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そのチョコは、私のおやつよ!
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「バレンタインデー? ああ、売り上げが伸びる日ね。本当にありがたいわ」
二月十四日の朝。私、ロレッタ・バーンズは、鏡の前で自慢の栗色の巻き毛を整えながら、上機嫌で呟いた。
我が家バーンズ子爵家は、王都でも有数の規模を誇る『リリー商会』を運営している。商人の血が流れる私にとって、この日は愛を語る日ではない。カカオの相場をチェックし、在庫の回転率に目を光らせ、笑顔で金貨を数える日だ。
「お嬢様、学園へ出かけるお時間です。本日は特に、浮かれた輩が多くて道が混み合っておりますゆえ」
家令のセバスチャンが、慇懃に馬車の扉を開ける。
彼は去り際、私にあるものを手渡した。鮮やかな深紅の紙に、金箔押しでリリー商会の紋章が入った小箱だ。
「こちら、今朝がた本店から届いた新作『ショコラ・アムール』のサンプルでございます。お嬢様の本日分のおやつとして確保いたしました。味の最終確認がてら、ぜひご賞味ください」
「あら、気が利くわね。ありがとう、セバスチャン」
私はその赤い小箱を大切に抱え、馬車に乗り込んだ。
この『ショコラ・アムール』は、私が企画から携わった自信作だ。希少なカカオを贅沢に使い、口溶けの滑らかさを追求した一品。予約開始から数分で完売し、今や公爵家のような大貴族ですら入手困難と言われる今年のバレンタイン用の大人気商品である。
(ふふ、楽しみ。お昼休みに、誰も来ない東校舎の裏庭でゆっくり味わいましょう)
学園に到着すると、案の定、廊下は異様な熱気に包まれていた。
あちらこちらで、頬を赤らめた令嬢たちがチョコを隠し持ち、目当ての令息を待ち伏せている。
「あの方、受け取ってくださるかしら」
「昨夜は一睡もせずにチョコを手作りしたのよ」
「うちのパティシエの自信作なの」
聞こえてくるのは、そん少女らしい会話ばかり。
私は、彼女たちの努力に「頑張って!」と心の中で応援しながら、喧騒を抜けて東校舎の裏へと向かった。
そこは人通りがなく、ひっそりとしたベンチがある。私の「おやつタイム」には最適の場所だ。
しかし、ベンチに近づいた時。そこには先客がいた。
陽光を浴びてキラキラと輝く金髪に、澄み切った青い目。すらりとした痩身を包む制服の着こなしも完璧な、絵画から抜け出してきたような美青年。
女子学生の憧れの君、ユリウス・ウェリントン公爵令息だ。
彼は、この学園……いや、この国において「将来有望株No.1」と名高い貴公子。そして同時に、今日この日に最も多くの令嬢から追いかけ回される、悲劇の主役でもある。
ユリウス様は、私の足音に気づくと、顔を上げることもなく辟易したような声を漏らした。
「……またか。はあ、本当にしつこい。いい加減にしてくれないか」
私は立ち止まった。誰に言っているのかと辺りを見回したが、ここには私と彼しかいない。
彼は、氷のように冷たい視線を私に向けると、吐き捨てるように言い放った。
「僕はチョコは受け取らないよ。告白もお断りだ。面倒だから、さっさと消えてくれ」
…………はい?
私は、思わず口を半開きにして固まった。
( 何? この男、今なんて言ったの? 『消えてくれ』……えっと……わたし……が? )
あまりの言い草に、怒りで脳内が弾け飛んだ。
たしかに彼は公爵家の嫡男で、私は子爵令嬢。身分の差はある。けれど、私は彼に愛を囁きに来たわけでも、媚びを売りに来たわけでもない。ただ、自分のおやつを食べに来ただけなのだ。
私が怒りを顔に出さないよう、プルプルと拳を震わせながら立ち尽くしていると、『告白のために緊張している』と、勘違いしたユリウス様の視線が私の手元に固定された。
正確には、私が抱えている赤い小箱——『ショコラ・アムール』に。
その瞬間、彼の冷徹な仮面がわずかに動揺した。
(あ……あれは、リリー商会の新作……! 父上がいくら積んでも手に入らなかったという、あの大人気商品の……)
ユリウスは、実は知る人ぞ知る極度の甘党だ。そして、不純物の一切混じらない「完璧な味」を求めるグルメでもある。幼い頃に、令嬢が想いを込めて手作りしたチョコの中から「髪の毛」を発見して以来、素人の手作りチョコには吐き気すら覚える彼にとって、リリー商会の新作は救い……のはずだった。
彼は、一度拒絶した手前、バツの悪そうな顔をしながらも、尊大な態度のまま立ち上がった。
「……ちょっと、待って。君、そのチョコはリリー商会の新作だね。……ふん、まあ、いいよ。どうしてもと言うなら、それは受け取ってあげる。感謝したまえ。でも、何度も言うが告白はお断りだ。君の名前を覚えるつもりもないからね」
彼は、さも「慈悲をかけてやる」と言わんばかりの足取りで、私の目の前まで歩いてきた。
(…………なっ…………!?)
私の思考が、怒りで真っ白になる。
なんなの? この自意識過剰な傲慢男は!誰があなたにチョコをあげると言った? 誰が告白すると言った?これは、私が! 私が食べるための! 貴重な一個なのよ!
あまりの衝撃に言葉を失っている私の隙を突き、彼はひょいと、私の手から赤い小箱を取り上げた。
「ねえ、コレ貰うよ。ご馳走様」
先ほどまでの冷徹さはどこへやら、少しだけ弾んだ声で彼は言い、後ろ手にひらひらと手を振りながら、颯爽と歩き去ってしまった。
嵐が去った後のような静寂が、裏庭に流れる。
私は、自分の空っぽになった両手を見つめ立ち尽くしていた……数分後。
「え……? ちょっと待って……それ、私のおやつよーーーーーー!!」
私の悲痛な叫び声が、冬の空に虚しく響き渡った。
これが、私ロレッタ・バーンズと、公爵令息ユリウス・ウェリントンとの、最悪の、あまりにも不条理な出会いだった。
____________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
ハッピー・バレンタイン💘💌
🍫🎁読者の皆さまにとって、素敵な思い出の一日になりますように!
二月十四日の朝。私、ロレッタ・バーンズは、鏡の前で自慢の栗色の巻き毛を整えながら、上機嫌で呟いた。
我が家バーンズ子爵家は、王都でも有数の規模を誇る『リリー商会』を運営している。商人の血が流れる私にとって、この日は愛を語る日ではない。カカオの相場をチェックし、在庫の回転率に目を光らせ、笑顔で金貨を数える日だ。
「お嬢様、学園へ出かけるお時間です。本日は特に、浮かれた輩が多くて道が混み合っておりますゆえ」
家令のセバスチャンが、慇懃に馬車の扉を開ける。
彼は去り際、私にあるものを手渡した。鮮やかな深紅の紙に、金箔押しでリリー商会の紋章が入った小箱だ。
「こちら、今朝がた本店から届いた新作『ショコラ・アムール』のサンプルでございます。お嬢様の本日分のおやつとして確保いたしました。味の最終確認がてら、ぜひご賞味ください」
「あら、気が利くわね。ありがとう、セバスチャン」
私はその赤い小箱を大切に抱え、馬車に乗り込んだ。
この『ショコラ・アムール』は、私が企画から携わった自信作だ。希少なカカオを贅沢に使い、口溶けの滑らかさを追求した一品。予約開始から数分で完売し、今や公爵家のような大貴族ですら入手困難と言われる今年のバレンタイン用の大人気商品である。
(ふふ、楽しみ。お昼休みに、誰も来ない東校舎の裏庭でゆっくり味わいましょう)
学園に到着すると、案の定、廊下は異様な熱気に包まれていた。
あちらこちらで、頬を赤らめた令嬢たちがチョコを隠し持ち、目当ての令息を待ち伏せている。
「あの方、受け取ってくださるかしら」
「昨夜は一睡もせずにチョコを手作りしたのよ」
「うちのパティシエの自信作なの」
聞こえてくるのは、そん少女らしい会話ばかり。
私は、彼女たちの努力に「頑張って!」と心の中で応援しながら、喧騒を抜けて東校舎の裏へと向かった。
そこは人通りがなく、ひっそりとしたベンチがある。私の「おやつタイム」には最適の場所だ。
しかし、ベンチに近づいた時。そこには先客がいた。
陽光を浴びてキラキラと輝く金髪に、澄み切った青い目。すらりとした痩身を包む制服の着こなしも完璧な、絵画から抜け出してきたような美青年。
女子学生の憧れの君、ユリウス・ウェリントン公爵令息だ。
彼は、この学園……いや、この国において「将来有望株No.1」と名高い貴公子。そして同時に、今日この日に最も多くの令嬢から追いかけ回される、悲劇の主役でもある。
ユリウス様は、私の足音に気づくと、顔を上げることもなく辟易したような声を漏らした。
「……またか。はあ、本当にしつこい。いい加減にしてくれないか」
私は立ち止まった。誰に言っているのかと辺りを見回したが、ここには私と彼しかいない。
彼は、氷のように冷たい視線を私に向けると、吐き捨てるように言い放った。
「僕はチョコは受け取らないよ。告白もお断りだ。面倒だから、さっさと消えてくれ」
…………はい?
私は、思わず口を半開きにして固まった。
( 何? この男、今なんて言ったの? 『消えてくれ』……えっと……わたし……が? )
あまりの言い草に、怒りで脳内が弾け飛んだ。
たしかに彼は公爵家の嫡男で、私は子爵令嬢。身分の差はある。けれど、私は彼に愛を囁きに来たわけでも、媚びを売りに来たわけでもない。ただ、自分のおやつを食べに来ただけなのだ。
私が怒りを顔に出さないよう、プルプルと拳を震わせながら立ち尽くしていると、『告白のために緊張している』と、勘違いしたユリウス様の視線が私の手元に固定された。
正確には、私が抱えている赤い小箱——『ショコラ・アムール』に。
その瞬間、彼の冷徹な仮面がわずかに動揺した。
(あ……あれは、リリー商会の新作……! 父上がいくら積んでも手に入らなかったという、あの大人気商品の……)
ユリウスは、実は知る人ぞ知る極度の甘党だ。そして、不純物の一切混じらない「完璧な味」を求めるグルメでもある。幼い頃に、令嬢が想いを込めて手作りしたチョコの中から「髪の毛」を発見して以来、素人の手作りチョコには吐き気すら覚える彼にとって、リリー商会の新作は救い……のはずだった。
彼は、一度拒絶した手前、バツの悪そうな顔をしながらも、尊大な態度のまま立ち上がった。
「……ちょっと、待って。君、そのチョコはリリー商会の新作だね。……ふん、まあ、いいよ。どうしてもと言うなら、それは受け取ってあげる。感謝したまえ。でも、何度も言うが告白はお断りだ。君の名前を覚えるつもりもないからね」
彼は、さも「慈悲をかけてやる」と言わんばかりの足取りで、私の目の前まで歩いてきた。
(…………なっ…………!?)
私の思考が、怒りで真っ白になる。
なんなの? この自意識過剰な傲慢男は!誰があなたにチョコをあげると言った? 誰が告白すると言った?これは、私が! 私が食べるための! 貴重な一個なのよ!
あまりの衝撃に言葉を失っている私の隙を突き、彼はひょいと、私の手から赤い小箱を取り上げた。
「ねえ、コレ貰うよ。ご馳走様」
先ほどまでの冷徹さはどこへやら、少しだけ弾んだ声で彼は言い、後ろ手にひらひらと手を振りながら、颯爽と歩き去ってしまった。
嵐が去った後のような静寂が、裏庭に流れる。
私は、自分の空っぽになった両手を見つめ立ち尽くしていた……数分後。
「え……? ちょっと待って……それ、私のおやつよーーーーーー!!」
私の悲痛な叫び声が、冬の空に虚しく響き渡った。
これが、私ロレッタ・バーンズと、公爵令息ユリウス・ウェリントンとの、最悪の、あまりにも不条理な出会いだった。
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