【完結】泥棒猫に婚約者を譲ったら、公爵夫人の座が転がり込んできました〜契約結婚のはずが全力で溺愛されています〜

恋せよ恋

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独占の檻、剥がれ落ちる虚飾

  王宮で開催された春の園遊会。
 深紅のドレスを纏ったビオレッタは、今や社交界の注目の的だった。ステファンの隣を歩く彼女の気高さは、かつての「地味で生真面目な令嬢」の面影を払拭し、毒を含んだ大輪の薔薇のような美しさを放っている。

「……少し喉が渇いたな。ビオレッタ、君の分も飲み物を取ってこよう。ここで待っていてくれ」

 ステファンが、名残惜しげに彼女の手を離し、給仕のいるテーブルへと向かった。それが、わずか数分の出来事だった。

 一人残されたステファンの背後に、忍び寄る影があった。ロマリオに冷遇され、居場所を失いつつあるカタリナだ。彼女は起死回生を狙い、最高級の香水を振り撒いてステファンに歩み寄った。

「……ステファン様。お独りですの? 実は私、お姉様……ビオレッタ様のことで、貴方にどうしてもお伝えしたい『秘密』が……」

 カタリナはわざとらしく胸元を強調し、潤んだ瞳でステファンを見上げた。だが、ステファンは足を止めることさえしなかった。彼はゴミを見るような冷徹な視線を一瞬だけカタリナに向け、吐き捨てるように言った。

「……消えろ。汚らわしい」

「え……?」

「君のその、腐った果実のような匂いが鼻につく。……それに、その腹。……随分と、都合の良い時に膨らんだり萎んだりするようだが」

 ステファンの言葉に、カタリナの顔が土色に染まった。
 ステファンは、彼女の隣に立つジョセフに冷笑を浮かべる。

「ジョセフ・ヴィエナ。……君の連れているこの女、本当に身籠っているのか? 私の飼っている犬の方が、よほど精巧な『死んだふり』をするがね」

 ステファンが去った後、ジョセフは疑念に満ちた目でカタリナを睨みつけた。

「……カタリナ。……そういえば、君の『つわり』、私がいる時だけ妙に激しいな。……まさか、狂言か?」

「ち、違うわ! 私は本当に……!」

 カタリナの絶叫は、周囲の嘲笑の中に消えていった。

 侯爵夫人の座を奪うために彼女がついた、あまりにも安易な嘘。
 その綻びは、公爵令息の鋭い一言によって、修復不可能なほどに引き裂かれようとしていた。



 カタリナの不潔な誘惑と、ビオレッタを貶めようとする下卑た言葉。それらがステファンの心に、煮え繰り返るような不快感と、同時に強烈な「渇望」を呼び起こした。

(あんな泥棒猫に、一瞬でも彼女を汚す言葉を吐かせた自分が許せない)

 ステファンは苛立ちを隠さず、飲み物も持たずにビオレッタの元へと引き返した。
 だが、そこで彼が目にしたのは、さらなる火に油を注ぐ光景だった。

 ビオレッタの周囲に、隣国の外交官を務める若き伯爵が寄り添い、彼女の手に唇を寄せようとしていたのだ。ビオレッタは社交辞令の微笑みを浮かべてそれを受け流そうとしていたが、ステファンの理性は、カタリナへの嫌悪感も相まって限界に達した。

「私の婚約者に、気安く触れないでもらいたい」

 凍りつくような冷気と共に、ステファンがその手首を強引に引き戻した。
 彼は挨拶もそこそこに、青ざめる伯爵を無視して、ビオレッタの腰を折れんばかりの力で抱き寄せ、会場から連れ出した。

 公爵家の馬車に押し込まれた瞬間、扉が乱暴に閉められた。

「……ステファン、様……? 急にどうなされたのですか、お顔が怖いですわ」

 ビオレッタが問いかける間もなく、視界が反転した。
 座席に押し倒され、ステファンの熱い体が覆いかぶさる。暗い車内、彼の紫水晶の瞳が、怒りと執着で煮え立っていた。

「……契約違反だ、ビオレッタ」

「えっ……? 私は、ただ挨拶を……」

「私以外の男に、あんな風に笑いかけるな。……あのような下劣な女や男に、君が隙を見せることさえ耐え難い。……君が誰のものか、その鈍い頭に刻み込む必要があるようだな」

 有無を言わさぬ、激しい口づけ。
 それは慈しむようなものではなく、自分の領土を主張するような、荒々しく、独占欲に満ちたものだった。

 ステファンは、乱れた彼女の髪を指に絡め、首筋に深く歯を立てた。
 それは契約上の「芝居」などでは決してない、本物の男の嫉妬だった。
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