【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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王妃からの苦言

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 夜会の翌日。
 王太子妃教育のために登城したわたしは、女官から「王妃殿下がお呼びです」と告げられた。

 ……舞踏会での“あの出来事”について、叱責されるのだろう。
 わたしの足取りは重く、靴の音が絨毯に吸い込まれていく 

 ──トントン。

 扉を叩く指先が震えていた。
 胃がきゅっと縮み、逃げ出したい衝動が喉元までこみ上げる。

「アナスタシア、いらっしゃい。少し確認したいことがあるのよ」

 マグノリア王妃殿下の冷たい眼差しに射抜かれ、途端に息苦しくなる。

「昨夜のあなたは、王太子妃として最悪だったわ。しっかりなさい。あなたの態度は、エドワードの評価に直結するの。今のままでは合格点はあげられないわ。もっと努力をしなさい。……以上よ。下がって」

 努力。また、その言葉......。

 わたしは一礼し、静かに退室した。

 ──努力?
 エスコートがなかったことも?
 ドレスが届かないことも?
 昨夜、侮辱されたのも、全部わたしの努力不足?

 心の奥底に押し込めていたものが、ぐしゃりと潰れていく音がした。

 頭は真っ白で、思考は止まっているのに、顔には微笑みを貼りつけたまま、王宮の廊下を歩く。
 完璧な王太子妃の仮面が、わたしを”感情のない人形“として動かす。

◇◇◇

 王太子妃教育の部屋へ向かう途中、殿下の執務室の前を通った。

 近衛騎士と目が合い、いつものように挨拶をする──その時。
 騎士の挙動に微妙な違和感を覚えて、足を止めた。

「どうかされましたか……?」

 問いかけた瞬間、扉の向こうから、耳を疑うほど甘い声が漏れてきた。

「エド……好き……あぁ、エドぉ……」

 女の、鼻にかかった声。

 そして、それを追うように殿下の掠れた声が重なる。

「シャル……好きだよ……シャル……」

 世界が、ぐにゃりと歪んだ。

 近衛騎士の顔は青ざめ、わたしを見ようともしない。
 ──きっと、よくあることなのだ。

 わたしは口を押さえ、込み上げる吐き気と眩暈に耐えた。女官に腕を支えられ、その場を離れるのが精一杯だった。

(──ああ。もう、だめね。これは……終わりだわ)

 王子妃教育は「体調不良」で中止され、わたしはそのまま公爵家へ戻った。
 部屋に籠り、ひたすら涙が流れるままに任せた。

 追いかけるように、王妃殿下から届いた手紙には、たった数行で、わたしの心を切り裂く言葉が綴られていた。

――フレイ男爵令嬢は、所詮、愛妾止まり。エドワードを責めるのではなく、自身の魅力を高めるよう努力なさい。

 手紙を閉じた瞬間、指先が震えた。深く息を吸おうとしても、胸の奥が固く締め付けられ、上手く呼吸ができない。

 ……そう。この世界では、わたしが努力しないから悪いのだという。

 エドワード殿下が公然とシャルロット嬢に触れても。
 舞踏会でわたしを放置しても。
 王宮の執務室で抱き合っていても。

 それでもなお、責められるのはわたしだけ。

 “愛妾止まり”と断じられた少女よりも、正妃となるはずのわたしが、劣っていると言われる。

 ……ああ。
 本当に、この世界は真っ黒だ

◇◇◇

 学院では、エドワード殿下の側近たちの婚約者三名から、矛先の違う怒りがわたしに向けられた。

 セリーヌ・モンブラン伯爵令嬢。
 フェルナンド公爵令息の婚約者。

「アナスタシア様が、殿下にはっきりした態度をお示しくださらないから、わたしたちまで迷惑しておりますのよ!」

 エレーヌ・バルサザール侯爵令嬢。
 ステファン侯爵令息の婚約者。

「そうですわ!あんな男爵令嬢ごときに負けるだなんて、恥ずかしくて見ていられませんわ!」

 カロリーヌ・ベルモン子爵令嬢。
 チャールズ伯爵令息の婚約者。

「アナスタシア様を見ておりますと……殿下がシャルロット様をご寵愛なさるお気持ち、わかってしまいますわ」

 ――なぜ。

 なぜ、殿下を責めないのか。
 なぜ、シャルロットを責めないのか。
 なぜ、誰も、わたしを一度たりとも気遣わないのか。

 胸の奥が、悲鳴を上げる。
 叫びたいほどに痛い。

 それでも、口にした言葉は、”完璧な王太子妃“の仮面が勝手に語る。

「ご迷惑をおかけしているのなら……わたしなりに、努力いたしますわ」

 灰色で霞んでいたわたしの世界が、その瞬間、ゆっくりと──黒く染まり始めた。


つづく

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