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国境の森、秘めたる誓い
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ロレンタ侯爵邸を離れ、馬車が隣国マイセンへと続く緩やかな山道を登り始めてから二日が過ぎた。
窓の外の景色は、見慣れた王都の華やかさから、深く厳かな針葉樹の森へと姿を変えていく。時折吹き込む風には、かすかに雪の匂いが混じっていた。
馬車の中には、私とアレックス様の二人だけが座っている。
かつてマキシム様と馬車に乗ったときは、常に彼の饒舌な愛の言葉に耳を傾け、私はただ赤くなって俯いているだけだった。けれど、アレックス様との時間は驚くほど静かだ。彼は読書をしたり、外の地形を確認したりしているが、その沈黙は決して冷たいものではなく、私を尊重し、守ってくれているという確かな安らぎがあった。
「……ジュリア。疲れは見えないが、体調はどうだ?」
アレックス様が本を閉じ、穏やかに私を見つめた。
「はい。アレックス様が用意してくださったこの馬車は、驚くほど揺れが少ないですから。それに、この毛布……とても暖かいですわ」
私は膝の上にかけられた、上質なウールの毛布をそっとなぞった。
「君の国は温暖だが、私の国はこれから本格的な冬に入る。君を凍えさせるわけにはいかないからな」
彼はそう言って、少しだけためらうように、だが真っ直ぐに私に尋ねた。
「……後悔は、していないか? 家族も、友人も、慣れ親しんだ地もすべて捨てて、私のような男についてくることを」
私は、首元で冷たく光るサファイア――ではなく、今日アレックス様から贈られた、小ぶりだが純度の高いダイヤモンドのペンダントに触れた。
「後悔など、微塵もございません。アレックス様、私はあの日、あなたがお姉様に宛てた手紙を読んだときから、あなたの魂に触れたいと願っていました」
私は意を決して、彼の灰色の瞳をじっと見つめ返した。
「あなたは、政略結婚の相手であるお姉様を、一人の人間として守ろうとしてくださいました。私を『身代わり』ではなく『一人の淑女』として扱ってくださった。……その誠実さに、私は私のすべてを賭けて応えたいのです」
アレックス様の表情が、微かに揺れた。彼は大きく逞しい手を伸ばし、私の頬を包み込むように触れた。その手は、冷徹公爵という二つ名には似合わないほど、ひどく熱を持っていた。
「……私は、サンドラ嬢がマキシムと通じていることを、最初から知っていた」
衝撃の告白に、私は息を呑んだ。
「彼女の瞳には、常に別の男への焦がれるような光があった。だから私は、この縁談を穏便に壊す機会を待っていたんだ。だが、君という存在が現れたのは……計算外だった」
アレックス様は、自嘲気味に微笑んだ。
「図書室で、必死に隣国語を学んでいる君を見かけたとき。あんなに悲しい香りを纏いながら、凛として前を向こうとする君の姿に……私は、生まれて初めて、守りたいという欲求以上のものを抱いた」
「アレックス様……」
「ジュリア。君は身代わりではない。私こそが、君という光を、あの泥沼から奪い去りたかった。……たとえ君が、私を愛してくれなくても構わない。私の国で、君が誰にも脅かされず、ただ微笑んでいてくれるなら、私はそれだけで満足だと思っていた」
彼の言葉は、マキシム様のどんな甘い誓いよりも深く、私の心の氷を溶かしていった。
私は自分から、彼の大きな手に手を重ねた。
「……いいえ。私はもう、微笑んでいるだけのお人形ではありません。あなたの隣で、あなたの重荷を分かち合える妻になりたいのです」
馬車の中が、熱い空気で満たされる。
アレックス様がゆっくりと顔を近づけ、私の唇に触れようとした、その時だった。
――ヒヒーンッ!
激しい馬の嘶きとともに、馬車が大きく横揺れし、急停車した。
「うっ……!」
私は投げ出されそうになったが、アレックス様が咄嗟に私を強く抱きしめ、座席へと固定した。
「……何事だ!」
アレックス様の声が鋭く響く。外からは、御者の悲鳴と、複数学の男たちの荒々しい笑い声が聞こえてきた。
「へへっ、いたぜ。公爵様の高級な馬車だ。中にはとびきり上等な『お宝』が乗ってるはずだ」
聞き覚えのある、嫌な声。私は全身の血が引いていくのを感じた。
「……マキシム、様?」
窓の外、月の光の下で馬に跨っていたのは、廃嫡されたはずの、狂気に満ちた瞳のマキシム・ターロットだった。
その後ろには、顔を隠した数人の男たちと、馬車を追ってきたリーザが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。
「見つけたよ、ジュリア。……さあ、僕のところへ戻っておいで。あの男に騙されている君を、僕が『救って』あげるからね」
国境を目前にして、逃れられない裏切りの因縁が、再び私に牙を剥いた。
アレックス様は私を背後に隠し、腰の剣を引き抜いた。その背中は、どんな嵐をも撥ね退ける、鉄壁の守護者のように見えた。
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窓の外の景色は、見慣れた王都の華やかさから、深く厳かな針葉樹の森へと姿を変えていく。時折吹き込む風には、かすかに雪の匂いが混じっていた。
馬車の中には、私とアレックス様の二人だけが座っている。
かつてマキシム様と馬車に乗ったときは、常に彼の饒舌な愛の言葉に耳を傾け、私はただ赤くなって俯いているだけだった。けれど、アレックス様との時間は驚くほど静かだ。彼は読書をしたり、外の地形を確認したりしているが、その沈黙は決して冷たいものではなく、私を尊重し、守ってくれているという確かな安らぎがあった。
「……ジュリア。疲れは見えないが、体調はどうだ?」
アレックス様が本を閉じ、穏やかに私を見つめた。
「はい。アレックス様が用意してくださったこの馬車は、驚くほど揺れが少ないですから。それに、この毛布……とても暖かいですわ」
私は膝の上にかけられた、上質なウールの毛布をそっとなぞった。
「君の国は温暖だが、私の国はこれから本格的な冬に入る。君を凍えさせるわけにはいかないからな」
彼はそう言って、少しだけためらうように、だが真っ直ぐに私に尋ねた。
「……後悔は、していないか? 家族も、友人も、慣れ親しんだ地もすべて捨てて、私のような男についてくることを」
私は、首元で冷たく光るサファイア――ではなく、今日アレックス様から贈られた、小ぶりだが純度の高いダイヤモンドのペンダントに触れた。
「後悔など、微塵もございません。アレックス様、私はあの日、あなたがお姉様に宛てた手紙を読んだときから、あなたの魂に触れたいと願っていました」
私は意を決して、彼の灰色の瞳をじっと見つめ返した。
「あなたは、政略結婚の相手であるお姉様を、一人の人間として守ろうとしてくださいました。私を『身代わり』ではなく『一人の淑女』として扱ってくださった。……その誠実さに、私は私のすべてを賭けて応えたいのです」
アレックス様の表情が、微かに揺れた。彼は大きく逞しい手を伸ばし、私の頬を包み込むように触れた。その手は、冷徹公爵という二つ名には似合わないほど、ひどく熱を持っていた。
「……私は、サンドラ嬢がマキシムと通じていることを、最初から知っていた」
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「アレックス様……」
「ジュリア。君は身代わりではない。私こそが、君という光を、あの泥沼から奪い去りたかった。……たとえ君が、私を愛してくれなくても構わない。私の国で、君が誰にも脅かされず、ただ微笑んでいてくれるなら、私はそれだけで満足だと思っていた」
彼の言葉は、マキシム様のどんな甘い誓いよりも深く、私の心の氷を溶かしていった。
私は自分から、彼の大きな手に手を重ねた。
「……いいえ。私はもう、微笑んでいるだけのお人形ではありません。あなたの隣で、あなたの重荷を分かち合える妻になりたいのです」
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アレックス様がゆっくりと顔を近づけ、私の唇に触れようとした、その時だった。
――ヒヒーンッ!
激しい馬の嘶きとともに、馬車が大きく横揺れし、急停車した。
「うっ……!」
私は投げ出されそうになったが、アレックス様が咄嗟に私を強く抱きしめ、座席へと固定した。
「……何事だ!」
アレックス様の声が鋭く響く。外からは、御者の悲鳴と、複数学の男たちの荒々しい笑い声が聞こえてきた。
「へへっ、いたぜ。公爵様の高級な馬車だ。中にはとびきり上等な『お宝』が乗ってるはずだ」
聞き覚えのある、嫌な声。私は全身の血が引いていくのを感じた。
「……マキシム、様?」
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国境を目前にして、逃れられない裏切りの因縁が、再び私に牙を剥いた。
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