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前編
なんだって?
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「さてと……そろそろ始めるか?」
「うん、やらないとね」
「雄介、頼りにしているぞ」
「あまり頼りにされてもな。できるところは自分でやるようにしてくれ」
俺たち3人は結局学校近くのファミレスに集合した。学校は中に入れないし、図書館だと話ができない。そうすると雄介から教えてもらえないからだ。
俺たちは4人がけのテーブルに案内された。奥に花宮が座り、俺がその隣の通路側。ちょっと緊張する……雄介は俺たちの向かい側に陣取った。
コーンのピザと山盛りポテト、それとドリンクバーを3つ注文した。しばらく飲み食いして、食べ物がなくなったところで俺たちは勉強に取り掛かることにする。
俺と花宮は数学の宿題から取り掛かった。二人とも英語と数学が苦手だ。なので俺と花宮が同じ科目の宿題をやりつつ、わからないところを雄介に質問することにした。
『大変だねー、霊体に宿題がなくてよかったー』
横で呑気なことを言っているりんをよそに、俺は集中しながら宿題にとりかかる。そしてわからないところは遠慮なく雄介に質問した。
夏休みはあと10日もない。それなのに宿題は半分以上残っている。これ、終わるのか? 数学や英語だけじゃない。他の教科も残っている。これ、夜もマジでやらないといけないヤツだな。夜食作っておいたほうがいいのか? そんなことを考えていた、その刹那……
『ナオ後ろ!! 危ない!!』
「!」
りんの大きな叫び声が俺の脳内を直撃した。通路側に座っていた俺がすばやく振り向くと、そこには女性の店員さんが手にしていた銀色のトレイが斜めになり、上に乗っていた背の高いデザートらしきものがこちらに倒れてくるところだった。
俺はその瞬間、腰を浮かして片手でそのトレイを水平に戻す。しかし上のデザートは……チョコレートパフェだったが……、そのトレイの上で横倒しに倒れてしまった。パフェの上のソフトクリーム部分が、トレイを支える俺の手にかかった。
「も、申し訳ありません!」
女性店員は倒れたパフェが乗っているトレイを両手で持ち替えると、俺に謝罪を繰り返した。そしてその横におばあさんが一人いて、「ごめんなさいね」と言いながらあたふたしている。どうやらおばあさんが通路を歩いている時にふらついたのか、女性店員にぶつかってしまったようだ。
騒ぎを聞きつけて、店の奥の方からマネージャーらしき男性が出てきて、「申し訳ございません、お客様、お怪我はありませんか?」と訊いてきた。幸い俺は手がソフトクリームで汚れただけで、それ以上の被害はない。
「大丈夫です」と俺は女性店員と男性マネージャーに言うと、二人共安心した表情だった。おばあさんも「本当にごめんなさいね」と言って、レジの方へ向かっていった。
状況が落ち着き、俺はまた席に座る。持ってきてもらった数本のおしぼりで手を拭いたところで、俺もようやく落ち着いた。
「ナオ、凄いな。後ろに目がついてるのか? なんでわかったんだよ? 凄い反射神経だな」
「えっ?」
俺は数学の問題を解くのに集中していた。とてもじゃないが、そんな気配は感じなかった。りんが教えてくれなかったら、俺はチョコレートパフェを頭からかぶっていたかもしれない。
「ああ、なんとなく気配を察してな」
俺は雄介にそう言ってごまかして、隣の花宮に目を向ける。すると……花宮はあたりをキョロキョロと見渡していた。そしてその視線を俺に戻すと、なぜか視線が定まらない。動揺している様子が分かる。
「花宮、俺なら大丈夫だ。手がちょっと汚れたけどな」
「……今、女の人の声がしたよね?」
「えっ?」『えっ?』
なんだって?
「女の人の声で『後ろ!! 危ない!!』って叫ぶような声で……でも声自体は小さくて……」
りんの声が……花宮に聞こえたのか? いや、そんなはずはない。霊能力がなければ、霊体の念話など聞こえるはずがないのだ。
「琴葉、そんなはずないだろ? オレにはなにも聞こえなかったぞ」
「そ、そうだよ花宮。俺にも聞こえなかった」
「でも確かに……いや、でも……私の空耳だったのかな? おかしいなぁ……」
俺は平静を保つのに必死だった。花宮は、女の人の声で『後ろ!! 危ない!!』と聞こえたと言う。
「花宮、幽霊か何かの声でも聞いたのか? 実は花宮、霊感が強かったりして」
俺は冗談めかして、花宮にカマをかけた。
「まさか、全然。うちのお寺の裏のお墓とか夜歩いても、なにか見えたり感じたりしたことなんて一度もないよ……やっぱり空耳だったみたいだね」
ちょうどその時、さっきの男性マネージャーが手に何かを持ってやって来た。そして「先程は申し訳ありませんでした。こちらはサービスです」と言って、俺たちのテーブルに「山盛りポテト」を置いていってくれた。
俺たちは「かえってラッキーだったかも」と笑い、そのポテトをつまみながら宿題に戻る。りんの声の話は、もう話題になることはなかった。
その後も勉強会は続いたが、夕方の5時近くになってきたのでお開きになった。夕食時間にかかってしまうと、お店側にも迷惑がかかる。
◆◆◆
『ねえ。琴ちゃん、アタシの声が聞こえたのかな?』
ファミレスからの帰り道。電車を降りてアパートへ向かう途中、りんは訊いてきた。
「うーん……正直感知した可能性が高いな。霊感は強くないとは言ってたけど、『後ろ!! 危ない!!』って聞こえたって言ってたよな?」
そこまではっきりと言葉を覚えているのであれば、花宮がりんの念話を感知したとしか考えられない。
「確かにあの時のりんの霊気、めちゃめちゃ強かったからな。何かの拍子で花宮が感知した可能性はあるかもしれない」
『うん、あの時本当に『うわっ、パフェがナオの頭の上に落っこちてくる!』って思って。つい大声で叫んじゃった』
あの時のりんの念話の強さは尋常じゃなかった。脳天をぶっ叩かれたような衝撃が走った。逆に言うとそれだけ周りに影響を及ぼす程の霊力が、りんにはあるということだ。
「りん、これからはあまり興奮しないようにしてくれ。りんの霊力がそれだけ強いっていうことだ」
『そうだね……でもこれでも大人しくしてるつもりだよ。あの時は本当に焦っちゃって』
「まあそうだよな。お陰で俺はパフェを頭からかぶらずに済んだわけだし」
まあ今回のケースは、特殊要因だろう……俺はそれぐらいに考えていた。
「うん、やらないとね」
「雄介、頼りにしているぞ」
「あまり頼りにされてもな。できるところは自分でやるようにしてくれ」
俺たち3人は結局学校近くのファミレスに集合した。学校は中に入れないし、図書館だと話ができない。そうすると雄介から教えてもらえないからだ。
俺たちは4人がけのテーブルに案内された。奥に花宮が座り、俺がその隣の通路側。ちょっと緊張する……雄介は俺たちの向かい側に陣取った。
コーンのピザと山盛りポテト、それとドリンクバーを3つ注文した。しばらく飲み食いして、食べ物がなくなったところで俺たちは勉強に取り掛かることにする。
俺と花宮は数学の宿題から取り掛かった。二人とも英語と数学が苦手だ。なので俺と花宮が同じ科目の宿題をやりつつ、わからないところを雄介に質問することにした。
『大変だねー、霊体に宿題がなくてよかったー』
横で呑気なことを言っているりんをよそに、俺は集中しながら宿題にとりかかる。そしてわからないところは遠慮なく雄介に質問した。
夏休みはあと10日もない。それなのに宿題は半分以上残っている。これ、終わるのか? 数学や英語だけじゃない。他の教科も残っている。これ、夜もマジでやらないといけないヤツだな。夜食作っておいたほうがいいのか? そんなことを考えていた、その刹那……
『ナオ後ろ!! 危ない!!』
「!」
りんの大きな叫び声が俺の脳内を直撃した。通路側に座っていた俺がすばやく振り向くと、そこには女性の店員さんが手にしていた銀色のトレイが斜めになり、上に乗っていた背の高いデザートらしきものがこちらに倒れてくるところだった。
俺はその瞬間、腰を浮かして片手でそのトレイを水平に戻す。しかし上のデザートは……チョコレートパフェだったが……、そのトレイの上で横倒しに倒れてしまった。パフェの上のソフトクリーム部分が、トレイを支える俺の手にかかった。
「も、申し訳ありません!」
女性店員は倒れたパフェが乗っているトレイを両手で持ち替えると、俺に謝罪を繰り返した。そしてその横におばあさんが一人いて、「ごめんなさいね」と言いながらあたふたしている。どうやらおばあさんが通路を歩いている時にふらついたのか、女性店員にぶつかってしまったようだ。
騒ぎを聞きつけて、店の奥の方からマネージャーらしき男性が出てきて、「申し訳ございません、お客様、お怪我はありませんか?」と訊いてきた。幸い俺は手がソフトクリームで汚れただけで、それ以上の被害はない。
「大丈夫です」と俺は女性店員と男性マネージャーに言うと、二人共安心した表情だった。おばあさんも「本当にごめんなさいね」と言って、レジの方へ向かっていった。
状況が落ち着き、俺はまた席に座る。持ってきてもらった数本のおしぼりで手を拭いたところで、俺もようやく落ち着いた。
「ナオ、凄いな。後ろに目がついてるのか? なんでわかったんだよ? 凄い反射神経だな」
「えっ?」
俺は数学の問題を解くのに集中していた。とてもじゃないが、そんな気配は感じなかった。りんが教えてくれなかったら、俺はチョコレートパフェを頭からかぶっていたかもしれない。
「ああ、なんとなく気配を察してな」
俺は雄介にそう言ってごまかして、隣の花宮に目を向ける。すると……花宮はあたりをキョロキョロと見渡していた。そしてその視線を俺に戻すと、なぜか視線が定まらない。動揺している様子が分かる。
「花宮、俺なら大丈夫だ。手がちょっと汚れたけどな」
「……今、女の人の声がしたよね?」
「えっ?」『えっ?』
なんだって?
「女の人の声で『後ろ!! 危ない!!』って叫ぶような声で……でも声自体は小さくて……」
りんの声が……花宮に聞こえたのか? いや、そんなはずはない。霊能力がなければ、霊体の念話など聞こえるはずがないのだ。
「琴葉、そんなはずないだろ? オレにはなにも聞こえなかったぞ」
「そ、そうだよ花宮。俺にも聞こえなかった」
「でも確かに……いや、でも……私の空耳だったのかな? おかしいなぁ……」
俺は平静を保つのに必死だった。花宮は、女の人の声で『後ろ!! 危ない!!』と聞こえたと言う。
「花宮、幽霊か何かの声でも聞いたのか? 実は花宮、霊感が強かったりして」
俺は冗談めかして、花宮にカマをかけた。
「まさか、全然。うちのお寺の裏のお墓とか夜歩いても、なにか見えたり感じたりしたことなんて一度もないよ……やっぱり空耳だったみたいだね」
ちょうどその時、さっきの男性マネージャーが手に何かを持ってやって来た。そして「先程は申し訳ありませんでした。こちらはサービスです」と言って、俺たちのテーブルに「山盛りポテト」を置いていってくれた。
俺たちは「かえってラッキーだったかも」と笑い、そのポテトをつまみながら宿題に戻る。りんの声の話は、もう話題になることはなかった。
その後も勉強会は続いたが、夕方の5時近くになってきたのでお開きになった。夕食時間にかかってしまうと、お店側にも迷惑がかかる。
◆◆◆
『ねえ。琴ちゃん、アタシの声が聞こえたのかな?』
ファミレスからの帰り道。電車を降りてアパートへ向かう途中、りんは訊いてきた。
「うーん……正直感知した可能性が高いな。霊感は強くないとは言ってたけど、『後ろ!! 危ない!!』って聞こえたって言ってたよな?」
そこまではっきりと言葉を覚えているのであれば、花宮がりんの念話を感知したとしか考えられない。
「確かにあの時のりんの霊気、めちゃめちゃ強かったからな。何かの拍子で花宮が感知した可能性はあるかもしれない」
『うん、あの時本当に『うわっ、パフェがナオの頭の上に落っこちてくる!』って思って。つい大声で叫んじゃった』
あの時のりんの念話の強さは尋常じゃなかった。脳天をぶっ叩かれたような衝撃が走った。逆に言うとそれだけ周りに影響を及ぼす程の霊力が、りんにはあるということだ。
「りん、これからはあまり興奮しないようにしてくれ。りんの霊力がそれだけ強いっていうことだ」
『そうだね……でもこれでも大人しくしてるつもりだよ。あの時は本当に焦っちゃって』
「まあそうだよな。お陰で俺はパフェを頭からかぶらずに済んだわけだし」
まあ今回のケースは、特殊要因だろう……俺はそれぐらいに考えていた。
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