて悪霊と化した場合、もう成仏させるには手遅れなんだ。そうしたときの最終手段が強制成仏だ」

 悪霊と化した霊は、他人に危害を加える可能性が極めて高い。また人間とも獣とも区別がつかないとんでもなく巨大な悪霊が発生することだってある。そのメカニズムはよくわからないが、過去にはその力で岩を砕き崖崩れを起こし、その地域の村一帯を壊滅状態に追い込んだ例もあったらしい。

「そんなときは強制成仏をせざるを得ないんだけど……強制成仏を受けた魂の行き先は、『永遠の闇』なんだよ」

『永遠の……闇?』

「そうだ。ブラックホールのようなところと言えばわかりやすいか。何も見えず何も聞こえない。もちろん周りには誰もいないし何もない。そんな場所で何万年・何億年、未来永劫過ごさないといけない。もちろん死んでその苦しみから抜け出すこともできない。既に死んでいるわけだからな」

 りんの表情が固くなる。
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