【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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父からの叱責

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 夜会からヴェルデン公爵家へ戻るとすぐ、父リチャードに呼び出された。

 ──トントン。

「アナスタシアです。失礼いたします」

 部屋へ入ると、父は執務机で書類にサインをしており、わたしには視線すら向けない。紙の擦れる乾いた音だけが、冷たい部屋に響いていた。

 父がペン先を走らせたまま、唐突に口を開いた。

「……エドワード殿下が、男爵令嬢と懇意にしているそうだな」

 言葉が胸に刺さる。わたしには、肯定も否定もできなかった。

「しかも、一年前に引き取られた庶子だというではないか……はあ」

 低く落ちるため息が、わたしの価値そのものを否定したように響く。身体がきゅっと固まり、心臓が痛いほど脈打った。

「お前はヴェルデン公爵家に恥をかかせたいのか。しっかりしろ!もっと努力して、王太子殿下を捕まえろ!……以上だ。下がれ」

 父の言葉は、石を投げつけるように一方的で、わたしの返事を必要としてはいなかった。

 部屋を辞し、俯きながら廊下を歩くうち、視界が滲んだ。足取りはおぼつかず、自室に辿り着くと、糸が切れたようにその場に膝をついた。

 こらえていた涙が一気に頬を伝い、嗚咽が漏れる。自分を抱きしめるように身体を丸めると、呼吸すら苦しくなる。

 ──アナスタシア様……?

 ドアの向こうで、侍女アンヌの不安げな声がした。

 入室した彼女は、うずくまるわたしを見て目を見開き、すぐに駆け寄って背をさすってくれた。

 あたたかい。
 この家で、自分に向けられる優しさが、どれほど久しいものだったか……思い出せない。

◇◇◇

 ヴェルデン公爵家は、父リチャード公爵、後妻マリアンヌ公爵夫人、兄サミュエル、妹メリンダ、そしてわたしの五人家族。

 けれど、わたしにはずっと「二人」しか家族はいない。兄サミュエルと、侍女のアンヌ。

 母アントワネットが亡くなったのは、わたしが十一歳のときだった。流行病で、あまりにもあっけなく。

 そのわずか一年後には、父はマリアンヌ男爵令嬢を後妻に迎えた。だが彼女にはすでに九歳の娘、メリンダがいた。母が生きていた頃から、二人は……そういう関係だったのだろう。

 当時のわたしは、どうしようもなく傷ついた。自分だけが、置き去りにされたようで。

 その日から、ヴェルデン公爵家はわたしの家であっても、「居場所」ではなくなった。虐げられたわけではない。ただ、誰の視線もわたしには向かない。まるで、そこに存在していないかのように。

 産みの母アントワネットは、ローゼンタール王国第二王女。大国の王の妹であり、政治の盤上に置かれた駒として、小国ローザリア王国の名門・ヴェルデン公爵家へと嫁いだ。

 その婚姻は、ローザリア王国にとっては他国への牽制であり、ヴェルデン家にとっては名声を手に入れる手段だった。わたしは、その結果として生まれた。

 だから、アナスタシアには、ローゼンタール王国の第八位王位継承権がある。
その血筋は確かに“価値”として扱われた。

 ローザリア王家は、その血を取り込むため、十二歳のわたしにエドワード殿下との婚約を望んだ。
 家族という言葉に縁の薄いわたしは、それを“救い”だと思った。冷たい家に、ようやく灯りが差すような気がした。

 殿下への想いは強いものではなかった。むしろ、淡く静かな恋だった。けれど確かに芽生えた想い。

 ──なのに、どうしてこんなにも、世界は色を失ってゆくのだろう。

 灰色の景色の中で、わたしは静かに息をする。泣いたことを悟られないよう、ただの影になって。


 つづく

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