義兄妹になったその日、恋は帰る場所を失った

恋せよ恋

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夜会の毒、氷の口付け

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 デビュタントの舞踏会は、本来ならば令嬢がもっとも輝く夜だ。しかし、私にとっては、美しく飾り立てられた処刑台に立たされているような心地だった。

 オーケストラが奏でる華やかな旋律が、かえって耳障りに響く。シモンと踊り終えた私は、彼が他の貴族に挨拶へ向かった僅かな隙に、会場の隅へと逃れた。

「あら、メルローズ様。エスコートのシモン様を置いて、お独りですの?」
 冷ややかな声が、逃げ場を塞ぐように投げかけられた。

 振り返ると、そこには豪華な真紅のドレスを纏った、公爵家の分家の未亡人、カサンドラ夫人が立っていた。彼女はシモンが学外で頻繁に逢瀬を重ねているという噂の最有力候補だ。

「……ご機嫌よう、カサンドラ夫人」

「ふふ、そんなに怯えなくて結構よ。貴女のことはシモン様からよく伺っていますわ。本当に『手のかかる、可愛らしい妹』なんですってね」
 夫人は手にした扇を艶かしく動かし、私のドレスを値踏みするように眺めた。

「シモン様はね、大人の楽しみを知り尽くした方がお好きなの。貴女のような、葡萄の香りがするだけの小娘では、あの方の渇きは癒せませんわ。……昨晩、彼が私の寝室で何を言っていたか、お聞きになりたい?」

 足元が崩れるような感覚に陥る。
 昨日――。デビュタントの準備のため、邸に帰宅した昨日の夜、シモンは「急ぎの用がある」と言って、深夜まで邸を空けていた。その時間が、この夫人の腕の中で過ごされていたのだとしたら。

「……失礼します」
 私は逃げるようにその場を離れた。涙が溢れそうになるのを必死に堪え、テラスへと続く扉へと向かう。

 冷たい夜風が頬を打つ。けれど、胸の奥の疼きは一向に治まらない。

 邸ではあんなに激しく私を抱きしめ、独占しようとするのに。なぜ外では、私を嘲笑うような女たちと肌を重ねるのか。彼の「汚したくない」という言葉が、今の私には、単なる情の尽きた虚ろさと蔑視の裏返しにしか思えなかった。

「……メルローズ」
 不意に名前を呼ばれ、私はびくりと肩を揺らした。

 そこに立っていたのは、シモンではなく、ノーマン兄様だった。
「兄様……」

「やはりここにいたね。顔色が真っ白だよ、メルローズ。……あの女たちに、何を言われたんだい?」
 ノーマン兄様は迷わず自分の上着を脱ぎ、私の肩にかけた。シモンの嫉妬を恐れる素振りも見せず、彼はただ、私の傷ついた心に寄り添おうとしてくれる。

「シモンが……シモンが分からないんです。私を好きだと言いながら、他の人を抱いて……。私、もう彼と一緒にいるのが、怖くてたまらない……」
 堰を切ったように、私は彼の胸で泣き崩れた。

 ノーマン兄様は何も言わず、ただ優しく背中をさすってくれた。シモンのような、相手を支配しようとする力強さはない。けれど、その温もりは、今の私にとって唯一の救いだった。

「――そこまでだ」
 凍てつくような声が、テラスの空気を切り裂いた。

 そこには、眼を血走らせたシモンが立っていた。彼の周囲には、他の貴族たちも数人、異変に気づいて足を止めている。

「俺の婚約者に触るなと言ったはずだ、ノーマン殿」

「婚約者? 君たちはまだ婚約していない。それに、泣いている彼女を放っておくのが、ローデン伯爵家の流儀なのか?」
 ノーマン兄様が静かに、けれど強く言い返す。

 シモンは野獣のような足取りで近づくと、ノーマン兄様の腕から私を強引に引き剥がした。
「……っ、痛い、シモン!」

「黙れ。邸に帰るぞ」
 シモンは周囲の衆人環視も構わず、私を抱え上げるようにして会場を後にした。

 馬車に押し込められた瞬間、ドアが乱暴に閉められる。
「……なぜ、ノーマンに抱かれていた!」
 シモンの声は、怒りを通り越して、静かな狂気に満ちていた。

「何も……兄様はただ、慰めてくれただけよ」

「俺以外の男に慰めてもらう必要がどこにある! お前は俺のものだ。体も、心も、流す涙の一滴まで俺のものなんだよ!」
 シモンがいきなり私の唇を塞いだ。

 それは、幼馴染の甘い口づけなどではなかった。暴力的なまでの拒絶と、支配のための蹂躙。
「ん……ぅ……」
 私は必死に彼を押し返そうとしたが、鉄のような腕に締め付けられ、身動きが取れない。

 ようやく唇が離れた時、シモンは私の首元に顔を埋め、獣のような声で呻いた。
「……カサンドラ夫人が何を言ったか知らないが、あんな奴らはどうでもいい。俺が求めているのは、お前だけだ……。お前が俺を愛さないなら、いっそこのまま、誰も知らない場所へ閉じ込めてしまいたい……」
 彼の告白は、悲鳴のようだった。

 私を「清らかなままにしたい」という理想と、今すぐ「自分の色に染め上げたい」という衝動。その板挟みになり、シモン自身もまた、狂い始めていたのだ。

 邸に着くと、シモンは私を自室まで運ぶと、鍵を閉めて立ち去った。暗い部屋の中、私はシモンに付けられた首元の痕をなぞりながら、一人で震えていた。

 愛されているはずなのに、孤独だった。
 守られているはずなのに、壊れそうだった。

 翌日から、シモンの放蕩はさらに激しさを増した。まるで、私への執着を、別の何かで塗り潰そうとするかのように。

 そして学園では、私を「嫉妬に狂った滑稽な妹」として扱う視線が、いっそう冷たく突き刺さるようになる。

 十五歳の春。私とシモンの関係は、修復不可能なまでのひび割れを抱えたまま、最悪の決裂へと向かっていった。
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