人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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31、閑話 –潮騒–

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 その日は青の轟く如く晴れた午後だった。
 暑い盛りを過ぎて、過ごしやすいカラリとした気候がやっとやって来た。

 今日の政務は終わらせた。
 特に急ぎの案件は無い。

 姫が籠る図書の間に向かう。

 姫は儂の姿を見つけると、明るい笑顔をこちらに寄越す。
「陛下。もう御政務はお済みですか?」

「あぁ。終わった」

「では、一つお願いがあるのですが……」
 姫の瞳が儂を見上げる。

「なんだ?」

「陛下とご一緒に海が見てみたいです」

「良いぞ」

 穏やかな日差しの中、姫と海へ向かう。
 王城内にある浜辺を二人で歩く。
 しばらく歩き、浜辺にある東屋へと入り一休みをする。

「海はやっぱり大きくて美しいですね!」

 寄せては引く波間に、東屋を出、靴を脱ぎ、裸足で遊ぶ姫を眺める。

 その情景に、ふと、頭によぎった『顔』に想いを馳せた。
 儂も腰を上げ、東屋を出る。

「……そうだな。海は広い。だが海は恐ろしくもある。」
 海の彼方には、恐らく我が国の軍船が浮かんでいる。
「昔、姫と同じ様に儂に諫言する者がいた。
 だが、海はその者を連れて行った。」

 姫の足が止まり、儂を見つめている。
 儂は敢えて海の彼方の煌めきに目をやる。

「……グリムヒルトの民は自らを海の民などと謳っておるが、海が認めた訳ではない。
 所詮は只人だ。
 海は容赦する事なく船を飲み込み、人を襲う。」

 姫は押し黙っている。
 優しい潮風が姫の長い髪を揺らす。

「……姫と同じ瞳の光を持つ男だった」

 その瞳の光の色は、何処までも透明で何処までも清廉だった。

「陛下。参りましょう!」
 姫が唐突に儂の腕を引く。

「何処へ?」

「花を摘みに、参りましょう?」
 姫は切な気に笑う。

何故なにゆえ?」

「陛下はその方にキチンとお別れしなくてはいけません」
 姫は砂に塗れた足元に目を落とす。
「……キチンとお別れして頂かないと、きっとその方は浮かばれないのです……」

 姫の言葉の意味は儂には理解し難かった。
 漠然とその言葉を聞き、
 腕を引かれるまま花のある場所まで行き、

 砂に汚れた足のまま、花を摘む姫を眺めていた。

 ただその光景は侵し難く、どうしても目が離せなかった。
 目を離してはいけない気がした。

 海へ戻り、姫に促されるまま、花を手向ける。

 波間に揺られ、花は沖へ流されていく。
 それをぼんやり二人で眺める。
 流された花は海の光彩でもう何処にあるのかわからない。

 やはりそれをただ漠然と眺めていたが、
 ふと姫の方を見ると、ちょうど目が合う。

 風に撫でられ揺れる髪。
 穏やかに笑いかけるその顔に、

 長く抱えたが洗われた気がした。
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