【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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うごめく気配

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「アナスタシア様、具合はもうよくなられました?」
 真っ直ぐな優しさを向けて、友人たちが心配げに問いかける。

 初めてと言ってもいい、打算のない“友人”からの心遣いに、思わず不器用な笑みが浮かぶ。
 王太子妃教育で身に付けた“微笑みの仮面”は、今は必要ない――。
ここにいるのは、大切な友人たちなのだから。

「ありがとう、ビアンカ。それにテリー。心配してくれたのね。」
 珍しく十七歳の少女らしい柔らかな笑顔を向けられ、二人は一瞬、目を見張った。

「学園のみんなも、本当に心配していたんですよ!」
「そうです! アナスタシア様は、学園の人気者なんですから!」

 まっすぐで、媚びもへつらいもない言葉が胸に沁みる。

「二人は、学業と生徒会の仕事、無理をしていない? もし頑張りすぎているのなら、それはわたしの本意ではないわ。」

「いつも気遣ってくださって……ありがとうございます。でも大丈夫です! 生徒会はやりがいがありますし、勉強も絶対にSクラスを維持します!」
 元気いっぱいのテリーに、アナスタシアの口元がふっと緩む。

「ふふ……それなら良かったわ。無理は禁物よ。」

 久しぶりに戻った学園は、忘れていたような穏やかな時間をアナスタシアに与えてくれた。





「アナスタシア嬢、大変だったようじゃのう。体調は大丈夫かね?」
 学長室に呼ばれ、アナスタシアはローワン学長と面談していた。

「はい、お陰様で……。ダグラス・ルヴァン侯爵は、お気の毒でしたが……。あの方は、ご自身の罪を自ら償われたのだと思います。」
 アナスタシアの沈痛な声音に、ローワン学長も深く頷く。

「ダグラスは、学園顧問としても優秀な人物じゃった。ワシの自慢の教え子のひとりじゃよ......。
 マグノリア前王妃をあれほどまでに思っておったのか……。気の毒なことだ。冥福を祈ろう。」
 彼はそう言って静かに目を閉じ、黙禱した。

「……はい。最後は、とても穏やかなお顔をされていました。きっと……ようやく苦しみから解放されたのだと思います」

 アナスタシアもそっと目を閉じた。
 胸の奥から悲しみが込み上げ、言葉がかすかに震える。
 自分が思っていた以上に、心はダグラスに寄り添っていたのだと悟る。

 しばしの静寂の後、ローワン学長は厳しい面差しに戻った。

「今回の学長交代で、ノーマン前学長の派閥が不穏な動きをしておるという情報がある。
 先日、アナスタシア嬢を襲撃し拉致した犯人として、ノーマン・ロイド侯爵とチャールズ・ベイド伯爵令息は逮捕されたが……くれぐれも注意して欲しい。

 学園に滞在している間は警備をつけるが、どうしても目の届かぬ範囲もある。
 心配であれば、ヴェルデン公爵家の護衛を同伴してもらって構わん。王家からも、身辺警護には十分に配慮するよう通達が出ておる。」

 ローワン学長の声音には、純粋にアナスタシアを気遣う温かさがあった。

「ありがとうございます。ご助言に従い、今後は護衛を伴うことにいたします。」

 アナスタシアは面談を終え、帰宅の途についた。
 だが、その馬車の後ろを――怪しげな馬車が尾行していることには、まだ気づいていなかった。

◇◇◇
 
 帰宅したアナスタシアを待っていたのは、思いも寄らぬ人物であった。

 対抗派閥に属する、グローリー公爵家の令嬢コーデリア。アナスタシアより二つ年下ながら、公爵令嬢としての品格と高潔さを備えた少女である。

「突然の訪問、無礼をお詫び申し上げます。」
 対面すると同時に、コーデリアは完璧なカーテシーで深々と頭を下げた。

「……本当に、突然ですわね。はじめまして、コーデリア様。公爵令嬢たるあなたにしては礼を欠く訪問ですこと。――よほどの急用ですのね。」
 アナスタシアは微笑を浮かべつつも、容赦なく本題を促した。

「はい。失礼を承知で参りました。
 挨拶も十分にできぬままですが……アナスタシア様。あなたの御身を狙う者がおります。どうか、くれぐれもお気をつけくださいませ。」

 凛とした口調とは裏腹に、コーデリアの顔は強張っていた。
 十五歳の少女には、この訪問がどれほどの覚悟を要するものだったか――その緊張が滲んでいる。

「その不埒者について、何か具体的な情報をお持ちかしら?」
 アナスタシアは真っ直ぐに問いかける。

「残念ながら、誰がとは申し上げられません。ただ……おそらく“王太子妃候補”に関する争いが原因だと存じます。」
 コーデリアは確信めいた声音で答えた。

「……王太子妃候補、ですの? シリル殿下の?」

「はい。エドワード殿下が廃太子となり、第二王子シリル殿下が次代の王となられる。突然、派閥の均衡が崩れたのです。
 その状況で、アナスタシア様が王太子妃候補筆頭となられれば、せっかくの機会を失う家門が出る。
 彼らは、アナスタシア様に候補辞退を迫りたいのでしょう。多少、手荒な手段を用いてでも……。
 ですから、本当にお気をつけくださいませ。」

 アナスタシアは一つ、気になる点を確認した。

「コーデリア様は……シリル殿下をお慕いしているのかしら?」
 
 意外な問いだったのだろう。
 コーデリアは大きく目を見開き、頬を赤らめた。慌てて首を振って否定するものの――十五歳の少女の胸に芽生えた好意は、隠しきれていなかった。

 王太子妃としての資質は欠けているのだろう。それでも、人としては……不思議と、悪い気はしなかった。
 アナスタシアには許されなかった、素直な感情の表現。だからこそ、眩しく映ったのかもしれない。

「い、いえ! わたくしは候補者の一人に過ぎません! お慕いするなど、おこがましいことで……!」
 十五歳の必死の否定は、アナスタシアにはどこか微笑ましく映った。

「わかりましたわ。――そういうことにしておきます。
 本日は、ご心配いただきありがとうございました。」

 アナスタシアの言葉が締めの合図となり、コーデリアは丁重に辞去した。

 帰宅後、ローワン学園長とコーデリア・グローリー公爵令嬢から得た情報を、兄サミュエルと滞在中のカトリーヌ公爵夫人へ報告する。

 アナスタシアの身辺を護るべく、ローゼンタール王国の“影”が静かに動き始めていた。

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