義兄妹になったその日、恋は帰る場所を失った

恋せよ恋

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安らぎの影と、蠢く独占欲

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 学園の喧騒から離れた、図書室のテラス。紅茶は、私の凍りついた心をゆっくりと解かしていくようだった。

「……少しは落ち着いたかな、メルローズ」
 ノーマン兄様は優しく微笑み、私の乱れた前髪を指先で整えてくれた。その手つきには、シモンが私に向けるような破壊的な情熱はなく、ただ純粋な家族愛だけが宿っている。

「ごめんなさい、ノーマン兄様。情けないところを見せてしまって」

「いいんだよ。君が一人でどれほど耐えてきたか、僕にはわかるから」
 ノーマン兄様は、母の実家であるアマンド伯爵家の跡取りだ。私の籍も現在はこのアマンド家にあるため、彼は法的な意味でも私の兄に近い存在だった。

「シモン君の放蕩ぶりは、僕の耳にも届いている。……あんなやり方で君を傷つけるなんて、許されることじゃない」

「シモンには、シモンなりの理由があるみたいなんです。私を汚したくない、とか……でも、私にはもう、何が正解なのか分からなくて」
 思わず溢れ出た弱音を、ノーマン兄様は静かに受け止めてくれた。

「メルローズ、君が辛い時はいつでも僕のところへ来るといい。アマンドの家は、いつだって君の味方だ。……君は決して、一人じゃない」
 その言葉に、私は救われたような気がした。シモンという巨大な重力に引きずり込まれそうになっていた日常の中で、ノーマン兄様の存在は唯一の平穏だった。

 けれど、そんな穏やかな時間も、長くは続かなかった。

「……何をしている、二人で」
 背後から響いたのは、地を這うような低い声だった。

 振り返ると、テラスの入り口にシモンが立っていた。逆光で顔は見えないが、彼から放たれる殺気のような圧迫感に、私は思わず肩を震わせる。

「やあ、シモン君。メルローズがあまりに元気がなかったから、少し話をしていただけだよ」
 ノーマン兄様は動じず、私を庇うように声を上げた。

「元気がなかろうが何だろうが、彼女の面倒は俺が見る。……部外者は、手を引っ込めてくれないか」

「部外者? 面白いことを言うね。彼女の籍は僕の家にあるんだ。法的に彼女を守る義務があるのは、僕の方だよ」
 ノーマン兄様の静かな反論に、シモンの瞳が鋭く細められた。

 二人の間に火花が散る。私はその場に立ち尽くすことしかできなかった。

「……メルローズ、来い」
 シモンが私の手首を掴む。その力は、これまでのどの時よりも強く、痛いほどだった。

「シモン、痛い……!」

「黙っていろ。帰るぞ」
 シモンはノーマン兄様を鋭く睨みつけると、私を半ば引きずるようにしてその場を去った。

 邸へ戻る馬車の中、シモンは一言も発しなかった。ただ、隣に座る彼の体からは、抑えきれない怒りの熱が伝わってくる。

「……あいつに、何を話した」
 ようやく開かれた口から漏れたのは、糾問するような言葉だった。

「何も……ただ、少しお茶を飲んでいただけよ。ノーマン兄様は私のことを心配して……」

「心配だと? 笑わせるな。あいつの目が、男の目だと気づかないほどお前は鈍いのか?」

「そんなことないわ! 兄様は家族として……」

「家族じゃない! お前には、俺という男がいるだろうが!」
 シモンがいきなり私の体を座席に押し倒した。狭い馬車の中で、彼の重みがのしかかる。逃げ場のない密室。

「……あいつに触れられたか? どこを触られた? ここか? それとも……」
 シモンの指が、私の首筋を荒っぽくなぞる。彼の目は血走っており、嫉妬という毒に侵されているのが分かった。

「やめて、シモン! そんなに乱暴なのは嫌!」
 私が必死に抵抗すると、シモンはハッとしたように動きを止めた。彼は苦しげに顔を歪め、私の肩に額を押し当てた。

「……クソッ。……すまない。……お前が、他の奴に微笑みかけるだけで、俺は自分が自分でなくなるんだ」
 彼の低い喘ぎが、胸元に響く。

 外では他の女と遊び回り、私を突き放しているくせに。私が誰かのもとに逃げようとすれば、こうして狂おしいほどの執着を見せる。

 シモンの愛は、出口のない迷宮のようだった。そんな不安定な関係のまま、ついにその日がやってきた。

 社交界デビュー、デビュタントの舞踏会。

 リンガー子爵令嬢として、そして将来のローデン伯爵夫人候補として、私は最高級のドレスに身を包んでいた。葡萄の葉を模した刺繍が施された、深い紫色のドレス。

 エスコート役はもちろん、シモンだ。正装した彼は、誰もが溜息をつくほど美しかった。けれど、その隣を歩く私の心は、重く沈んでいた。
 学園で私を嘲笑っていた令嬢たちも、シモンの遊び相手だった夫人たちも、この会場に集まっている。

「……背筋を伸ばせ、メルローズ。今日のお前は、世界で一番美しい」
 シモンが私の腰に手を添え、耳元で囁く。その言葉に偽りはないはずなのに、私の胸には虚しさが広がった。

 会場に足を踏み入れた瞬間、無数の視線が私たちに突き刺さる。

「あら、見て。あの方が噂の……」
「シモン様に捨てられないように必死なのね、可哀想に」

 扇に隠された嘲笑。私は聞こえないふりをして、シモンに導かれるままダンスフロアへと進んだ。

 音楽が始まり、私たちはファーストダンスを踊る。シモンのエスコートは完璧だった。彼に抱かれ、ステップを踏んでいる間だけは、かつての幸せな幼馴染に戻れたような錯覚に陥る。

 けれど、曲が終わりに近づいた時、シモンが私の耳元で冷たく、残酷な言葉を吐いた。

「……いいか、メルローズ。他の男と踊ることは許さない。特に、あのアマンドの小倅には近づくな。……もし俺を怒らせたら、お前がどうなるか、分かっているな?」

 幸せだと思ったのは、ほんの一瞬。楽しかったはずのダンスの熱気も冷めやらぬうちに、私は再び、彼の歪な独占欲という名の鎖に縛り付けられた。

 美しく着飾った人形のように、私はただ、シモンの隣で震えることしかできなかった。
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