【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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王太子妃選定の場

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 ここは婚約者を選ぶための場であるはずなのに――

 謁見の間には、フィリップ陛下とセザンヌ王妃、シリル王太子に加え、重臣や高官までもが勢ぞろいしていた。その厳しい空気は、まるで国家の命運を論じる閣議さながらである。

 ローレンス宰相が王太子妃候補の四名を伴って謁見の間に入ると、重々しい視線が一斉にこちらへ注がれた。
 圧力のある空気に、他の三名の令嬢は思わず肩を強張らせている。その横で、アナスタシアは静かに息を吸い、周囲の様子を観察した。

(……なに? この空気。王太子妃選定など、もっと密やかに行われるはずでしょう。なのに、どうして学園長や淑女教育担当教師、それに閣僚まで揃っているの……?)

「ご令嬢方をお連れいたしました。どうぞ、ご着席ください。」

 促され、アナスタシアたち四名はシリル王太子の正面に並んで座らされた。視線を上げれば、ぐるりと取り囲むように重臣や高官たちが席に着いている。その様子は、婚約者を選ぶ場というより――まるで国の方針を決める閣議だ。

(やはり、おかしい……。王太子妃選びが、ここまで大げさになる理由があるの?)

 広間がざわつくなか、宰相のよく通る声が場を切り裂くように響いた。

「それではこれより、シリル王太子殿下の――王太子妃選定の儀を執り行います!」

 その瞬間、アナスタシアの背筋に、冷たいものが一筋走った。

 宰相の声が静まったあと、広間には張り詰めた沈黙が落ちた。
 アナスタシアは、胸の奥に渦巻く緊張を押し込みながら、そっと顔を上げる。

 視界に入ったのは――シリル王太子のまっすぐな眼差しだった。

 その目は、ただ候補者を見定めるというものではない。もっと深く、確かめるような意思が宿っている。アナスタシアの心臓が、ひどく強く打った。

(……また、この目。以前お会いしたときと同じ。わたしを恋願うような、そんなふうに見つめないで……)

 シリルはわずかに表情を和らげた。そのわずかな変化すら、この張り詰めた空気の中では目立ちすぎるほどだ。アナスタシアは思わず視線を外し、背筋を伸ばした。

(なぜ、こんな場所で……。こんな状況で、あんな目を……)

 その瞬間、隣席からコーデリアが横目でアナスタシアをチラリと観察する気配がした。彼女は眉をほんのわずかに寄せ、シリルとアナスタシアの視線の交差に気づいた様子だった。

( シリル王太子を慕うコーデリア様が傷ついていなければいいけれど……。)

 さらに反対側では、ジュリエットが所在なげに指先を握りしめ、下を向いている。緊張に押しつぶされそうな様子で、周囲の空気に圧倒されていた。

( ジュリエット様は、お家からの重圧に押しつぶされそうで、見ているだけで胸が苦しくなるわ。)

 一方、ロクサーヌは違った。新興貴族の自負か、あるいは若さゆえの大胆さか、真っすぐ前を見据え、シリルを観察するように目を細めている。彼女の視線はまるで、『王太子殿下は、私を選ぶ』と信じているようだった。

( それぞれが、それぞれの思惑を抱えている……。誰もがこの場の重さを分かっているのね )
 アナスタシアの胸の奥で、ひそやかな緊張がさらに膨らんだ。

 再びそっとシリルへ目を向けると、彼もまた、アナスタシアを見ていた。今度は目を逸らすことができなかった。

(――どうして。どうして、そんなふうに見つめるの……?あなたのその眼差しが、なにを意味するのか。わたしは……まだ受け止める覚悟ができていないのに......。)

 謁見の間は静寂に包まれているのに、アナスタシアの鼓動だけが、ひどく大きく響いていた。



 第一王子エドワードが廃嫡され、王位継承順が大きく変わった――その直後に行われる王太子妃選定は、シリル王太子政権の将来を左右する重大案件となり、各派閥が固唾を飲んで見守っている。

 王太子妃の選定は、もはや「シリル王太子個人の結婚問題」ではない。
 どの公爵家と王家が同盟を結ぶことになるのか、どの派閥が優勢となるのか、次代政権の方向性はどうなるのか。
 宰相ポストや官僚人事の流れ、兵力・資金の分配――そのすべてが、この決断ひとつで変わり得る。

 だからこそ、通常であれば内々に行われるはずの王太子妃選定が、今回は“国家会議のような厳粛な儀式”へと格上げされていた。

(……なるほど。陛下と宰相は、この場を使って、各閣僚や高官たちの“本音”を探ろうとしているのね。)

 誰がどの令嬢を推すのか。
 どの家に恩義があり、どの派閥に忖度しているのか。
 一目でわかる、またとない機会だ。
 つまり、この謁見の間そのものが“情報戦の舞台”だった。

 王妃セザンヌの生家であるダグラス公爵家は、筆頭公爵家ヴェルデン家と長年にわたる確執を抱えている。
 第二王子であったシリルが王太子に立ったことで、母方であるダグラス家は勢力を増した。

 だが――候補の中には、よりによって アナスタシア・ヴェルデン公爵令嬢 がいる。

 王太子妃選びは、すなわち“貴族勢力図の再構築”。重臣たちの眼の色が変わるのは当然のことだった。

(シリル殿下の立太子直後で、王宮はまだ揺れている……。それにしても、このお歴々の視線……怖すぎますわ)

 しかも、シリル王太子自身がアナスタシアを強く望んでいる、という噂は王宮中に知れ渡っている。

 だからこそ、
 ――どの家がアナスタシアとの婚姻に反対するのか。
 ――王太子の“本気度”はどの程度か。
 ――その対立が、この場で露わにならないか。

 すべてが、この謁見の間に重苦しい緊張を積み上げていた。

(あぁ……早く帰りたいですわ……)

 アナスタシアだけでなく、婚約者候補の令嬢四名は、内心そろって同じ願いを抱いていた。


__________________

アナスタシアの無双劇、ここからが本番です!

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