4 / 93
父からの叱責
しおりを挟む夜会からヴェルデン公爵家へ戻るとすぐ、父リチャードに呼び出された。
──トントン。
「アナスタシアです。失礼いたします」
部屋へ入ると、父は執務机で書類にサインをしており、わたしには視線すら向けない。紙の擦れる乾いた音だけが、冷たい部屋に響いていた。
父がペン先を走らせたまま、唐突に口を開いた。
「……エドワード殿下が、男爵令嬢と懇意にしているそうだな」
言葉が胸に刺さる。わたしには、肯定も否定もできなかった。
「しかも、一年前に引き取られた庶子だというではないか……はあ」
低く落ちるため息が、わたしの価値そのものを否定したように響く。身体がきゅっと固まり、心臓が痛いほど脈打った。
「お前はヴェルデン公爵家に恥をかかせたいのか。しっかりしろ!もっと努力して、王太子殿下を捕まえろ!……以上だ。下がれ」
父の言葉は、石を投げつけるように一方的で、わたしの返事を必要としてはいなかった。
部屋を辞し、俯きながら廊下を歩くうち、視界が滲んだ。足取りはおぼつかず、自室に辿り着くと、糸が切れたようにその場に膝をついた。
こらえていた涙が一気に頬を伝い、嗚咽が漏れる。自分を抱きしめるように身体を丸めると、呼吸すら苦しくなる。
──アナスタシア様……?
ドアの向こうで、侍女アンヌの不安げな声がした。
入室した彼女は、うずくまるわたしを見て目を見開き、すぐに駆け寄って背をさすってくれた。
あたたかい。
この家で、自分に向けられる優しさが、どれほど久しいものだったか……思い出せない。
◇◇◇
ヴェルデン公爵家は、父リチャード公爵、後妻マリアンヌ公爵夫人、兄サミュエル、妹メリンダ、そしてわたしの五人家族。
けれど、わたしにはずっと「二人」しか家族はいない。兄サミュエルと、侍女のアンヌ。
母アントワネットが亡くなったのは、わたしが十一歳のときだった。流行病で、あまりにもあっけなく。
そのわずか一年後には、父はマリアンヌ男爵令嬢を後妻に迎えた。だが彼女にはすでに九歳の娘、メリンダがいた。母が生きていた頃から、二人は……そういう関係だったのだろう。
当時のわたしは、どうしようもなく傷ついた。自分だけが、置き去りにされたようで。
その日から、ヴェルデン公爵家はわたしの家であっても、「居場所」ではなくなった。虐げられたわけではない。ただ、誰の視線もわたしには向かない。まるで、そこに存在していないかのように。
産みの母アントワネットは、ローゼンタール王国第二王女。大国の王の妹であり、政治の盤上に置かれた駒として、小国ローザリア王国の名門・ヴェルデン公爵家へと嫁いだ。
その婚姻は、ローザリア王国にとっては他国への牽制であり、ヴェルデン家にとっては名声を手に入れる手段だった。わたしは、その結果として生まれた。
だから、アナスタシアには、ローゼンタール王国の第八位王位継承権がある。
その血筋は確かに“価値”として扱われた。
ローザリア王家は、その血を取り込むため、十二歳のわたしにエドワード殿下との婚約を望んだ。
家族という言葉に縁の薄いわたしは、それを“救い”だと思った。冷たい家に、ようやく灯りが差すような気がした。
殿下への想いは強いものではなかった。むしろ、淡く静かな恋だった。けれど確かに芽生えた想い。
──なのに、どうしてこんなにも、世界は色を失ってゆくのだろう。
灰色の景色の中で、わたしは静かに息をする。泣いたことを悟られないよう、ただの影になって。
つづく
______________
✨「いいね❤️」で応援していただけると嬉しいです💫
1,221
あなたにおすすめの小説
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
【完結】私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
17話完結予定です。
完結まで書き終わっております。
よろしくお願いいたします。
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
手放してみたら、けっこう平気でした。
朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。
そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。
だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』
ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。
だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。
「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」
王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、
干渉しない・依存しない・無理をしない
ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。
一方、王となったアルベルトもまた、
彼女に頼らないことを選び、
「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。
復縁もしない。
恋にすがらない。
それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。
これは、
交わらないことを選んだ二人が、
それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。
派手なざまぁも、甘い溺愛もない。
けれど、静かに積み重なる判断と選択が、
やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。
婚約破棄から始まる、
大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる