君に打つ楔

ツヅミツヅ

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7、湖に向けて

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 金曜日の放課後になってすぐ、壱弥からメッセージが来た。
『パーキングいっぱいなんだ。学校の前に車つけるからすぐに来て欲しい』
 それを読んだ美優は急いでコートを羽織ってマフラーを巻いて教室を出て、階段を駆け降りた。
 校門の前には既に壱弥の白い車が停まっていて、やはり靴箱辺りでは女子達が壱弥の噂をしている。
「あ、あの車の人こないだのイケメンじゃん!」
「え、マジ? 誰かの彼氏なのかな?」
「なんか神崎さんの知り合いだって聞いたよ」
「え、あの子?」
 そんな会話が聞こえて来て、余計に速足になる。
 車に駆け寄ると壱弥が運転席から声をかけて来た。
「ごめんね、急がせて」
 壱弥はさっと車を降りて、助手席側のドアを開けた。
「さ、乗って?」
 朗らかに美優に笑いかけ、助手席に座る事を促した。
「うん、ありがと……」
 出来れば周りにあまり顔を見られたくなくて、俯いて車に乗り込む。
「おかえり。授業お疲れ様」
「ただいま」
 久しぶりにおかえりと言われた気がしてなんだかこそばゆい気持ちになる。
 運転席に乗り込んだ壱弥はふと美優の目線より少し上の方を注視した。
「あれ? 美優ちゃん、ちょっと動かないで?」
 そう言うと壱弥は身を運転席から上半身を乗り出して美優の前に顔を向けた。
 壱弥はそっと美優の前髪に触れ、何か取る様な仕草をした。
「前髪に木の葉ついてたよ」
 壱弥は美優の目の前に小さな枯葉を一枚指先に摘まんで示した。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
 壱弥はにっこりと笑って美優の前髪を少し整えてやった。そしてドアポケットにその木の葉を入れると、ギアをドライブに入れて、サイドブレーキを戻した。
「じゃ、行こうか?」
「うん、よろしくお願いします」
 美優は軽く頭を下げた。
「なんで敬語? はは、やっぱり可愛いね、美優ちゃん」
 壱弥は笑いながらアクセルを踏んでハンドルを切り車は走り出す。
「今日はちょっと遠出して見晴らしのいい湖に行こうと思うんだ。夏によくあいつらとキャンプしたりするトコなんだけど、実は特に冬に行ったら星が綺麗でさ、たまに一人で行ってたんだよね」
「もしかして前に流星群見たって言ってたのもそこで?」
「うん、そうだよ。湖自体も綺麗なんだ。人の住んでる所から結構離れるから水が澄んでるんだよね」
「そうなんだ……。楽しみ!」
「ただちょっと遠いから着くの遅くなるし流星群の見頃は深夜みたいだから、帰って来るの急いでも明日の昼ぐらいになると思うんだ」
「土曜日はバイト入れてなかったから大丈夫だけど、……それ、壱弥君運転大丈夫?」
「さすがに眠くなると思うから、どっかでちょっとだけ寝させてね?」
「うん、もちろんだよ。ごめんね? 無理させちゃった?」
「ううん、一人で行った時も同じ感じで行ったから大丈夫だよ」
「ホント? よかった。……あの、壱弥君、良かったらどこかコンビニに寄って欲しいんだけど……」
「いいよ。そうだね、何か飲み物でも買おうか」
「それ、私が出すね。お礼にもならないけど」
「ホント? じゃあ甘えちゃおうかな。お、ちょうどコンビニあった」
 壱弥は車をコンビニのパーキングに駐車した。
 二人は車を降りて手早く飲み物を買い、また車は湖を目指して走り出す。
「晩御飯は適当にサービスエリアで何か食べようか。それは俺が出すから」
「え、でも……」
 壱弥は困り顔で美優に言った。
「俺も甘えたんだから、そこは美優ちゃんも甘えてくれなきゃ。ね?」
 そもそも全て運転してもらい、ガソリン代や高速代も払わずにただ連れて来てもらっている自分が飲み物だけでお礼になるなんて思っていない美優としては大いに反論したかったが、壱弥が譲ってくれないのもわかっているので素直にこくんと頷いた。
「……壱弥君、本当にありがとう」
「うん。俺はさ? 美優ちゃんが喜んでくれさえすればそれで充分お返し貰ってるから」
 壱弥がそう言うと美優は何か胸の辺りがじんと暖かい気持ちになった。
 自分の両親以外にそんな風に思ってくれた人がいるだろうか?
 一度だけ中学生の時に出来た彼氏はお互い幼過ぎておままごとみたいな恋だったと今振り返ってみて思う。
 でも壱弥はとても真剣に向き合ってくれていると思った。
 壱弥の所作一つ一つに自分への気遣いが感じられ、言葉一つ一つに思いやりが篭められている事がわかる。
「うん……」
 話してる内に車は高速に入った。
「あ、そうだ。美優ちゃんに穂澄から忘れてたって預かってるんだった。後部座席にある袋」
 美優はそう言われて後部座席を振り返る。
 見覚えのある、穂澄のお店の紙袋だ。
「なんかね、こないだコーデした服慌ててたから一式入れ忘れてたんだって。良かったらそれに着替えたら?」
「え、そうなの? 一応今日は自分の服持って来たんだけど……」
「せっかくだから着替えてよ。俺も見たいし」
「でもどこで着替えよう……」
 壱弥はハンドルを片手で握りながらコーヒーのボトル缶をドアポケットから取り出す。
 開けられないのを察した美優はそれを受け取って蓋を開けた。
 壱弥は二口程飲むとそのボトル缶を美優に手渡す。
 美優は蓋を締めて壱弥に返した。
「ありがとう。この先のサービスエリアに温泉があるんだよね。そこでお風呂入ってご飯食べようか? そのついでに着替えちゃえば?」
「へえ、サービスエリアに温泉があるの?」
「うん。ほら、キャンプ行くって言ったでしょ? その帰りによく皆で入りに行くんだよ」
「そっか、キャンプの後ならきっとスッキリ気持ちいいだろうね」
「そうなんだ。美優ちゃんも来年一緒に行けるといいね」
「うん、お邪魔じゃないなら行きたいな。働き出したらどうなるのかわかると思うからちょっと返事待ってね」
「うん。なんかあいつらもう美優ちゃんも含めてキャンプだなんだの計画してるみたいだよ? 気が早いよね」
「そうなの? 楽しみだな。行けるといいんだけどなぁ~」
「多分美優ちゃんに合わせてくれると思うよ? あいつら皆自由の利く仕事してるから」
「そっか、もし合わせてもらえるならありがたいな」
「二人で海も考えといて。俺も合わせられるからさ」
「うん、わかった。ありがとう」
 こうして壱弥と話していると色々な約束が増えていって、壱弥がこれからもずっと自分と付き合っていこうと思ってくれている事が伝わる。
 自分も自然と壱弥と共にいる未来を想像してしまうけれど、例えば壱弥と二人で海に行ったとしても、きっと壱弥は目立つだろう。そしてその横にいる冴えない自分を周りはどう見るのだろうか……と、そんな不安が頭をもたげてしまう。
 そう考えると、やはり壱弥には自分などではなくもっと相応しい女の人がいるのではないだろうかと気持ちにブレーキがかかる。
 こうして楽しい時間を過ごせば過ごすほど、美優の気持ちの振れ幅は大きくなった。

 夜の高速を順調に飛ばして、件のサービスエリアに辿り着いた二人は温泉のある建物に入っていった。
 施設に入り、入場券を購入する。壱弥がサラリと支払ってしまった。
 カウンターに行き、バスタオルを受け取って、男女別の風呂の入り口の前で壱弥は美優に言った。
「俺の事は全然気にしないでゆっくり入って来ていいからね? 俺結構長風呂だから」
「うん、わかった。ありがとう」
「じゃあ、後でね」
 壱弥と別れて女湯に入っていく。
 温泉施設はとても広く、金曜の夜の割には洗い場も空いていてのんびりと入る事が出来た。
 いくら壱弥が長風呂だとは言っても、女の自分よりはきっと早く出てしまうだろう。
 本来美優は長風呂な方なのだけど、露天風呂にだけ入って早々に切り上げた。
 一応洗顔用に化粧水と乳液は持ってきていたので困らずに済んだ。
 髪を乾かして、先程受け取った服を着てみる。
 ふんわりとしたモヘアの白いチェニックにスキニーの青めのパンツ。
 これに合わせた靴と鞄まで紙袋に入ってあった。
 黒いかかとの低めのショートブーツと黒い小さめの鞄。
 なんとなく今日に合わせたようなコーデだと思ったけれど、たまたま合ってしまっただけだろう。
 その格好で出ていくと、やはり壱弥が先に出ていてフロントのロビーでスマホを見ていた。
「ごめんね、壱弥君。待たせちゃって」
 足早に駆け寄ると壱弥は美優の方を振り返り、にこりと笑った。
「ああ、急がなくていいよ。俺も今出て来たところだから」
 立ち上がり美優を迎える。
 そして美優の荷物を持たない空いた右手を取って自分の頬に触れさせた。
「ほら、ホカホカでしょ?」
 壱弥の不意なその行為に美優の心臓はどきりと跳ねた。
「……うん、ホカホカ……」
「ね? 全然待ってないよ。美優ちゃんは急いで出て来てくれたんだね。気を使わなくてもいいのに」
「そんな事ないよ?」
「そ? 穂澄なんかこないだ2時間出てこなかったよ?」
 美優はその言葉にクスリと笑った。
「ええ? ホントに?」
「うん。だからほら、あそこに漫画あるでしょ? 皆であれ読んでた」
「あ、ホントだ。いっぱい漫画置いてあるね」
「暇潰しもあるし、あっちで寝られるし全然待てるんだよね。だから次からはゆっくり入っておいで」
「うん、わかった。ありがと」
 美優の持つ紙袋をさり気なく自分が持って、壱弥は指さした。
「あそこでご飯食べられるよ。行こっか」
 二人は施設の一角にある食堂に入って、入り口近くにあった自動販売機で食券を購入する。
「何にする?」
「あ、サバの味噌煮美味しそう」
「美優ちゃんは和食好きなの?」
「うん。お母さんよく作ってくれたの。でも一人だと作るの億劫でついつい洋食っぽい物ばかり食べちゃうんだよね」
「ああ、わかるよ。一人だとついね」
「お母さんって凄かったんだなってホント尊敬しちゃうよ」
「美優ちゃんのお母さんは料理上手だったもんね。俺お母さんのカレーライス好きだったな」
「あ、カレーはお父さんが作ってくれてたんだよね」
「え、そうなの?」
「うん。お父さん、カレーとハンバーグには凄いこだわりがあって、その二つだけはお父さんが作ってくれたの」
「そうだったんだぁ。知らない内にお父さんにもご馳走になってたんだね。俺。……あぁ、こんな話してたらカレー食べたくなった。俺カレーにしよ」

 カレーの項目を探して、どんなトッピングのカレーにするか悩む壱弥が微笑ましい。
 両親の話をこんな風に聞いてくれる壱弥の優しさを感じて暖かな感情が胸に広がった。
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