【バレンタイン】「チョコも告白も迷惑だ」と言う公爵令息、自意識過剰ですわよ

恋せよ恋

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チョコの貸しを返してもらう

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 公爵邸の自室で、ユリウス・ウェリントンは手の中の赤い小箱を眺めていた。
 普段なら見向きもしないはずの贈物。だが、あの栗毛の少女が大事に抱えていた姿が、妙に脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。

(……商品だから、毒味は不要のはずだな)
 専属の毒味役に、あらかじめ小箱の中身を確認させてある。返ってきた報告は「異常なし。ただし、これほど質の高いショコラは王宮の晩餐会でも目にしたことがありません」という驚きのものだった。

 ユリウスは慎重に、一粒のトリュフを口に運ぶ。次の瞬間、彼の世界は一変した。

(……っ!?)

 繊細なココアパウダーの苦味が舌に触れたかと思えば、次の瞬間にはベルベットのような滑らかさでショコラが溶け出した。こってりと濃厚でありながら、後味は驚くほど軽やか。最高級カカオの芳醇な香りが鼻腔を抜け、完璧に計算された甘みが疲れた頭を優しく解きほぐしていく。

「……なんだ、これは。これほどまでのものを、あの子は……」

 あまりの美味しさに、感動すら覚えた。
 同時に、自分を追いかけ回す令嬢たちのことはおろか、チョコを「奪った」相手が誰だったかさえ、その時の彼は忘却の彼方へ追いやってしまっていた。
 

 数日後のことだ。二年生の学舎の廊下を歩いていたユリウスは、人だかりができているのを認め、足を止めた。

 中心にいたのは、オードリー伯爵家の嫡男。そして、二人の令嬢だ。

「だから、なぜ婚約を了承しないのだ。わざわざ当家から申し込んでやっているのに、何が不満だと言うのだ。子爵家の分際で図に乗るなよ!」
 伯爵令息の傲慢な怒声が響く。詰め寄られているのは、怯えて涙ぐむローズモン子爵令嬢、エメリア。

 だが、そのエメリアの肩を抱き、真っ向から伯爵令息を射抜いている少女がいた。栗色の髪を揺らし、凛とした佇まいで立つその姿は見る者を惹きつけた。

「先ほどから申し上げているように、ローズモン子爵令嬢には幼い頃から決まった婚約者がおります。婚約の申し込みは到底お受けできません」
 愛らしい容姿に似合わず、その口調は鋼のように硬く、はっきりとしていた。

「なんだお前は。僕はエメリア嬢に話しているんだ。邪魔をしないでもらおう」
「はい。部外者なのは百も承知でございます。しかし、エメリア嬢が夜も眠れず体調を崩すほどに悩んでおりますれば、友人として放ってはおけません。どうか、この婚約のお話は取り下げてはいただけないでしょうか」

 ユリウスは、衝撃を受けていた。
 これまで彼が関わってきた令嬢たちは、皆、自分を飾ることに必死だった。高位貴族におもねり、少しでも気に入られようと猫を被る。

 だが、目の前の少女はどうだ。
 自分より格上の伯爵家を相手に、友人のために一歩も引かずに立ち向かっている。その瞳には、恐怖ではなく強い意志の光が宿っていた。

 目が離せない。気づけば、ユリウスは吸い寄せられるようにその場へ近づいていた。

「ふん。たかが子爵令嬢ごときが図々しい。――だが、お前、なかなか可愛い顔をしているじゃないか。まあ、お前でもいいか。婚約者にしてやる。家名はどこだ?」
 伯爵令息の卑劣な言葉が耳に入った瞬間、ユリウスの内に言葉にできない苛立ちが沸き上がった。

 ――汚らわしい。その言葉で彼女を汚すな。

 無意識のうちに、ユリウスの足は早まっていた。

「やあ、オードリー伯爵令息……だったかな」
 冷徹な声が廊下に響き、野次馬たちが一斉に道を開ける。

「ユ、ユリウス公爵令息様……!?」
「私的な事情に口を挟む気はないんだが、廊下でする話でもないだろう。それと……すでに婚約者のいる家に迷惑をかけるのは感心しないね。高位貴族としての立場を自覚するように。お父上にも、そのように伝えておくように。これは、ウェリントン公爵家としての意見だよ」

 ユリウスは、有無を言わせぬ威圧を込めて伯爵令息を見据えた。公爵家の名を出され、顔を真っ青にした伯爵令息は、這々の体でその場を逃げ去っていく。

 沈黙が流れる中、ユリウスはゆっくりと栗毛の少女――ロレッタへと視線を移した。
 助けてやったのだ。当然、感謝の言葉や、あるいは公爵家の威光に怯える反応が返ってくるだろう……と。

 しかし。

(…………え?)

 彼女は、ただ冷静にユリウスを見つめていた。頬を染めることも、恐縮することもない。まるで、傍観者のような、冷徹なまでの観察眼。
 
 ロレッタの頭の中にあったのは、感謝ではなかった。

(ふん。あの日、奪われたチョコの貸しを、少しは返してもらったと思えばいいかしら。……まあ、害悪な高位貴族の中にも、たまには役に立つ男もいるのね)

 ただそれだけの事だと言わんばかりの不遜な態度に、ユリウスは今までに感じたことのない激しい動悸を覚えるのだった。
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