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婚約者の裏切り
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「やあ、アナスタシア。久しぶりだね。最近は何かと忙しくてね。生徒会の業務も、任せきりで悪かったね。」
エドワードは涼やかな笑みを浮かべる。けれどその笑みは薄く、ただ“王太子の仮面”を貼り付けただけ。
背後の近衛騎士は、気まずそうに視線を逸らしている。
アナスタシアもまた、微笑みという仮面を装着する。
「とんでもございませんわ。王太子殿下のお役に立てて、光栄に存じます。」
礼儀だけが交わる空虚な会話。
だが次に放たれた言葉は——刃のように鋭かった。
「ああ、それでね。シャルロットに子ができてしまってね。彼女は愛妾にするはずだったが、子ができた以上そうもいかない。両陛下と相談して、側妃にするつもりだ。
……でも安心してくれ。後継はあくまで君の産む子だ。だから心配しなくていい。一度、シャルともゆっくり話をする機会を設けよう。」
その笑顔で、どうしてそんな言葉を発せるのか。薄気味悪くて、不快で、胸の奥がざらりと波立つ。
――受け入れることなど、到底できなかった。
エドワードは、淡く笑いながら告げたのだ。
「僕は、恋がしてみたい。この身を焦がすような、熱く燃える恋をね」
恋とは、「子を成す」ことと同義だったのか。
恋とは、もっと美しく、清らかで、眩しいものではなかったのか。
それなら……政略結婚とは、いったい何だというのだろう。
けれど、仮面のアナスタシアは微笑みを落とさない。
「……はい。我が父にも報告いたします。失礼いたしますわ」
声だけは、いつも通り整っていた。
沈んでいくのは、歩みだけ。
まるで色の抜け落ちた世界を、一歩ずつ踏みしめるように。
◇◇◇
「なんだと! 王家は我がヴェルデン公爵家を侮辱しておるのか!」
父の怒声が、空気をひび割らせた。
——パシッ!
——ダンッ!
頬に走る衝撃。
壁に叩きつけられ、視界が揺れ、床へ落ちる。
「お前がしっかりしないからだ! たかが薄汚い男爵令嬢ごときに後れを取るとは! 忌々しい……下がれ! 謹慎だ!」
侍女に支えられ、自室へ向かう途中。
義母と義妹とすれ違った。
二人は、まるで“そこに誰もいない”かのように、無言で通り過ぎた。
夜。部屋で夕食を摂っていると、兄サミュエルが顔を覗かせた。
「……大丈夫かい? 娘に手を上げるなんて、よほど怒っていたんだろう。痛かっただろ……。」
兄の指先が、腫れた頬にそっと触れる。その優しさだけが、今の世界で唯一の温度だった。
数日、腫れが引くまで自室に閉じこめられ、アナスタシアは考え続けた。
——わたしは、この真っ黒な世界で、このまま生きていくのか?
“努力”という名の鎖で縛られ、
“努力不足”という烙印を押され、
努力の果実を、当然のように搾取される日々。
答えは——否。
わたしの努力を踏みにじる者たち。
わたしの人生を都合よく消費する者たち。絶対に許さない!
奪われ続けた人生を、取り戻すために。わたしは、わたし自身を使って、この世界に復讐する。
漆黒に染まった世界を——
わたしの色で塗り替えるために。
つづく
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エドワードは涼やかな笑みを浮かべる。けれどその笑みは薄く、ただ“王太子の仮面”を貼り付けただけ。
背後の近衛騎士は、気まずそうに視線を逸らしている。
アナスタシアもまた、微笑みという仮面を装着する。
「とんでもございませんわ。王太子殿下のお役に立てて、光栄に存じます。」
礼儀だけが交わる空虚な会話。
だが次に放たれた言葉は——刃のように鋭かった。
「ああ、それでね。シャルロットに子ができてしまってね。彼女は愛妾にするはずだったが、子ができた以上そうもいかない。両陛下と相談して、側妃にするつもりだ。
……でも安心してくれ。後継はあくまで君の産む子だ。だから心配しなくていい。一度、シャルともゆっくり話をする機会を設けよう。」
その笑顔で、どうしてそんな言葉を発せるのか。薄気味悪くて、不快で、胸の奥がざらりと波立つ。
――受け入れることなど、到底できなかった。
エドワードは、淡く笑いながら告げたのだ。
「僕は、恋がしてみたい。この身を焦がすような、熱く燃える恋をね」
恋とは、「子を成す」ことと同義だったのか。
恋とは、もっと美しく、清らかで、眩しいものではなかったのか。
それなら……政略結婚とは、いったい何だというのだろう。
けれど、仮面のアナスタシアは微笑みを落とさない。
「……はい。我が父にも報告いたします。失礼いたしますわ」
声だけは、いつも通り整っていた。
沈んでいくのは、歩みだけ。
まるで色の抜け落ちた世界を、一歩ずつ踏みしめるように。
◇◇◇
「なんだと! 王家は我がヴェルデン公爵家を侮辱しておるのか!」
父の怒声が、空気をひび割らせた。
——パシッ!
——ダンッ!
頬に走る衝撃。
壁に叩きつけられ、視界が揺れ、床へ落ちる。
「お前がしっかりしないからだ! たかが薄汚い男爵令嬢ごときに後れを取るとは! 忌々しい……下がれ! 謹慎だ!」
侍女に支えられ、自室へ向かう途中。
義母と義妹とすれ違った。
二人は、まるで“そこに誰もいない”かのように、無言で通り過ぎた。
夜。部屋で夕食を摂っていると、兄サミュエルが顔を覗かせた。
「……大丈夫かい? 娘に手を上げるなんて、よほど怒っていたんだろう。痛かっただろ……。」
兄の指先が、腫れた頬にそっと触れる。その優しさだけが、今の世界で唯一の温度だった。
数日、腫れが引くまで自室に閉じこめられ、アナスタシアは考え続けた。
——わたしは、この真っ黒な世界で、このまま生きていくのか?
“努力”という名の鎖で縛られ、
“努力不足”という烙印を押され、
努力の果実を、当然のように搾取される日々。
答えは——否。
わたしの努力を踏みにじる者たち。
わたしの人生を都合よく消費する者たち。絶対に許さない!
奪われ続けた人生を、取り戻すために。わたしは、わたし自身を使って、この世界に復讐する。
漆黒に染まった世界を——
わたしの色で塗り替えるために。
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