愛してると泣かれても迷惑です〜お姉様の身代わりに冷徹公爵へ嫁ぐ〜

恋せよ恋

文字の大きさ
6 / 18

狂い始めた歯車

しおりを挟む
 アレックス様と秘密の盟約を結んだ翌朝から、私は憑き物が落ちたように穏やかな日々を過ごしていた。

 あんなに苦しかった「裏切りの香り」も、今はもう、敵を欺くためのただの道具に過ぎない。私は淑女の仮面を完璧に被り、隣国への旅立ちに向けた準備を静かに進めていた。

 だが、その変化を敏感に感じ取った者がいた。マキシム様だ。

「ジュリア、どうしたんだい? 最近、僕を見る目がどこか遠い気がするよ」

 学園の放課後、我が家を訪れたマキシム様が、庭園のガゼボで私の手を握りしめた。

 彼は焦っていた。リーザやマリアナ、そしてサンドラお姉様といった「過去の清算」がうまくいかず、彼女たちの嫉妬の矛先が私に向かうことを恐れている。そして何より、私という清純な光が、自分の指の間からこぼれ落ちそうになっている不安に突き動かされていた。

「そんなことはありませんわ、マキシム様。ただ、卒業を控えて、いろいろと考えてしまうのです」

「……卒業、か。そうだね。卒業すればすぐに結婚だ。そうすれば、誰にも邪魔されずに済む」

 マキシム様の瞳に、粘りつくような執着の色が混じる。

「ああ、そうだ。今日は君に新しい宝石を持ってきたんだ。君の瞳の色と同じ、最高級のサファイアだよ」

 差し出された箱の中には、重苦しいほど輝く青い宝石があった。

 私はそれを手に取り、微笑んで見せた。

(サファイア……。確かリーザには、彼女の瞳の色のエメラルドを贈っていたわね)

 彼にとって、宝石は愛の証ではなく、繋ぎ止めるための鎖なのだ。

 その時、回廊を通りかかったアレックス様と視線がぶつかった。

 彼は不快そうに眉を寄せ、マキシム様が私の手を握っている様子を冷徹な目で見つめていた。マキシム様はそれに対抗するように、私の肩を抱き寄せる。

「マイセン公爵令息。……まだこちらに滞在されていたのですか。サンドラ嬢との仲は、あまり進展していないようですが?」

 マキシム様の挑発的な言葉。アレックス様は歩みを止めず、吐き捨てるように言った。

「……他人の庭を気にする暇があるなら、自分の足元が腐っていないか確かめることだ、ターロット侯爵令息」

 アレックス様が去った後、マキシム様はひどく不機嫌そうに舌打ちをした。

「鼻持ちならない男だ。あんな氷のような男のどこが、ロレンタ家の婿に相応しいというんだ。サンドラも可哀想に」

 どの口が言うのか。私はこみ上げる嫌悪感を押し殺し、わざとらしく溜息をついた。

「ええ。アレックス様は、とても厳しい方のようですわ。お姉様も、あの方と隣国へ行くのが恐ろしいとおっしゃっていました」

「そうだろう? ジュリア、君は僕が守る。あの男のような冷血漢に、君を怯えさせたりはしない」

 マキシム様はそう言うと、私の首筋に顔を埋めた。

 その瞬間、彼の服から微かに香ったのは、私の香水ではなく、もっと濃厚な――リーザが好む、媚びるような甘い香油の匂いだった。
 
 その日の夜、マキシム様は一度屋敷を出たはずだったが、深夜に再び私の寝室のバルコニーに現れた。

「ジュリア……開けてくれ。どうしても君に会いたいんだ」

 酔っているのか、声がひどく掠れている。

 私は警戒して窓を開けなかった。

「マキシム様、夜分に失礼ですわ。お帰りください」

「頼む、ジュリア! 君がいないと、僕は狂ってしまいそうなんだ。あの女たちが……みんなが僕を責めるんだ。僕が愛しているのは君だけなのに!」

 窓越しに聞こえる彼の声は、もはや愛の囁きではなく、追い詰められた獣の悲鳴だった。

 彼は、女たちの匂わせと脅迫に疲れ果て、唯一の聖域であるはずの私に、無理やりにでも既成事実を作って逃げ込もうとしていた。

「開けないなら、壊してでも入るぞ!」

 その時だった。

「――そこまでにしてもらおうか」

 闇の中から、低い、重厚な声が響いた。

 バルコニーの影から姿を現したのは、アレックス様だった。彼はマキシム様の襟首を掴み、易々と引き剥がした。

「マイセン公爵令息……!? なぜ君がここに!」

「不審な物音がしたものでね。婚約者の妹の寝所に夜這いをかけるとは、隣国の貴族として見過ごせん」

 アレックス様の瞳には、紛れもない殺気が宿っていた。

 彼は震えるマキシム様を冷たく見下ろし、私の方を向いて短く告げた。

「案ずるな、ジュリア嬢。……この男の始末は、私がつける」

 窓越しに見つめ合う私とアレックス様。

 彼の灰色の瞳が、「早くこちらへ来い」と言っているように見えた。

 一方で、地面に這いつくばるマキシム様は、まだ自分が何を失おうとしているのか、本当の意味では理解していなかった。
______________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?

雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。 理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。 クラリスはただ微笑み、こう返す。 「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」 そうして物語は終わる……はずだった。 けれど、ここからすべてが狂い始める。 *完結まで予約投稿済みです。 *1日3回更新(7時・12時・18時)

「本当に僕の子供なのか検査して調べたい」子供と顔が似てないと責められ離婚と多額の慰謝料を請求された。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア伯爵令嬢は、公爵位を継いだ恋人で幼馴染のジャックと結婚して公爵夫人になった。何一つ不自由のない環境で誰もが羨むような生活をして、二人の子供に恵まれて幸福の絶頂期でもあった。 「長男は僕に似てるけど、次男の顔は全く似てないから病院で検査したい」 ある日、ジャックからそう言われてソフィアは、時間が止まったような気持ちで精神的な打撃を受けた。すぐに返す言葉が出てこなかった。この出来事がきっかけで仲睦まじい夫婦にひびが入り崩れ出していく。

婚約者に妹を紹介したら、美人な妹の方と婚約したかったと言われたので、譲ってあげることにいたしました

奏音 美都
恋愛
「こちら、妹のマリアンヌですわ」  妹を紹介した途端、私のご婚約者であるジェイコブ様の顔つきが変わったのを感じました。 「マリアンヌですわ。どうぞよろしくお願いいたします、お義兄様」 「ど、どうも……」  ジェイコブ様が瞳を大きくし、マリアンヌに見惚れています。ジェイコブ様が私をチラッと見て、おっしゃいました。 「リリーにこんな美しい妹がいたなんて、知らなかったよ。婚約するなら妹君の方としたかったなぁ、なんて……」 「分かりましたわ」  こうして私のご婚約者は、妹のご婚約者となったのでした。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜

恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」 18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から 情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。 しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。 彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、 彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。 「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」 伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。 衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、 彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。 「……あの、どちら様でしょうか?」 無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。 裏切った男と、略奪を企てた伯母。 二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

「もう要らない」と言われた私は、運命に選ばれる

夜桜
恋愛
公爵令嬢セレスティアは、舞踏会の場で婚約者アーヴィンに裏切られ、婚約破棄を宣言される。 奪ったのは、劣等感に溺れた男と、勝利に酔う令嬢。 しかし彼らは知らなかった。三秒先の未来を視る冷酷伯爵レオンが、静かにその行く末を見届けていることを。 泣かなかった令嬢が選ぶ未来は、奪った側の崩壊と共に始まる――。

処理中です...