【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬

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(二十七)松川合戦(前編)

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 関ヶ原の合戦で勝利して天下の権を実質的に握った徳川家康は、京・大坂にて諸大名に対する国替、新地、加増などの論功行賞を精力的に進めている。

 言うまでもなくそれらの恩賞は、石田方についた大名を処罰して取り上げた所領から捻出されることになる。

 新たな任地に赴く大名の目から見れば、いまだに臨戦態勢にある上杉領だけが、世の中の流れから取り残されているように見えたかも知れない。

 事実、上杉家は上方において徳川家康との和睦交渉を進める一方、領内では再度の合戦に備えた準備を怠りなく進めていた。

 さいわい、月夜畑の夜戦を最後に、伊達が相馬を巻き込んで上杉領内への侵入を計ることはなく、上杉方は大きな被害を出すことなく冬を乗り切った。

 しかし、春を迎えることは喜ばしいことばかりではない。

 雪解けをまちかねるように、伊達政宗の蠢動がはじまった。

 まず、二月の初めに岩出沢を出陣した伊達勢が、同月七日には上杉領である伊達郡へと侵入し、焼働きを仕掛けてきた。

 これに対し、立ち上る煙に伊達の侵入を知った本庄繁長も呼応する。

 幸いなことに、繁長は上方での和睦交渉に一区切りをつけて、雪解け前に福島城に帰還を果たしていた。

 宮代砦の守将・矢内図書の元に後詰として自ら兵を率いて乗り込んだ繁長は、果敢にも迎撃の構えをみせる。

 その兵数は軍記物では六千とされているが、これはさすがに過大であろう。
 しかし少なくとも、城外出撃できるまとまった手勢を有していたことに違いはない。

 当然、この軍勢の中には岡佐内の姿もある。

 一気呵成に宮代砦を攻め落とそう逸る伊達勢に対し、本庄繁長は老獪であった。

 緒戦においては、岡佐内も属する先陣が、数に勝る伊達勢の勢いを受けかねてずるずると後退したかにみえた。

 しかし、伊達勢が前掛かりになった頃合いを見抜いて、繁長自身が率いる本隊が右翼側から回り込んで横やりを入れたのだ。

 さらには、福島城の増援として派遣されていた水原親憲が左翼から大きく迂回して、後方の伊達政宗の本陣を衝く構えをみせた。

 この急展開に、伊達勢は後備に残していた兵一万を有効に使えないまま、体勢を立て直すべく全軍が後退する。

 その機を逃さず、本庄繁長も手勢をまとめて福島城に退いた。

***

「本庄様も、さすがだねぇ」
 例によって岡佐内から届けられた書状で戦況を知った斯忠つなただは、大学館の陣屋でひとり苦笑いを浮かべる。

 この時は仕切りなおすようにそそくさと軍勢を退いた政宗であるが、三月二十七日には伊達勢二万を率いて白石城を出陣。再び南下を開始した。

 今度は信夫郡で焼働きをした伊達勢は、当初は改めて福島城の様子を物見に調べさせたうえで仕寄る構えをみせた。

 しかし、にわかに進路を転じるや、梁川城に矛先を向けて前進してきたことを物見がつかみ、長義に知らせる。

 二十八日の夜には、阿武隈川を渡河し、川を背にした伊達勢が陣を敷く姿が梁川城の高櫓からも望見された。

「福島城が落とせぬとみて、先に我等を叩く気にになったものらしい。おおかた、城主が若年であると侮ったのであろうが、そう思い通りにはさせぬ」
 軍評定の席で、長義はそう切り出す。引き締まった表情に、怯えの色はない。

「なれど、伊達勢は二万と聞きます。ここは籠城のうえ、後詰を待つが上策と思案いたしますか」
 築地修理亮が渋い表情で進言したが、長義は口を真一文字に結んで首を横に振る。

「それは、まずはひと当てしてからの思案じゃ。一戦も交えぬうちから城に籠っておっては、勝ちの目は見えぬ」

 長義の言葉に、軍評定に参加している諸将の反応は勇み立つものと危ぶむものが、おおむね半々に分かれた。

 それは、長義が迎撃策の腹案を語って聞かせた後も、さほど変わらなかった。

 斯忠は前者である。何もせぬまま城下に伊達勢を迎えるのは業腹であった。

 なお後者にしても、本格的な戦さに発展した場合に、上方の和睦交渉に悪い影響を及ぼすことを恐れたまでで、戦さそのものに怖気づいているわけではない。

「では、これまでお預かりしておった兵を、横田大学の元に返したく存じます。須田様の策には人数が御入用でしょうから、存分にお使いくだされ」
 斯忠の申し出に、諸将からわずかにざわめきが起きた。

「……左様ですな。横田大学が心根を確かめるには、伊達勢に直接ぶつけるのが最も確実であろう。横田殿も、構いませぬな」
 長義も、斯忠から横田大学の処遇について切り出したことで安堵したのだろう。
 頬を緩ませて謝意を示すようにうなずいた。

「はっ。有り難き幸せ。それがしの心底、是非ともお確かめくだされ」
 横田大学は長義に、そして斯忠に対して深々と頭を下げた。
 
 翌二十九日の朝。
 梁川城の大手門が開かれた。長義自らが率いる須田勢が闘志を秘めて城外へと進み出る。その中には当然、斯忠とその手勢の姿もあった。

 今回の出陣にあたっては、斯忠は荷駄組にも手鑓を持たせて、手勢五百名をすべて参陣させている。

 梁川城の普請の手伝いの後、荷駄組には本来の働き場がなかったため、この数か月はもっぱら徒兵として調練を続けていた。

 そのため、出陣にも取り立てて彼らからの異論は出ない。

 軍記物においては、この時、長義は六千の兵を繰り出したと記されているが、例によって過大であろう。
 福島城と梁川城あわせて六千程度が実数ではなかろうか。

 いずれにせよ、二万五千の伊達勢に対して寡兵であるからこそ、果敢に討ちかからねば勝機をつかめないのだ。

 須田勢は長義の采配の元、魚鱗の陣形を組んでまっしぐらに攻め掛かる。

 兼続から支援として送られた鉄砲に加え、どこから入手したのか、大筒までもが火を噴き、伊達勢の陣目掛けて弾丸を浴びせる。

 多くの手負いを出した伊達勢は、怖気づいたかのように早々に陣払いして阿武隈川の浅瀬を渡って兵を退きはじめる。

「妙にもろいな」
「これは、我が方が追いすがろうと渡河するところを反転して叩く策かと」
 伊達の動きに首をひねる斯忠に、左源次がもっともらしい見立てを開陳する。

「策を弄するか、伊達政宗」
 大黒の鞍上から首を巡らせた斯忠は、本陣の長義の采配に目を凝らす。

 その視線に気づいた訳でもなかろうが、馬上の長義が軍配を高々と振り上げてを大きく回すと、本陣では大きな旗が振り回されはじめた。

 すると旗の動きを合図に、前夜のうちに阿武隈川の前後、計四か所に伏せていた兵が一斉に沸き出して伊達勢を取り囲む。

 長義が梁川城の城主として近辺の地勢を知悉しているからこそ、伊達勢がどこに本陣を据え、兵を退くとすればどの方角になるか、すべて読みって配置した伏勢であった。

 なお、伏勢の一つを率いているのは横田大学であった。

 万が一、伊達に寝返った場合は伏兵の策そのものが崩れかねないきわどい起用であったが、長義は賭けに勝ったようである。

 横田大学勢は伊達勢に臆することなく挑みかかっており、内応しようとする気配は伺えなかった。

 四つの伏勢は、その一つ一つを構成する人数はさほど多くない。

 しかし、伊達勢からはにわかに四方全てから敵が襲い掛かってきたように感じたのだろう。

 渡河を済ませていない伊達勢は恐慌を起こし、須田勢に追いまくられて川の深みに踏み入れ、溺れるものが続出した。

 この惨状に、伊達勢の先手であった政宗の腹心・片倉景綱の手勢が、しんがりとなって須田勢の猛攻を受け止めた。

 片倉勢は、川向うの味方から鉄砲放ちを駆り集めて、ずらりと並べて猛射する。

 意気盛んな片倉勢を前にして、須田勢の追撃も鈍る。

「こりゃあ、そろそろ潮だな」
 長義の本陣の側面を守るように布陣して伊達勢の横やりを防いでいた斯忠は、そう呟いて大黒に跨り、長義の本陣まで馳せ参じた。

 すると、折しも築地修理亮が長義の元に馬を寄せるところに出くわした。

「車殿も、それがしを引き留めに参ったか」
 斯忠に気づいた馬上の長義が笑う。その向こう側では、築地修理亮が難しい顔をして斯忠をにらんでいる。

「ははっ、どうやら珍しく築地殿とも意見が一致したようで。恐らく伊達は二陣を川向うに伏せておりましょう。深追いをすれば、此度は我等が思わぬ手負いを出さぬとも限りませぬゆえ、ここらで切り上げるが吉でしょうな」

「なるほど。ご両所が揃ってそう踏んだのであれば、これまでといたしますかな」
 斯忠の進言を受けて、長義は素直に兵を退くことに同意した。

 伊達勢が阿武隈川を渡って後退していく姿を見送り、鯨波をあげて梁川城に帰還する。

 この戦さで、伊達勢は軍兵四百八十八名が討たれた、と軍記物では謳われている。

 今回は、斯忠にさしたる軍功はなかったが、勝利が嬉しくない筈はない。

「とはいえ、これで諦めるような伊達政宗とも思えねぇな」
 大学館の陣屋に戻り、ひとり蝮酒で祝杯を挙げる斯忠は、ぽつりと呟いた。

***

 案の定、四月十七日にはまたしても伊達勢二万五千が白石城に入り、上杉領を伺う態度を鮮明にした。

 そして同月二十一日には白石城を進発し、阿武隈川を左手に見つつ南下を開始した。

「どうやら、此度は直接福島城を衝く構えの様子ですな」
 配下とともに伊達の動きを探っていた善七郎が、斯忠にそう報告する。

 軍勢の移動速度からみて、福島城への仕寄りは二十六日の朝になると予測された。

 さらに善七郎配下の風車衆は、二千ほどの兵が分派されて梁川城に向かってくることも掴んできた。

 ただし旗印などを確かめる限り、名のある将に率いられている訳ではなく、雑軍のようであった。

 あくまでも本命は福島城。梁川城には雑軍を抑えにおいておけば事足り、わざわざ精鋭を割く必要はない。
 そんな判断がなされたことは明白だった。

「伊達の者どもは随分と我等を侮っているようだ。さもなくば、先の敗け戦さによほど懲りて、兵を損ないたくないのか。いずれにせよ、この程度の人数では、我等が福島城を後詰することを防げはせぬ」
 軍評定の場で斯忠から報告を受けた長義は、白い歯をみせる。

 梁川城に迫った伊達勢を追い払った先月の戦ぶりで、若さゆえの軍歴の乏しさに対する懸念は既に払拭されている。
 長義の自信に満ちた表情を、誰もが頼もしげに見上げていた。

 しかし、この二か月で福島城攻め、梁川城攻めと立て続けに失敗している伊達勢にとっても、今度こそ負けられない一戦と思い定めているだろう。

 苦戦が予想された。

***

 出陣の準備はあらかた整っていた。いまさら慌てることもない。

 まだ夜の闇に包まれる中、伊達の物見に気取られぬよう大手門を閉ざしたまま、須田長義直率の軍勢が搦手門から密かに出陣していく。

 先月の合戦は梁川城の間近であったが、この度は福島城下まで長躯することになる。

 そのため、城の守りにも意を払わなくてはならないのだが、長義はあえて城内のほとんど全兵力を投入して伊達勢に横やりをいれると決意していた。

 無論、斯忠も手勢五百名を引き連れて後詰に参加する。

「梁川城を抑える伊達の目をくらまして出陣し、伊達の本陣の側背を衝く。まさしくこれは兵法三十六計の二十一、金蝉、殻を脱す、ですな」
 などと嶋左源次は訳知り顔で長義の策を評する。

 とかく、この手の口達者は実際の合戦場ではものの役に立たないものだが、少なくとも左源次は戦さに臨んでても臆病風に吹かれることはなかった。

 その点だけは斯忠も評価している。

 もっとも、よほど頭の作りが鈍いのか、などといった類の皮肉めいた感想も忘れないが。

 なお、横田大学は今回は築地修理亮の陣に加わっていた。

 伊達方に内応するのではないかとの疑いは、先月の合戦における戦さぶりだけでは完全に晴れた訳ではない。

 依然として監視の目が向けられてはいたが、今のところ伊達の間者が近づく気配はない。手駒としては最早使えないと見做されているのだろう。

 なるべく静かに城外に出ることを求められていることもあり、城門から出るには時間がかかる。

 斯忠が出立の順番を待っていると、於きたがお牧以下の女中衆を連れて近づいてきた。

 出陣する須田勢を激励して回っていた様子だった。

「車様!」

「おお、これは於きた殿。勇ましい恰好ですな」
 呼びかけられた馬上の斯忠は思わず相好を崩した後、まるではじめてその姿を見た、と言わんばかりの表情を作る。

 今の於きたは兜と面頬こそ付けていないが、額に白い鉢巻をきりりと締め、斯忠が最初に出会った時と同じ、白銀の当世具足に身を固めている。

 「また」や「久々に」といった表現を避けたのは、福島城での一件を秘密にするとの約束を守るためだ。
 女性との約束に関しては律儀なのが、車丹波という男である。
 
 於きたも他者の前ではさすがに「虎様」とは呼べないのだろうが、そんなことは気にならない。

 いずれにせよ、於きたの凛々しい姿は、いやでもひときわ人目を引いた。

 もっとも彼女は別に、目立つために甲冑を身にまとっている訳ではない。

 城兵のほとんどを福島城の後詰に繰り出す以上、城内に残る老人や女子供だけで、翌朝にも城下に迫るであろう伊達勢と対峙しなければならない。

 既に主戦力が城を抜け出ていることを悟られてしまえば、たちまち攻め込まれてしまう可能性もあった。

 彼女の存在あればこそ、武士ではない子女や、足腰の立たぬ老兵ですら奮起し、城を守るために死に物狂いで働く気になる。

 長義から城を預かる城代は別にいるが、事実上、この城の守りは於きたの働きに託されたと言っても過言ではないのだ。

 だが、あたかも城兵が居残っていると見せかけるのは簡単ではない。

 いくら幟や旗指物を林立させてみせても、鬨の声を作ろうものなら、老兵と子女ばかりであることはすぐに見抜かれてしまう。

 そのため、長義は守備につく城兵に対し、伊達勢が近づいた場合には逆に息を殺して気配を消すよう指示していた。

 一種の空城計であるが、これも伊達勢に勘付かれてしまえばたちまち攻め落とされてしまう。

 すなわち、城兵には「空城を装い、伊達勢が城に近づいてきたらしたたかに反撃する構えをさらに偽装する」という難しい立ち振る舞いが求められているのだ。

 そのことを思いかえして、斯忠は神妙な表情になる。

 出来るならば於きたの傍について、采配を助けてやりたいほどだ。

 だが、そのような気遣いは、於きたも望んでいない筈だった。

 斯忠は、先日城内に呼び寄せたお香に、それとなく於きたの警護を頼んでいた。

 もっとも、お香とて無許可で本丸に入れる訳ではないので、目が届く範囲に常にいられるとは限らない。

「あまり無理はしなさんなよ。危なくなったら落ちのびていいんだから。なぁに、たとえこの城が奪われたとしても、伊達の本隊さえ蹴散らせば片はつくんだ」

 城を枕に討死などされてはたまらないが、さっさと逃げろというのも酷な話だ。
 斯忠は自分で口にした言葉に顔をしかめる。

「判っております。ですが、出来る限りは、この城を守りたく存じます。……皆のお城ですから」
 緊張を隠せない様子ながらも、於きたが斯忠を見る目は意外と穏やかなものだった。

 うんうん、と頷き返したところで、ちょうど斯忠の手勢にも出陣の順番が回ってきた。軍列が動き出す。

「そうだなぁ。帰る場所があるってのは、良いもんだ。じゃあちょっくら、伊達の若造に一撃を食らわしに行ってくる」

「どうか、御武運を」

 頭を下げる於きたに、斯忠は片手をあげて応じた。
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