4 / 24
硝子の学園、冷たい嘲笑
しおりを挟む
学園という場所は、貴族社会の縮図だ。一歩足を踏み入れれば、そこには家柄、財力、そして何より「寵愛」という名の残酷な階級が存在する。
私、メルローズ・リンガーは、今やその階級の最底辺――あるいは、もっとも滑稽な見世物として扱われていた。
「あら、ご機嫌よう。メルローズ様。今日もお独りなんですの?」
中庭のベンチで教科書を開いていた私に、数人の令嬢たちが近づいてきた。中心にいるのは、シモンが最近夜会でエスコートしたという、二つ年上のベアトリス男爵令嬢だ。彼女は既に学外での遊びを覚えた、奔放な令嬢として知られている。
「……ご機嫌よう、ベアトリス様」
「シモン様ったら、昨晩もとても情熱的で。あの方、学園の若い令嬢たちには興味がないとおっしゃるの。子供の相手は退屈なんですって」
ベアトリス様がわざとらしく、自身の首元に残った淡い紅色の痕を指先でなぞった。
「そうですか。それは、シモンが決めることですから」
私は努めて冷静に応じる。けれど、指先が微かに震えるのを止めることはできなかった。
「まあ、さすが『義理の妹』様。寛大ですこと。でも、可哀想に。同じ屋根の下に暮らしながら、一度も女として見られたことがないなんて、どんなお気持ちかしら?」
取り巻きの令嬢たちが、扇の影でクスクスと笑い声を漏らす。
「中身のないお飾りの妹。シモン様が外で存分に楽しむための、体裁を整えるだけの存在……。惨めね、メルローズ様」
彼女たちの言葉は、毒矢のように私の胸に突き刺さる。シモンが私を妹としてしか見ていないのなら、まだ良かった。
だが、現実はその真逆だ。週末に学生寮から邸に帰れば、彼は私を壊さんばかりの勢いで抱きしめ、熱烈な視線を向けてくる。それなのに、学園では私を完全に無視し、あえて遊び慣れた女たちとの噂を撒き散らしている。
その乖離が、私を何よりも疲弊させていた。
「……シモン、もうやめて」
その日の放課後、人目のない図書室の奥まった棚の影で、私は偶然通りかかったシモンを呼び止めた。
「何をだ」
シモンは立ち止まり、面倒そうに私を見下ろす。彼のネクタイは少し緩んでいて、そこからは昨日までなかった甘ったるい花の香りが漂ってきた。
「あんな遊び。学園中に噂が広がっているわ。私のところにも、貴方の遊び相手だという令嬢たちがやってきて……」
「そうか。お前にまで迷惑をかけたのは謝るよ」
シモンの言葉はどこまでも平坦で、心などこもっていないようだった。
「謝るくらいなら、どうして……。貴方は、私を好きだと言ったじゃない。あんなに私を追い詰めておきながら、外では他の女性と……」
言いかけて、私は喉の奥が熱くなるのを感じた。情けなくて、涙が出そうになる。
すると、シモンがいきなり私の腕を掴み、乱暴に壁際へと押し込んだ。
「……黙れ」
シモンの瞳に、一瞬だけ、学園で見せる仮面ではない「飢えた獣」の光が宿った。
「俺がお前に対してどれだけの渇きを抱えているか、分かって言っているのか? お前を抱き潰して、二度と歩けないようにしてやりたい衝動を、俺がどうやって抑えていると思っている!」
彼の低い声が、私の鼓膜を震わせる。
「外の女たちはただの『道具』だ。溜まりに溜まったお前への執着を、少しでも薄めるための吐き出し口に過ぎない。……それとも何か? 俺がすべてを捨てて、今ここで、学園の連中の前でお前をめちゃくちゃにしてやれば満足か?」
「ひ……っ」
あまりの熱量に、私は言葉を失い、身を竦める。
シモンはそんな私の様子を見て、吐き捨てるように鼻を鳴らすと、掴んでいた腕を離した。
「怖がるなと言ったはずだ。……俺は、お前を汚したくないんだ。お前が結婚するまでは、リンガーの令嬢として気高く、清らかなままでいてほしいんだよ」
「……でも、それなら……どうして他の人を……」
「清らかなお前を相手にするには、俺の欲は汚れすぎている」
シモンはそれだけ言うと、背を向けて去っていった。
独り残された図書室。静寂の中で、私は自分の心臓の音だけを聞いていた。
守られている。けれど、それは同時に、彼の歪な愛の形にじわじわと締め殺されているような感覚だった。
邸に帰ればギラつくシモンの目に怯え、学園に行けば彼の放蕩を当てこすられる日々。
私の心は、もう限界に達しようとしていた。
「……大丈夫かい、メルローズ」
背後からかけられた声は、シモンのそれとは正反対の、柔らかく穏やかな響きを持っていた。
振り向くと、そこには美しいプラチナブロンドの髪を揺らした少年が立っていた。
「ノーマン……兄様」
母の実家であるアマンド伯爵家の嫡男であり、私の従兄にあたるノーマン。彼は私がリンガー家にいた頃から、実の妹のように可愛がってくれていた。
「顔色が悪いよ。……少し、歩こうか。シモン君には内緒で、美味しいお茶でも飲もう」
ノーマンの差し出した手は、シモンのもののように熱くはなく、ただ暖かかった。その優しさに、私の張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた音がした。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
私、メルローズ・リンガーは、今やその階級の最底辺――あるいは、もっとも滑稽な見世物として扱われていた。
「あら、ご機嫌よう。メルローズ様。今日もお独りなんですの?」
中庭のベンチで教科書を開いていた私に、数人の令嬢たちが近づいてきた。中心にいるのは、シモンが最近夜会でエスコートしたという、二つ年上のベアトリス男爵令嬢だ。彼女は既に学外での遊びを覚えた、奔放な令嬢として知られている。
「……ご機嫌よう、ベアトリス様」
「シモン様ったら、昨晩もとても情熱的で。あの方、学園の若い令嬢たちには興味がないとおっしゃるの。子供の相手は退屈なんですって」
ベアトリス様がわざとらしく、自身の首元に残った淡い紅色の痕を指先でなぞった。
「そうですか。それは、シモンが決めることですから」
私は努めて冷静に応じる。けれど、指先が微かに震えるのを止めることはできなかった。
「まあ、さすが『義理の妹』様。寛大ですこと。でも、可哀想に。同じ屋根の下に暮らしながら、一度も女として見られたことがないなんて、どんなお気持ちかしら?」
取り巻きの令嬢たちが、扇の影でクスクスと笑い声を漏らす。
「中身のないお飾りの妹。シモン様が外で存分に楽しむための、体裁を整えるだけの存在……。惨めね、メルローズ様」
彼女たちの言葉は、毒矢のように私の胸に突き刺さる。シモンが私を妹としてしか見ていないのなら、まだ良かった。
だが、現実はその真逆だ。週末に学生寮から邸に帰れば、彼は私を壊さんばかりの勢いで抱きしめ、熱烈な視線を向けてくる。それなのに、学園では私を完全に無視し、あえて遊び慣れた女たちとの噂を撒き散らしている。
その乖離が、私を何よりも疲弊させていた。
「……シモン、もうやめて」
その日の放課後、人目のない図書室の奥まった棚の影で、私は偶然通りかかったシモンを呼び止めた。
「何をだ」
シモンは立ち止まり、面倒そうに私を見下ろす。彼のネクタイは少し緩んでいて、そこからは昨日までなかった甘ったるい花の香りが漂ってきた。
「あんな遊び。学園中に噂が広がっているわ。私のところにも、貴方の遊び相手だという令嬢たちがやってきて……」
「そうか。お前にまで迷惑をかけたのは謝るよ」
シモンの言葉はどこまでも平坦で、心などこもっていないようだった。
「謝るくらいなら、どうして……。貴方は、私を好きだと言ったじゃない。あんなに私を追い詰めておきながら、外では他の女性と……」
言いかけて、私は喉の奥が熱くなるのを感じた。情けなくて、涙が出そうになる。
すると、シモンがいきなり私の腕を掴み、乱暴に壁際へと押し込んだ。
「……黙れ」
シモンの瞳に、一瞬だけ、学園で見せる仮面ではない「飢えた獣」の光が宿った。
「俺がお前に対してどれだけの渇きを抱えているか、分かって言っているのか? お前を抱き潰して、二度と歩けないようにしてやりたい衝動を、俺がどうやって抑えていると思っている!」
彼の低い声が、私の鼓膜を震わせる。
「外の女たちはただの『道具』だ。溜まりに溜まったお前への執着を、少しでも薄めるための吐き出し口に過ぎない。……それとも何か? 俺がすべてを捨てて、今ここで、学園の連中の前でお前をめちゃくちゃにしてやれば満足か?」
「ひ……っ」
あまりの熱量に、私は言葉を失い、身を竦める。
シモンはそんな私の様子を見て、吐き捨てるように鼻を鳴らすと、掴んでいた腕を離した。
「怖がるなと言ったはずだ。……俺は、お前を汚したくないんだ。お前が結婚するまでは、リンガーの令嬢として気高く、清らかなままでいてほしいんだよ」
「……でも、それなら……どうして他の人を……」
「清らかなお前を相手にするには、俺の欲は汚れすぎている」
シモンはそれだけ言うと、背を向けて去っていった。
独り残された図書室。静寂の中で、私は自分の心臓の音だけを聞いていた。
守られている。けれど、それは同時に、彼の歪な愛の形にじわじわと締め殺されているような感覚だった。
邸に帰ればギラつくシモンの目に怯え、学園に行けば彼の放蕩を当てこすられる日々。
私の心は、もう限界に達しようとしていた。
「……大丈夫かい、メルローズ」
背後からかけられた声は、シモンのそれとは正反対の、柔らかく穏やかな響きを持っていた。
振り向くと、そこには美しいプラチナブロンドの髪を揺らした少年が立っていた。
「ノーマン……兄様」
母の実家であるアマンド伯爵家の嫡男であり、私の従兄にあたるノーマン。彼は私がリンガー家にいた頃から、実の妹のように可愛がってくれていた。
「顔色が悪いよ。……少し、歩こうか。シモン君には内緒で、美味しいお茶でも飲もう」
ノーマンの差し出した手は、シモンのもののように熱くはなく、ただ暖かかった。その優しさに、私の張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた音がした。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
187
あなたにおすすめの小説
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
殿下が私を愛していないことは知っていますから。
木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。
しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。
夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。
危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。
「……いつも会いに来られなくてすまないな」
そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。
彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。
「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」
そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。
すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。
その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
私の婚約者はちょろいのか、バカなのか、やさしいのか
れもんぴーる
恋愛
エミリアの婚約者ヨハンは、最近幼馴染の令嬢との逢瀬が忙しい。
婚約者との顔合わせよりも幼馴染とのデートを優先するヨハン。それなら婚約を解消してほしいのだけれど、応じてくれない。
両親に相談しても分かってもらえず、家を出てエミリアは自分の夢に向かって進み始める。
バカなのか、優しいのかわからない婚約者を見放して新たな生活を始める令嬢のお話です。
*今回感想欄を閉じます(*´▽`*)。感想への返信でぺろって言いたくて仕方が無くなるので・・・。初めて魔法も竜も転生も出てこないお話を書きました。寛大な心でお読みください!m(__)m
眠り姫は十年後、元婚約者の隣に別の令嬢を見つけました
鍛高譚
恋愛
幼い頃、事故に遭い10年間も眠り続けていた伯爵令嬢アーシア。目を覚ますと、そこは見知らぬ大人の世界。成長した自分の身体に戸惑い、周囲の変化に困惑する日々が始まる。
そんな彼女を支えるのは、10年前に婚約していた幼馴染のレオン。しかし、目覚めたアーシアに突きつけられたのは、彼がすでに新しい婚約者・リリアナと共に未来を築こうとしている現実だった――。
「本当に彼なの?」
目の前のレオンは、あの頃の優しい少年ではなく、立派な青年へと成長していた。
彼の隣には、才色兼備で知的な令嬢リリアナが寄り添い、二人の関係は既に「当然のもの」となっている。
アーシアは過去の婚約に縋るべきではないと分かりつつも、彼の姿を目にするたびに心がざわめく。
一方でレオンもまた、アーシアへの想いを完全に断ち切れてはいなかった。
幼い頃の約束と、10年間支え続けてくれたリリアナへの誠意――揺れ動く気持ちの狭間で、彼はどんな未来を選ぶのか。
「私の婚約者は、もう私のものではないの?」
「それでも私は……まだ、あなたを――」
10年間の空白が引き裂いた二人の関係。
心は10歳のまま、だけど身体は大人になったアーシアが、新たな愛を見つけるまでの物語。
運命の婚約者との再会は、果たして幸福をもたらすのか――?
涙と葛藤の三角関係ラブストーリー、ここに開幕!
私のことは愛さなくても結構です
毛蟹
恋愛
サブリナは、聖騎士ジークムントからの婚約の打診の手紙をもらって有頂天になった。
一緒になって喜ぶ父親の姿を見た瞬間に前世の記憶が蘇った。
彼女は、自分が本の世界の中に生まれ変わったことに気がついた。
サブリナは、ジークムントと愛のない結婚をした後に、彼の愛する聖女アルネを嫉妬心の末に殺害しようとする。
いわゆる悪女だった。
サブリナは、ジークムントに首を切り落とされて、彼女の家族は全員死刑となった。
全ての記憶を思い出した後、サブリナは熱を出して寝込んでしまった。
そして、サブリナの妹クラリスが代打としてジークムントの婚約者になってしまう。
主役は、いわゆる悪役の妹です
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる