【バレンタイン】「チョコも告白も迷惑だ」と言う公爵令息、自意識過剰ですわよ

恋せよ恋

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触らぬ神に祟りなし?

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 あの日以来、学園の勢力図に奇妙な変化が生じていた。
 学園の至宝、ユリウス・ウェリントン公爵令息が、特定の二年生――それも、特別目立つわけでもない子爵令嬢のロレッタ・バーンズを、執拗に目で追っているというのだ。

「やあ、ロレッタ。……昨日の放課後はどこへ行っていたんだい? 探したんだが」
「あら、ユリウス様。商会の仕入れ確認で忙しゅうございまして。……では、失礼します」

 廊下ですれ違いざまに声をかけるユリウスを、ロレッタは流れるような動作で会釈し、光の速さで立ち去る。

 その後ろ姿を、ユリウスの友人たちがニヤニヤと眺めていた。

「おいおい、ユリウス。また振られたのか? あの子、本当にお前に興味なさそうだな」
 オーランドが腹を抱えて笑う。

「『探したんだが』って……。公爵令息が子爵令嬢を追いかけるなんて、前代未聞だよ」
 ピエールも呆れたように肩をすくめた。

「うるさい。僕はただ、あの日奪ったチョコ……いや、その。礼を言おうとしただけだ」
「礼を言うのに三日も追いかけ回すのかい? 認めなよ、君はあの子の『鋼の塩対応』に惹かれてるんだ」

 友人の冷やかしを無視し、ユリウスは眉間に皺を寄せた。

 自分を見る令嬢たちの目は、常に羨望か、欲、あるいは熱烈な恋情に満ちていた。だがロレッタの目にあるのは「迷惑がる眉間の皺」と「高位貴族への警戒心」だけだ。

 それが、どうしようもなく彼を焦らせていた。

 
 そんなある日の昼休み、事件は起きた。

 中庭の噴水近くで、ロレッタが数人の高位貴族令嬢に取り囲まれていたのだ。

「ねえ、あなた。最近少し調子に乗っているのではないかしら?」
「ユリウス様に何度も声をかけさせて。あの方は慈悲深いからお相手をしてくださっているけれど、身分をわきまえなさいな」

 嫌がらせの定番とも言える光景。

 物陰からそれを見たユリウスは、「今こそヒーローの出番だ」と確信し、颯爽と割って入った。

「そこまでだ。僕の知己に無礼な振る舞いは許さない。彼女に何か用があるなら、僕を通してもらおうか」
 冷徹な公爵令息の登場に、令嬢たちは真っ青になり、蜘蛛の子を散らすように謝罪して退散しようとした。

 ユリウスは満足げにロレッタを振り返る。「感謝したまえ」という言葉を喉まで出しかけて――。

「……ウェリントン公爵令息様。…… 余計なお節介ですわね」
 突き放すようなロレッタの声に、ユリウスは凍りついた。

「なっ……余計な、お節介……?」

「ええ。女同士の揉め事に、男が口を出すものではありませんわ。彼女たちとは、身分の話ではなく『マナー』についてお話ししていただけです。貴方が入ってこられたせいで、話がややこしくなりました」
 ロレッタは溜息をつき、逃げ遅れて震えていた伯爵令嬢の手を逆に取った。

 令嬢たちは呆然としている。助けに来た公爵令息を、守られたはずの女子生徒が真っ向から叱り飛ばしたのだ。

「貴方、ユリウス様をお好きではないのかしら」
 一人の令嬢が、信じられないものを見る目でロレッタに尋ねた。

「好き? ……ですか。ご冗談を。あちらは公爵令息、私は子爵令嬢です。身分違いも甚だしゅうございますわ。触らぬ神に祟りなし。寄らぬが仏。……私にとっては、関わるだけで災いを招く存在でございます」
 ロレッタは、あの日奪われたチョコの件を根に持った目でユリウスを一瞥した。

 その徹底した拒絶、そして「疫病神」を見るような冷ややかな視線。

 さっきまでロレッタを責めていた令嬢たちが、今や逆に、呆然と立ち尽くすユリウスに対して、同情するような複雑な表情を向け始めた。

(……ああ、ユリウス様。あんなに必死なのに、全く相手にされていないのね……)
(公爵家を『災い』扱いするなんて……お可哀想に……)

 周囲に漂う「頑張れ、公爵令息」という無言の同情。

 ユリウスは拳を握りしめ、赤くなる顔を隠すように顔を背けた。

「……僕は、ただ……っ」
「では、失礼いたします。次回の予定がございますので」
 ロレッタは優雅に、かつ事務的に一礼すると、今度こそ完全にユリウスを置いてけぼりにして去っていった。
 
 完璧なはずの公爵令息の無自覚な初恋は、まだスタート地点にすら立てていなかった。
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