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前編
繊細な舌
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「いや、ちょっと……そう、口の中に口内炎ができてて、熱いものを食べると痛いんだよ」
「そうだったんだね。じゃあ少し冷ましてゆっくり食べたほうがいいよ」
「……ああ、確かにそうだ。ゆっくり食べるようにするよ」
俺はハヤシライスを少し冷ましながら、ゆっくり食べるようにした。俺はこのアツアツのハヤシライスが好きなのに……
「んーおいしー。これ、本格的な味だね。人気が出るわけだよ」
花宮はハヤシライスを頬張りながら、本当に幸せそうな表情をしている。
「気に入ってもらえて、よかったよ」
「これなら私、毎日でも食べたいよ」
「いや、俺だって毎日は食べてないぞ」
俺と花宮は顔を見合わせて笑った。
『うわー、これものすごく複雑な味だね。お子様向けというよりと大人向けの味付けなんだ』
『そうなのか? まあ言われてみればそうかもしれんが』
『香り付けがもの凄く凝ってる。ベースは赤ワインとトマトピューレなんだけど……洋酒……ブランデーかな? それとローリエの葉に……隠し味で醤油とカレー粉? いや、クミンとコリアンダーだと思う』
『そこまで分かるのか?』
『多分だけどね。あとは普通に牛肉、玉ねぎ、人参、セロリ、にんにく、バターに生クリーム、砂糖かハチミツ、コンソメにウスターソースかな……うん、大体わかった。ナオ、アパートに戻ったら、これ作ってみよう』
『マジか?』
『うん。これに近いものを作ってさ、琴ちゃんに食べさせてあげなよ。琴ちゃん、絶対に喜ぶよ。そしたらさ、もう琴ちゃんのレースの紐パンとブラのセットはナオのものだよ』
『頼むからエロゲーから離れてくれ』
それにしても……りんは物凄く繊細な舌を持ってるんだな。いや、舌は俺の舌なんだけど、その感覚がとんでもなく鋭敏のようだ。
俺は向かい側の花宮の様子を垣間見る。とても楽しそうに、幸せそうにハヤシライスを食べていた。美味しい食べ物って人を幸せにするんだろうな。そういう意味では俺はりんにいつも食事の手伝いをしてもらっているわけだから、感謝しないといけない。
俺たちがハヤシライスを食べ終えると、デザートが運ばれてきた。俺は取り皿をもう一つもらって、パンケーキを半分取り分けて花宮の前に置いた。
「え? いいの? ありがとう」
「ああ、さすがに食べきれない」
「じゃあ私のジェラートも、半分食べてよ」
「いや、大丈夫だから」
「……じゃあ……一口だけ食べる?」
花宮は少しだけ躊躇して……スプーンで柚子のジェラートをすくってから、はいっと俺の目の前に差し出してきた。表情が明らかに照れている。
今度は俺が躊躇する番だった。うわなにこれ……羞恥に満ちた花宮の表情が可愛すぎて鼻血が出そうだ!
『ちょっとナオ、何しているの! ここはアーン一択だよ。もしボケるんだったら、琴ちゃんの親指をパクってしなさいよ!』
『できるか!』
俺はメチャメチャ照れくさかったが、口を開けてそのスプーンをパクついた。たださすがにそのスプーンをそのまま花宮に使わせるわけにはいかないので、俺は店員さんを呼んでスプーンをもう一つ持ってきてもらうようにお願いした。
「わ、私、気にしないからいいのに」と言う花宮は、明らかに頬が紅潮している。でもそれは気にしてるからだろ? 俺だって気になるし。
そんな儀式がありながら、俺たちはデザートを食べ始めた。
『あのジェラート、凄く柚子の香りが豊かだったね。甘酸っぱくて美味しかったよ!』
『そうか? 俺は……緊張して味がわからんかった』
『もう、これだから童貞は』
『お前が言うな!』
俺はりんとそんなやり取りをしていると、パンケーキを食べ始めていた花宮から感嘆の声が上がる。
「うわー、このパンケーキ食感が面白い! 凄くもちもちしてるね」
『確かにそうだね。これ多分、タピオカ粉が入ってるよ』
「多分……タピオカ粉が入っているからじゃないか?」
「え? そうなの? 城之内君、そんなことわかるの?」
「あ、いや、前に店員さんから聞いたことがあるんだよ」
「そうなんだね。私も家でやってみようかな」
『うん、アタシも前に家で作ったことあるよ。でもアタシはフワッフワの食感の方が好きだなぁ』
俺はもう、どっちに何をどう話せばいいか、頭がこんがらがってきていた。りんに憑依された状態で他人と話すのは、難しすぎる。
デザートを食べ終えた俺たちは、早々に店を出ることにした。数人ではあるが、店の入口で待っているお客さんがいる。テーブルを立つと同時に、りんは俺の体から離脱した。
どこかで少し休憩したかったので、カフェの外にあるベンチに腰掛ける。ちょうど日陰で風通しがよく、食後の俺たちはそこで涼を取ることにした。
「あーお腹いっぱい! おいしかったー」
「けっこう量あったもんな」
「パンケーキが意外に重かったよ」
花宮は笑いながら自分のお腹をさする。俺は視線を花宮のお腹あたりに落とす。ワンピースのリボンが結ばれた花宮のウエストは、細くて華奢だった。俺は視線を少し上に移すと、その細いウエストと対象的な主張の強い双丘が……
「あんまり見ないで……恥ずかしいよ」
花宮は麦わら帽子で自分のお腹付近を隠した。ツヤツヤの黒髪が風に揺れ、俺の頬に触れそうになる。あどけない笑顔の花宮は、本当に可憐だった。
「そうだったんだね。じゃあ少し冷ましてゆっくり食べたほうがいいよ」
「……ああ、確かにそうだ。ゆっくり食べるようにするよ」
俺はハヤシライスを少し冷ましながら、ゆっくり食べるようにした。俺はこのアツアツのハヤシライスが好きなのに……
「んーおいしー。これ、本格的な味だね。人気が出るわけだよ」
花宮はハヤシライスを頬張りながら、本当に幸せそうな表情をしている。
「気に入ってもらえて、よかったよ」
「これなら私、毎日でも食べたいよ」
「いや、俺だって毎日は食べてないぞ」
俺と花宮は顔を見合わせて笑った。
『うわー、これものすごく複雑な味だね。お子様向けというよりと大人向けの味付けなんだ』
『そうなのか? まあ言われてみればそうかもしれんが』
『香り付けがもの凄く凝ってる。ベースは赤ワインとトマトピューレなんだけど……洋酒……ブランデーかな? それとローリエの葉に……隠し味で醤油とカレー粉? いや、クミンとコリアンダーだと思う』
『そこまで分かるのか?』
『多分だけどね。あとは普通に牛肉、玉ねぎ、人参、セロリ、にんにく、バターに生クリーム、砂糖かハチミツ、コンソメにウスターソースかな……うん、大体わかった。ナオ、アパートに戻ったら、これ作ってみよう』
『マジか?』
『うん。これに近いものを作ってさ、琴ちゃんに食べさせてあげなよ。琴ちゃん、絶対に喜ぶよ。そしたらさ、もう琴ちゃんのレースの紐パンとブラのセットはナオのものだよ』
『頼むからエロゲーから離れてくれ』
それにしても……りんは物凄く繊細な舌を持ってるんだな。いや、舌は俺の舌なんだけど、その感覚がとんでもなく鋭敏のようだ。
俺は向かい側の花宮の様子を垣間見る。とても楽しそうに、幸せそうにハヤシライスを食べていた。美味しい食べ物って人を幸せにするんだろうな。そういう意味では俺はりんにいつも食事の手伝いをしてもらっているわけだから、感謝しないといけない。
俺たちがハヤシライスを食べ終えると、デザートが運ばれてきた。俺は取り皿をもう一つもらって、パンケーキを半分取り分けて花宮の前に置いた。
「え? いいの? ありがとう」
「ああ、さすがに食べきれない」
「じゃあ私のジェラートも、半分食べてよ」
「いや、大丈夫だから」
「……じゃあ……一口だけ食べる?」
花宮は少しだけ躊躇して……スプーンで柚子のジェラートをすくってから、はいっと俺の目の前に差し出してきた。表情が明らかに照れている。
今度は俺が躊躇する番だった。うわなにこれ……羞恥に満ちた花宮の表情が可愛すぎて鼻血が出そうだ!
『ちょっとナオ、何しているの! ここはアーン一択だよ。もしボケるんだったら、琴ちゃんの親指をパクってしなさいよ!』
『できるか!』
俺はメチャメチャ照れくさかったが、口を開けてそのスプーンをパクついた。たださすがにそのスプーンをそのまま花宮に使わせるわけにはいかないので、俺は店員さんを呼んでスプーンをもう一つ持ってきてもらうようにお願いした。
「わ、私、気にしないからいいのに」と言う花宮は、明らかに頬が紅潮している。でもそれは気にしてるからだろ? 俺だって気になるし。
そんな儀式がありながら、俺たちはデザートを食べ始めた。
『あのジェラート、凄く柚子の香りが豊かだったね。甘酸っぱくて美味しかったよ!』
『そうか? 俺は……緊張して味がわからんかった』
『もう、これだから童貞は』
『お前が言うな!』
俺はりんとそんなやり取りをしていると、パンケーキを食べ始めていた花宮から感嘆の声が上がる。
「うわー、このパンケーキ食感が面白い! 凄くもちもちしてるね」
『確かにそうだね。これ多分、タピオカ粉が入ってるよ』
「多分……タピオカ粉が入っているからじゃないか?」
「え? そうなの? 城之内君、そんなことわかるの?」
「あ、いや、前に店員さんから聞いたことがあるんだよ」
「そうなんだね。私も家でやってみようかな」
『うん、アタシも前に家で作ったことあるよ。でもアタシはフワッフワの食感の方が好きだなぁ』
俺はもう、どっちに何をどう話せばいいか、頭がこんがらがってきていた。りんに憑依された状態で他人と話すのは、難しすぎる。
デザートを食べ終えた俺たちは、早々に店を出ることにした。数人ではあるが、店の入口で待っているお客さんがいる。テーブルを立つと同時に、りんは俺の体から離脱した。
どこかで少し休憩したかったので、カフェの外にあるベンチに腰掛ける。ちょうど日陰で風通しがよく、食後の俺たちはそこで涼を取ることにした。
「あーお腹いっぱい! おいしかったー」
「けっこう量あったもんな」
「パンケーキが意外に重かったよ」
花宮は笑いながら自分のお腹をさする。俺は視線を花宮のお腹あたりに落とす。ワンピースのリボンが結ばれた花宮のウエストは、細くて華奢だった。俺は視線を少し上に移すと、その細いウエストと対象的な主張の強い双丘が……
「あんまり見ないで……恥ずかしいよ」
花宮は麦わら帽子で自分のお腹付近を隠した。ツヤツヤの黒髪が風に揺れ、俺の頬に触れそうになる。あどけない笑顔の花宮は、本当に可憐だった。
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