君に打つ楔

ツヅミツヅ

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 波止場をまた手を繋いでパーキングまで歩いた二人は、車に乗り込んで他愛のない会話を楽しんでいた。
「皆いい人達だね。すごく楽しかったよ」
 美優は運転席の壱弥の方を向いて、語りかけた。
「そうだね、皆気さくだよね。なんとなく馬が合うんだ、あいつらとは」
 壱弥はフロントガラスの向こうを見ながら、にこやかに答えた。
「美優ちゃんがしんどくなければホントに行く? フットサル。あいつらなんだかんだ催すの好きだからさ、フットサル以外にも色々と誘われると思うけど」
「しんどいなんて事ないよ? 誘ってもらえるなら行きたい。私はサッカー出来ないから見てるだけだけど」
「じゃあ、次ある時は誘うよ。一緒に行こう。ああ、でもその前に、二人で流星群見に行こうね」
「うん、行きたい」
「じゃあ、行こう」
 そう答えた後、しばしの間沈黙が降り募る。
 耳に心地いいサックスの良い音色がスピーカーから流れ出てくる。
 美優は意を決してその沈黙を破る様に壱弥に訊ねた。
「……あのね? 壱弥君。穂澄さんのお店で言ってた、私にお願いって何?」
「……そろそろ美優ちゃんちの近くかな? ね、美優ちゃん、お茶しようか?」
「え?」
 壱弥はコンビニのパーキングに入っていく。
「コーヒー。奢って欲しいな。ダメ?」
「え、コンビニのコーヒーでいいの?」
「うん。さ、買いに行こ?」
 手早く駐車した車のエンジンを切った壱弥が笑顔で美優に言った。
 店に入り、サーバーのコーヒーを手にした二人はイートインスペースの一角の席についた。
「……本当にこんなのでいいの?」
 美優はあまりの釣り合いの取れなさに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 きっと壱弥は気を使ってくれているのだろう。
「うん、美優ちゃんに奢って貰ったコーヒー美味しいよ?」
 壱弥は心底嬉しそうに微笑んだ。
「……美優ちゃんはさ、クリスマスってどう過ごすの?」
 コーヒーを一口飲んだ壱弥が美優に訊ねた。
「え、多分バイト。でもまだ12月のシフト決まってないんだ。今から申請するトコだよ」
「……誰かと過ごす予定は無いんだ?」
「うん、無いよ」
「じゃあ、クリスマス、俺と一緒にいてくれない?」
「……」
 美優は本当は今年のクリスマスはイブも含めてバイトを入れる予定だった。
 家族で過ごしたクリスマスを思い出してきっと、辛い気持ちになるのは目に見えていたから。
 両親は亡くなるまでの16年間、クリスマスパーティーを欠かさず開いてくれた。家族だけのささやかなパーティーだったが、美優はそれをくすぐったくも嬉しく感じていた。両親がいなくなってどれだけ自分が大切に慈しまれていたのか、痛い程よくわかった。
 きっと17歳の今年も同じ様に過ごそうと予定していてくれていたのだろう。
 だからこそ、何かしていなければ寂しさで押しつぶされそうになってしまいそうだった。
「……あの、私、バイト……」
「シフトまだだって言ったよ?」
「……うん」
「……俺とじゃイヤ?」
「……イヤじゃない……」
「じゃ、一緒にいてくれる?」
「……うん……」
「よかった。それが俺の言ってたお願い」
「……やっぱり全然釣り合ってないよ……」
「ホントはバイトする予定だったのに、無理言ってごめんね?」
 美優は俯いて首を横に振った。
 少し泣き出しそうになるのをぐっと堪えた。
 一人でクリスマスをやり過ごそうと決めていた心には、壱弥の誘いはあまりにも甘く優しく感じられた。
 でも、これからも一人で生きて行かなくてはいけないと心を固くして耐えようとしている美優にとってはここで泣き崩れてしまったら意地が砕けてしまいそうだったので必死で堪える。
 それを察したのか、壱弥はただ黙って美優の隣に座ってコーヒーを味わった。
 店の喧騒が背後で聞こえているけれど、二人は静かにコーヒーを飲んだ。

 コーヒーは少し冷えていた指先と体を幾ばくか暖めてくれた。

「……美優ちゃん、ご馳走様。美味しかったよ」
コーヒーを飲み終えた壱弥はテーブルに肘をつき、頬を腕に乗せて下から美優を覗き込むように微笑んで言った。
「……ううん。今度はちゃんとお店でお茶しようね」
 美優は壱弥のさり気ない優しさに暖かい心持ちになった。
「うん、楽しみにしてるよ」
 壱弥は更に優しく微笑んで美優を見つめた。
 その眼差しのあまりの優しさに美優はなんだか恥ずかしくなってしまって俯く。
「……さ、部屋の前まで送っていくよ」
 壱弥は立ち上がって美優に手を差し伸べた。
「うん、ありがとう、壱弥君」
 壱弥のその手を取って、立ち上がらせてもらう。
 なんだかこうして手を繋ぐ事がどんどん自然になっている事に気が付いたら、また恥ずかしくなってしまった。
 店を出て、車に乗り込んで発進する。
 美優が細かい道を説明してマンションの前まで車が付く。
「壱弥君、悪いからここでいいよ?」
「いや、荷物いっぱいあるから、今日は部屋の前まで一緒に行くよ」
 結局壱弥は荷物を持ってくれて、部屋の前まで付いてきてくれた。
「今日は本当にありがとう。すごく楽しかった。皆さんにもよろしく伝えてね」
「うん、伝えとくよ。じゃ、また連絡するね。明日バイト頑張って」
「ありがとう」
 壱弥は荷物を美優に手渡すと、背を向けてエレベーターに向かう。
 その背中を美優は少しだけ寂しさを感じて見送る。
 壱弥はエレベーターに乗り込む時、振り返って軽く手を上げた。
 美優はそれに手を振って応える。
 壱弥の姿が見えなくなって、部屋のドアを開ける。

 心の中でもう少し一緒にいたかったな……とひとりごちた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 次の日の漫画喫茶でのバイトをこなして、更に翌日。
 学校に行くとやはり仲のいい友達はもちろん、同級生や、顔見知り程度の子達にまで、色々と質問攻めにあった。
「ねえ、美優、あのイケメンの人彼氏?」
「違うよ? 彼氏じゃないよ?」
「でも恋人繋ぎしてたの見たってミナが言ってたよ?」
「それは……その……」
「あの人社会人? 大学生とか?」
「あ、社会人だよ」
「なんか高そうな車に二人で乗ってたって。あれイケメンと美優?」
 人がどんどんやって来ては色々質問されて辟易とした。
「ねえねえ彼氏じゃないんだったら、紹介してくれない?」
「えっと……、ごめんね、そういうの嫌う人だから……」
 自分に告白してくれた壱弥に他の女の子を紹介するのは幾ら何でも失礼だろう。
 上手い断り方も思いつかないので、壱弥には悪いけれど、そういう事にしておいてもらう。
「え~、SNSとかやってないの?」
 きっとこれも教えてしまうと学校の多くの女子が壱弥をフォローして、迷惑をかけてしまうだろう。
「う~ん、私もわからないんだ。ごめんね」
 クラスの中でも地味な美優には今まであまり縁のなかった少し派手めの女の子達が訪ねて来たり、何故か囃子立てに来る男子もいたりして、今日の学校は本当に気疲れしてしまった。
 重い心持ちで帰路に就き、自室で夕食を食べながら、メッセージで壱弥にはその旨を伝える。
【紹介してって女子がいて、断ったんだけど、よかった?】
【もちろん、断ってくれた方が嬉しいよ。俺は美優ちゃん以外に興味ないから】
【SNS教えてって言われてるんだけど、どうだろう?】
【それは構わないよ。でも俺、つまんないご飯と景色の写真上げてるだけなんだけどね】
【そう言えば昨日のお店の料理は上げてないね】
【あの店は極力秘密にしておきたいからね。でもカダイフは上げた事あったと思うよ】
【ホント? 気が付かなかった】
【もしかしたら美優ちゃんと繋がる前かもしれない】
【そっか、私と繋がったの最近だもんね】
 そう返してから、しばらく返事が来ない。
 なのでお風呂に入って髪を乾かしたりしながら返事を待った。
 こうして壱弥とやり取りする事が楽しみで仕方がない。
 返事を待ち遠しく感じている自分に気が付いて少し戸惑った。
 しばらく返事が来ないまま、もうそろそろ寝ようかとベッドに入ったら、壱弥からの返信があった。
【今週の金曜の夜暇?】
【暇だよ】
【流星群調べたら、ちょうど獅子座流星群が見頃なのが金曜みたいなんだ。急だけど一緒に行かない?】
【うん、行きたい】
【いいスポットがあるんだけど結構山の方で行くのに時間かかりそうなんだ。また学校まで迎えに行くよ】
 美優は返答に困ってしまう。
 壱弥が来るとまた色々聞かれてしまうんだろうと思うと少し気が重たい。
【じゃあこないだのパーキングで待っててくれる? 私がそっちに行くよ】
【了解。じゃあ、もう寝るね。おやすみ】
【おやすみなさい】

 美優はベッドに入って考える。
 付き合う事を保留しているのは自分なのに、こんなに良くしてもらっていいだろうか? そして自分は壱弥の期待に応えられるのだろうか?
 壱弥と付き合うのならきっと、色々と大変な事も出てくるだろう。
 何せ壱弥は学校に来ただけであの騒ぎになるほど容姿端麗でしかも優しい人だ。
 きっとすごくモテるだろう。
 そんな人の彼女ですと胸を張って言えるだけの自信が美優には無かった。
 今日やって来たあまり知らない女の子に笑い含みに言われた、「彼女な訳ないよね?」という言葉にズキッと胸が痛んだ。
 そう、人から見て自分は明らかに壱弥とは釣り合ってない。
 そして多分頭のいい人で、経済的にも全然自分とは違う世界にいる人だ。
 自分にはこれと言って胸を張って言える特技もないし、誰にも負けないと言えるような何かもない。
 やっぱりキチンと断って、ケジメをつけるべきなんだろうか……。
 だけど壱弥とのやり取りを楽しみにしているそんな自分の気持ちがそれを拒否していたり……。
 
 答えの出ない思索がぐるぐると頭を鈍足で巡って、この日はなかなか眠りにつけなかった。
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