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番外編
アマンド伯爵家嫡男ノーマン-月光の騎士は、追憶を箱に詰める
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王都の外れ、アマンド伯爵邸の書斎。深夜の静寂の中で、私は独り、琥珀色のブランデーをグラスに揺らしていた。手元にあるのは、今日届いたばかりの一通の手紙だ。差出人はメルローズ。今ではローデン伯爵夫人となった、私の愛おしい従妹である。
「……幸せそうだな。文字の筆跡ひとつ取っても、充実しているのが分かる」
私は自嘲気味に笑い、グラスを煽った。
シモン・ローデン。彼を思い出すたびに、私の胸には今でも複雑な感情が渦巻く。かつての私は、彼を心底から軽蔑していた。
メルローズという、宝石のように繊細で純粋な令嬢を側に置きながら、外で放蕩を繰り返し、彼女の心に泥を塗りたくっていた男。私に言わせれば、彼はメルローズの愛を受ける資格など微塵もない、欲情に溺れた愚か者だった。
あの日、雨の中でメルローズを馬車に乗せて連れ去った時。
震える彼女を抱きしめながら、私は本気で誓ったものだ。二度とあの獣のような男には返さない。私の手元で、彼女を傷一つない、清らかなままの「アマンドの至宝」として守り抜こうと。
「お兄様……どうして、シモンはあんなに変わってしまったのでしょう」
私の邸で過ごしていた頃、窓の外を眺めては涙を流していたメルローズ。
その涙を拭うたびに、私の心には黒い情念が兆した。いっそ、このまま私が彼女を娶ってしまおうか。血の繋がりはあっても、法的には何の問題もない。そうすれば、彼女を永遠に守れる。彼女を泣かせない、穏やかな未来を与えられる。
けれど、私は気づいていた。メルローズがどれほどシモンを恐れ、拒絶しようとしても、彼女の視線の先には常にあの黄金色の髪の少年がいたことを。
そしてシモンもまた、狂ったような放蕩の裏で、自分自身の理性を焼き切るほどの熱で彼女だけを求めていたことを。
ある時、シモンが単身で我が家を訪ねてきたことがあった。
彼は私に対し、冷徹な取引を持ちかけた。領地の利権、経済的な支配、ありとあらゆるカードを並べ、メルローズを取り戻そうとした。
『ノーマン殿。貴殿の優しさは、彼女を救うかもしれないが、彼女を満たすことはできない』
シモンは、血を吐くような形相で私に言った。
『俺は汚れている。だが、この汚れはすべて彼女への渇望から生まれたものだ。……お前に、彼女のために地獄へ堕ちる覚悟があるか? 俺にはある。彼女を奪うためなら、俺は悪魔に魂だって売る』
その時、私は悟ったのだ。
この男は、愛し方を間違えているのではない。愛が巨大すぎて、常人の枠に収まりきっていないのだと。
私が彼女に与えようとしていたのは平穏であり、シモンが彼女に刻もうとしていたのは「生」だった。
結局、私は身を引いた。アマンド伯爵家の嫡男として、家の利益という大義名分を盾にしながら、本当は「二人のあまりに重すぎる絆」に入り込む隙がないことを認めたに過ぎなかった。
結婚式の日。純白のドレスに身を包んだメルローズが、シモンの腕の中で、見たこともないほど輝く笑顔を見せた時。私の心にいた月光の騎士は、静かに盾を下ろした。
「……おめでとう、メルローズ。君を選んだのは私ではなく、君自身だ」
私は手紙を折り畳み、鍵のかかった引き出しの奥へと仕舞い込んだ。
そこには、彼女が幼い頃にくれた葡萄の押し花が入っている。それは私が一生、彼女に伝えることのない、家族愛という名で偽装された初恋の墓標だった。
窓の外を見れば、今夜も月が白い。
シモンは今頃、彼女をその腕に閉じ込め、甘い毒を注ぎ込んでいるのだろう。それでいい。彼女がその檻の中で、世界一幸せな囚人であるならば。
私は最後のブランデーを飲み干すと、明日届く予定のローデン・リンガー連合領からの最高級ワインの検品書類にペンを走らせた。
メルローズ、君が愛した葡萄の香りを、私はこれからも世界中に広めよう。それが、君に恋をした、情けない従兄のせめてもの務めなのだから。
______________
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「……幸せそうだな。文字の筆跡ひとつ取っても、充実しているのが分かる」
私は自嘲気味に笑い、グラスを煽った。
シモン・ローデン。彼を思い出すたびに、私の胸には今でも複雑な感情が渦巻く。かつての私は、彼を心底から軽蔑していた。
メルローズという、宝石のように繊細で純粋な令嬢を側に置きながら、外で放蕩を繰り返し、彼女の心に泥を塗りたくっていた男。私に言わせれば、彼はメルローズの愛を受ける資格など微塵もない、欲情に溺れた愚か者だった。
あの日、雨の中でメルローズを馬車に乗せて連れ去った時。
震える彼女を抱きしめながら、私は本気で誓ったものだ。二度とあの獣のような男には返さない。私の手元で、彼女を傷一つない、清らかなままの「アマンドの至宝」として守り抜こうと。
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その涙を拭うたびに、私の心には黒い情念が兆した。いっそ、このまま私が彼女を娶ってしまおうか。血の繋がりはあっても、法的には何の問題もない。そうすれば、彼女を永遠に守れる。彼女を泣かせない、穏やかな未来を与えられる。
けれど、私は気づいていた。メルローズがどれほどシモンを恐れ、拒絶しようとしても、彼女の視線の先には常にあの黄金色の髪の少年がいたことを。
そしてシモンもまた、狂ったような放蕩の裏で、自分自身の理性を焼き切るほどの熱で彼女だけを求めていたことを。
ある時、シモンが単身で我が家を訪ねてきたことがあった。
彼は私に対し、冷徹な取引を持ちかけた。領地の利権、経済的な支配、ありとあらゆるカードを並べ、メルローズを取り戻そうとした。
『ノーマン殿。貴殿の優しさは、彼女を救うかもしれないが、彼女を満たすことはできない』
シモンは、血を吐くような形相で私に言った。
『俺は汚れている。だが、この汚れはすべて彼女への渇望から生まれたものだ。……お前に、彼女のために地獄へ堕ちる覚悟があるか? 俺にはある。彼女を奪うためなら、俺は悪魔に魂だって売る』
その時、私は悟ったのだ。
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私が彼女に与えようとしていたのは平穏であり、シモンが彼女に刻もうとしていたのは「生」だった。
結局、私は身を引いた。アマンド伯爵家の嫡男として、家の利益という大義名分を盾にしながら、本当は「二人のあまりに重すぎる絆」に入り込む隙がないことを認めたに過ぎなかった。
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「……おめでとう、メルローズ。君を選んだのは私ではなく、君自身だ」
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そこには、彼女が幼い頃にくれた葡萄の押し花が入っている。それは私が一生、彼女に伝えることのない、家族愛という名で偽装された初恋の墓標だった。
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シモンは今頃、彼女をその腕に閉じ込め、甘い毒を注ぎ込んでいるのだろう。それでいい。彼女がその檻の中で、世界一幸せな囚人であるならば。
私は最後のブランデーを飲み干すと、明日届く予定のローデン・リンガー連合領からの最高級ワインの検品書類にペンを走らせた。
メルローズ、君が愛した葡萄の香りを、私はこれからも世界中に広めよう。それが、君に恋をした、情けない従兄のせめてもの務めなのだから。
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