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たった一個の『ショコラ・アムール』
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翌日。学園のサロンは、昨日の戦果報告に湧く男子生徒たちで賑わっていた。
特に、学園内でも一際目を引く高位貴族のグループ――ユリウスを中心とした面々は、常に注目の的だ。
「やあ、みんな。まずは恒例の報告会といこうか。何個貰った? 俺は十二個。結局、去年と一緒だな」
まず口を開いたのは、シャルル伯爵家の次男オーランドだ。彼は軽薄な笑みを浮かべ、椅子の背もたれに深く寄りかかった。
「僕は十個だな。まあ、最愛のイザベルのチョコだけあれば十分だけどね」
ボービヤン侯爵家の嫡男チャールズが、ノロケを交えながら肩をすくめる。
続いて、ガーランド公爵家の次男ピエールが、手帳を閉じながら淡々と告げた。
「僕は十八個だったよ。去年より二個多いかな。……それで、ユリウス。毎年の獲得数一位、大本命の君はどうだったんだい? さぞかし、馬車を一台潰すほどの山が築かれたんだろう?」
友人たちの視線が一斉にユリウスに集まる。
しかし、当のユリウスは窓の外を眺めながら、実につまらなそうに答えた。
「ん? 俺は一個だ」
サロンが一瞬、静まり返った。
あのユリウス・ウェリントンが、たった一個。そんなはずがあるだろうか?
「……一個? 聞き間違いじゃないよな? 単位は『百』じゃなくて?」
「一個だ。リリー商会の新作チョコ『ショコラ・アムール』だったから受け取った。それ以外の素人が捏ね回した不純物まみれの小箱は、指一本触れずに追い返したからな」
ユリウスの言葉に、ピエールが驚きで身を乗り出した。
「あはは! そりゃ凄い気合の入れようだね。その子、随分と頑張って手に入れたんだろうね。うちの妹も注文したけど、秒速で売り切れて買えなかったんだ。……で、どうだった? その子は可愛かった?大人気のチョコは美味しかった?」
「ん? さあね。チョコだけ貰って、話もしてないからな。顔はなんとなく覚えてるけど、名前も知らないな……。少なくとも、高位貴族じゃないと思う」
ユリウスは、昨日の裏庭で出会った少女の姿を思い浮かべた。
甘やかな栗色の巻き毛に、強い意志を秘めた大きな瞳。拒絶されたショックからだろうか、ぷるぷると震えていたその姿が、なぜか頭から離れない。(もっとも、ロレッタは悲しみではなく、怒りに震えていただけだったのだが……。)
「うわあ、ユリウス最低。可哀想にね、その子。頑張って手に入れたチョコだろうに……お前、恨まれるぞ」
チャールズが苦笑を浮かべる。
あんな入手困難な品を、よりによってユリウスに献上したのだ。よほど深い愛があったに違いないと、誰もが確信していた。
「恨まれる? 贈りたいという奴の願いを叶えてやったんだ。文句を言われる筋合いはない。……それより、お前ら貰ったチョコはどうしたんだ?」
ユリウスの問いに、オーランドが当然といった風に答える。
「例年通り、みんなでまとめて孤児院に寄付したよ。いつも喜んでくれるよ。チョコなんて贅沢品だからね」
「そうそう。怪しい手作りチョコでも、子供にとっちゃ美味しいご馳走さ」
友人たちの会話を背中で聞きながら、ユリウスは上着のポケットをそっと探った。そこにはまだ、昨日の赤い小箱が眠っている。例年なら、ユリウスも中身を確認することなく寄付に回す。
だが、昨日の少女——ロレッタが、今にも泣きそうな、複雑な表情で抱えていたあの箱だけは、なぜか寄付する気になれなかった。
(……『ショコラ・アムール』、か)
そんな高位貴族たちの優雅かつ傲慢な会話が繰り広げられている頃。女子校舎の片隅では、それとは正反対の「熱い」会話が炸裂していた。
「本当に信じられないわ! 私のおやつを奪って立ち去ったのよ! しかも、わけのわからない自意識過剰の御託を並べてよ! なんなのよ、あの男!」
ロレッタは、身分を超えた幼馴染であり唯一の親友、エカテリーナ・ジョセット侯爵令嬢を前に、怒髪天を突く勢いで机を叩いた。
「……ロレッタ。この学園で、あのユリウス公爵令息をそこまでこき下ろすのは貴方くらいよ、ふふふ」
エカテリーナが、扇を口元に当てて可笑しそうに笑う。
「だって! ありえないでしょう。私、ただ歩いていただけよ。なんで、告白に来たって思い込めるの? どんだけナルシストなのよって話でしょう!」
「ふふふ、最高ね。それにしても、ユリウス様も、よりによってロレッタから告白されると思うとはね。好意があるかどうか、見たらわかりそうなものなのにね」
不思議そうに首を傾げるエカテリーナとは対照的に、ロレッタの胸中にはどす黒い感情が渦巻いていた。
( 何でも自分の思い通りになると思って、高慢ちきで嫌なヤツ!)
ロレッタがここまで高位貴族を嫌うには、単なる性格の不一致ではない、深い理由があった。
かつてバーンズ子爵家は「伯爵位」を賜る歴史ある家門だった。しかし、曽祖父の代、リリー商会の運営をめぐってジャリー侯爵家の卑劣な妨害に遭い、子爵位へと降爵させられた暗い過去があるのだ。
以来、バーンズ子爵家では家訓として、事あるごとにこう語り継がれてきた。
『高位貴族には関わるべからず。奴らは平民の汗を吸い上げ、商人の努力を横領する災いしかもたらさぬ害悪である』と。
(まさにお爺様の言った通りだわ。あのユリウスとかいう男、息を吐くように私のおやつを略奪していったじゃないの。やっぱり高位貴族なんて、関わってもろくなことがないわ!)
ロレッタは、奪われたチョコの無念を噛み締めると同時に、家訓の正しさを身をもって実感していた。
一方、そんなこととは露知らず。ユリウスは学生寮の自室で、手元に残った「一個だけの戦利品」を前に、奇妙な胸騒ぎを感じていた。
普段なら迷わず寄付に回すはずの赤い小箱。それをなぜか、味わってみたいという衝動に駆られていたのである。
____________
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特に、学園内でも一際目を引く高位貴族のグループ――ユリウスを中心とした面々は、常に注目の的だ。
「やあ、みんな。まずは恒例の報告会といこうか。何個貰った? 俺は十二個。結局、去年と一緒だな」
まず口を開いたのは、シャルル伯爵家の次男オーランドだ。彼は軽薄な笑みを浮かべ、椅子の背もたれに深く寄りかかった。
「僕は十個だな。まあ、最愛のイザベルのチョコだけあれば十分だけどね」
ボービヤン侯爵家の嫡男チャールズが、ノロケを交えながら肩をすくめる。
続いて、ガーランド公爵家の次男ピエールが、手帳を閉じながら淡々と告げた。
「僕は十八個だったよ。去年より二個多いかな。……それで、ユリウス。毎年の獲得数一位、大本命の君はどうだったんだい? さぞかし、馬車を一台潰すほどの山が築かれたんだろう?」
友人たちの視線が一斉にユリウスに集まる。
しかし、当のユリウスは窓の外を眺めながら、実につまらなそうに答えた。
「ん? 俺は一個だ」
サロンが一瞬、静まり返った。
あのユリウス・ウェリントンが、たった一個。そんなはずがあるだろうか?
「……一個? 聞き間違いじゃないよな? 単位は『百』じゃなくて?」
「一個だ。リリー商会の新作チョコ『ショコラ・アムール』だったから受け取った。それ以外の素人が捏ね回した不純物まみれの小箱は、指一本触れずに追い返したからな」
ユリウスの言葉に、ピエールが驚きで身を乗り出した。
「あはは! そりゃ凄い気合の入れようだね。その子、随分と頑張って手に入れたんだろうね。うちの妹も注文したけど、秒速で売り切れて買えなかったんだ。……で、どうだった? その子は可愛かった?大人気のチョコは美味しかった?」
「ん? さあね。チョコだけ貰って、話もしてないからな。顔はなんとなく覚えてるけど、名前も知らないな……。少なくとも、高位貴族じゃないと思う」
ユリウスは、昨日の裏庭で出会った少女の姿を思い浮かべた。
甘やかな栗色の巻き毛に、強い意志を秘めた大きな瞳。拒絶されたショックからだろうか、ぷるぷると震えていたその姿が、なぜか頭から離れない。(もっとも、ロレッタは悲しみではなく、怒りに震えていただけだったのだが……。)
「うわあ、ユリウス最低。可哀想にね、その子。頑張って手に入れたチョコだろうに……お前、恨まれるぞ」
チャールズが苦笑を浮かべる。
あんな入手困難な品を、よりによってユリウスに献上したのだ。よほど深い愛があったに違いないと、誰もが確信していた。
「恨まれる? 贈りたいという奴の願いを叶えてやったんだ。文句を言われる筋合いはない。……それより、お前ら貰ったチョコはどうしたんだ?」
ユリウスの問いに、オーランドが当然といった風に答える。
「例年通り、みんなでまとめて孤児院に寄付したよ。いつも喜んでくれるよ。チョコなんて贅沢品だからね」
「そうそう。怪しい手作りチョコでも、子供にとっちゃ美味しいご馳走さ」
友人たちの会話を背中で聞きながら、ユリウスは上着のポケットをそっと探った。そこにはまだ、昨日の赤い小箱が眠っている。例年なら、ユリウスも中身を確認することなく寄付に回す。
だが、昨日の少女——ロレッタが、今にも泣きそうな、複雑な表情で抱えていたあの箱だけは、なぜか寄付する気になれなかった。
(……『ショコラ・アムール』、か)
そんな高位貴族たちの優雅かつ傲慢な会話が繰り広げられている頃。女子校舎の片隅では、それとは正反対の「熱い」会話が炸裂していた。
「本当に信じられないわ! 私のおやつを奪って立ち去ったのよ! しかも、わけのわからない自意識過剰の御託を並べてよ! なんなのよ、あの男!」
ロレッタは、身分を超えた幼馴染であり唯一の親友、エカテリーナ・ジョセット侯爵令嬢を前に、怒髪天を突く勢いで机を叩いた。
「……ロレッタ。この学園で、あのユリウス公爵令息をそこまでこき下ろすのは貴方くらいよ、ふふふ」
エカテリーナが、扇を口元に当てて可笑しそうに笑う。
「だって! ありえないでしょう。私、ただ歩いていただけよ。なんで、告白に来たって思い込めるの? どんだけナルシストなのよって話でしょう!」
「ふふふ、最高ね。それにしても、ユリウス様も、よりによってロレッタから告白されると思うとはね。好意があるかどうか、見たらわかりそうなものなのにね」
不思議そうに首を傾げるエカテリーナとは対照的に、ロレッタの胸中にはどす黒い感情が渦巻いていた。
( 何でも自分の思い通りになると思って、高慢ちきで嫌なヤツ!)
ロレッタがここまで高位貴族を嫌うには、単なる性格の不一致ではない、深い理由があった。
かつてバーンズ子爵家は「伯爵位」を賜る歴史ある家門だった。しかし、曽祖父の代、リリー商会の運営をめぐってジャリー侯爵家の卑劣な妨害に遭い、子爵位へと降爵させられた暗い過去があるのだ。
以来、バーンズ子爵家では家訓として、事あるごとにこう語り継がれてきた。
『高位貴族には関わるべからず。奴らは平民の汗を吸い上げ、商人の努力を横領する災いしかもたらさぬ害悪である』と。
(まさにお爺様の言った通りだわ。あのユリウスとかいう男、息を吐くように私のおやつを略奪していったじゃないの。やっぱり高位貴族なんて、関わってもろくなことがないわ!)
ロレッタは、奪われたチョコの無念を噛み締めると同時に、家訓の正しさを身をもって実感していた。
一方、そんなこととは露知らず。ユリウスは学生寮の自室で、手元に残った「一個だけの戦利品」を前に、奇妙な胸騒ぎを感じていた。
普段なら迷わず寄付に回すはずの赤い小箱。それをなぜか、味わってみたいという衝動に駆られていたのである。
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