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微笑む刃 ― 王太子妃選定の儀
しおりを挟む王太子妃選定では、令嬢の成績や人間性が、無機質な抑揚で読み上げられていく。
そのたびに重臣たちは「ふむ」「なるほど」とうなり合い、ああでもない、こうでもないと意見を交わし、まるで家畜の品評会のような様相を呈していた。
宰相の声が響き、広間の視線が一斉に彼へ向く。
「これより、王太子妃候補者の情報を精査いたします。主席審査官ケビン・コーベリ伯爵より、報告を読み上げます」
(……これが、王太子妃の“選定”?令嬢の人格まで、こうもあっさり“評価項目”にされるものなの?)
「はい、それでは四名のご令嬢方の精査結果を報告いたします」
グローリー公爵令嬢コーデリア、十五歳。
王立学園一年Sクラス在籍。容姿は美麗、淑女教育評価B、人格評価A、公爵家長女。特に問題はありません。
アデル侯爵令嬢ジュリエット、十六歳。
王立学園二年Sクラス在籍。容姿は美麗、淑女教育評価B、人格評価B、侯爵家長女。庶子でしたが、八歳で侯爵家の養女となりました。特に問題はありません。
ベイドン伯爵令嬢ロクサーヌ、十四歳。
来年王立学園入学予定で、入学試験結果はSクラス。容姿は美麗、淑女教育評価S、人格評価A。叙爵したばかりの家であり、将来性あり――と付け加えられる。
そして、最後に。
「ヴェルデン公爵令嬢アナスタシア、十七歳。
王立学園三年Sクラス在籍。容姿は美麗、淑女教育評価A、人格評価S。ローゼンタール王国王位継承権第八位の、極めて高貴なる血筋にあらせられます」
(……“人格評価”? “庶子”?そんなことまで、公衆の面前で読み上げる必要があるのかしら)
アナスタシアは、胸の奥でふつふつと怒気が湧き上がるのを抑えきれなかった。
令嬢たちは、皆、家の期待を背負ってここに立っている。その心情を慮る気配すらなく、数字と肩書だけで比較するなど、無礼にもほどがある。
(そもそも……評価を読み上げている“主席審査官”というあなたは、どれほど立派な方なのかしら?)
視線の先には、淡々と書状を読み上げる主席審査官――ケビン・コーベリ伯爵。
「陛下、失礼を承知でよろしいでしょうか?」
アナスタシアが手を挙げた瞬間、謁見の間の視線が一斉に彼女へと突き刺さる。
その静寂の中を――水面に石を落としたように、さざなみが走った。
「審議の最中に口を挟むとは……無礼だろう」
「小娘が、少しばかり持ち上げられたからと調子に乗っているのではないか?」
「まるで自分がすでに王太子妃になったつもりか……生意気な」
重臣や官僚たちが低く囁き合う声が、ざわざわと広がり、その視線には、警戒と、嘲りと、牽制の色が混ざっていた。
しかし、アナスタシアは囁き程度の非難など気にも留めなかった。むしろ――ふっと、場の緊張さえ支配するような、静かな微笑を浮かべる。完璧に淑女らしい優雅さを保ちながら、しかしその瞳には一切の怯みがない。
「ご心配には及びませんわ。わたくしは、場を乱したいわけではございません。ただ――“王太子妃候補”として扱われる以前に、ひとりの人間としての礼を求めているだけ”でございます。」
微笑、だが芯は鋭い。
「わたくしたち令嬢の人格や評価を、これほど大勢の前で読み上げられ、比較されるというのなら……」
視線がゆっくりと主席審査官へ向く。
「同等の扱いを、この場の紳士方にも適用していただきたいのです。公平性の観点から――当然の要求でございましょう?」
重臣の一人が、反射的に背筋を伸ばす。
アナスタシアは続ける。声は柔らかく、刃は隠さず。
「わたくしたちが“晒される”のであれば、どうぞ皆さまも――同じ台にお上がりくださいませ。」
その一言に、ざわり、と空気が揺れた。挑発ではない。だが、退く気もまったくない。十七歳の令嬢とは思えぬ胆力に、重臣たちは言葉を失い、一瞬、息を飲んだ。
そして、アナスタシアはさらに微笑みを深める。
「それとも……評価されるに値しない方々が、この場に混じっておられるのでしょうか?」
謁見の間に、完全な静寂が落ちた。
「わたくしども“王太子妃候補”四名に関する個人情報を、これほど大勢の重臣と官僚のお歴々の前で読み上げられる無礼を、容認せねばならないのでしょうか?」
十七歳の公爵令嬢のまっすぐな視線に、謁見の間のお歴々の目がわずかに泳ぐ。
「……どうも、おわかりいただけないようですので、わたくしから“同様に”お示ししますわね」
にっこり、と微笑む。だが、その目は決して笑っていない。
「先ほどから報告書を読み上げていらっしゃる、王宮主席審査官。
ケビン・コーベリ伯爵、四十五歳。王立学園Aクラス卒業。容姿は“普通”。紳士教育評価C。
コーベリ伯爵家当主。最近、小豆の先物取引で盛大に不渡りを出し、金策に走り回っておられる。人格評価――被虐趣味の小心者」
ざわ、と空気が揺れた。
「大勢の前で“評価”されるお気持ち――私たちと同じように“丸裸”にされる気分はいかがかしら、コーベリ伯爵?ごめんなさいね、あなたに代表を務めていただきましたけれど……」
コーベリ伯爵は、顔色を蒼くし、顔を俯け、羞恥に身を震わせる。
そしてアナスタシアは、視線をゆっくりと謁見の間全体へ広げていく。
候補者たち――さらには重臣の列までをも、見渡すように。
唇が、柔らかく弧を描く。
「――お気持ちは、いかが?他の皆さまも……同じように、品評いたしましょうか?」
空気が凍りついた。
令嬢たちの肩がビクリと揺れ、審査官の一人は手に持った羽ペンを落としそうになる。
ジュリエットは瞳を輝かせ、小声で囁いた。「アナスタシア様……最高……!」
隣でコーデリアも頬を紅潮させて頷く。「アナスタシアお姉様、かっこいい……!」
シリル王太子の眉がわずかに動いた。驚き――そしてどこか楽しげな色すら浮かぶ。
一方で王妃セザンヌは、横目で二人の反応を捉え、アナスタシアとシリルの表情を静かに比較する。
(……これが“本質”。なんて気骨のある娘。――シリルも、目が離せないようね。)
謁見の間に集う重臣たちは、この若い令嬢が放つ気迫に思わず姿勢を正した。
アナスタシアは、誰の反応も恐れない完璧な微笑のまま、静かに言い切る。
「私たち令嬢だけが晒される理由は、どこにもございませんでしょう?」
その一言は、“王太子妃候補”ではなく、“政治の場に立つ者”としての宣言のようでもあった。
__________________
アナスタシアの無双、まだ続くよ~!
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