【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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狙う側の誤算

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 落下事故から三日後。
 王都外れの、安宿の一室で――男は震えていた。

 名は、トーマス。宮廷の修繕を請け負う下請け職人。今回の件で、「偶然外れていた金具」にほんの少し手を加えただけの男。

 告げられた命令は、簡単だった。
『古い金具を、少し緩めるだけだ』
『事故になるかは、運次第』
『名前は出ない。責任もない』

 ――そう言われていた。

 だが。その夜、宿の戸を叩いたのは、依頼人ではなかった。

「……誰だ?」

 返事はない。

 次の瞬間、戸の隙間から滑り込んできたのは、短剣だった。トーマスは咄嗟に身を引き、刃は壁に突き立つ。その柄には、何も印はない。だが――彼には、十分すぎるほど理解できた。

(……口封じだ。俺は、消されるんだ!)

 心臓が、喉を叩く。依頼主は、“失敗した駒”を残さない。震える手で短剣を床に落とし、トーマスは崩れ落ちた。

「……やられる……次は、確実に……」

 そして、彼は考えた。沈黙しても助からないならば――喋るしかない。



 翌朝。第一騎士団詰所に、一人の男が転がり込んだ。

「た、助けてくれ……! 俺がやった……いや、やらされたんだ……!」

 錯乱状態で語られた内容は、断片的だったが――金具、依頼、金の受け渡し、名前を出さない条件。

 そして、何よりも重要な一言。

「……同じ家から、何度もだ……。“偶然”を装った仕事が……」

 騎士たちの空気が、変わった。

「同じ家……?」

「ああ……カークランド公爵家の――」

 その名が出た瞬間、部屋に沈黙が落ちた。



 数日後。王宮内の会議室では、調査報告が淡々と読み上げられていく。

「梁の固定不良」
「香料袋の投擲」
「不審な接触の噂」
「今回の証言」

 ひとつひとつは、“偶然”で片付けられる。だが――重ねると、異様だった。

 誰かが、ついに口にした。

「……“偶然"の事故が、多すぎませんか?」

 その言葉は、誰も否定しなかった。
 別の誰かが、低く呟く。

「“偶然“の“事故”にしては、都合が良すぎるな」

 さらに。

「偶然は一度きり。二度あれば疑い、三度続けば――それはもう、偶然ではない」

 そして――クラーク・カークランド公爵の元には、王宮の重臣たちと騎士団から向けられる、疑念と警戒の視線が集まり始めていた。




 夜明け前。石造りの一室で、もうひとり、捕えられた男は膝を抱えて震えていた。

(殺される……次は、俺だ)

 “事故”を起こすよう指示されただけだった。怪我をさせろ、怖がらせろ、だが殺すな――そう言われた。

 失敗した。だから、切り捨てられた。

 報酬は渡されず、代わりに届いたのは、「口を閉じろ」という、あからさまな脅し。

(俺は、道具だった……)

 夜毎、悪夢を見る。白い粉の袋。転がる革袋。護衛の叫び声。

(あの令嬢は、こちらの動きに気づいてた)

 気づいていながら、罠にかかったふりをした。その事実が、今になって男を打ちのめす。

「……全部、話します」

 声は、震えていた。

「俺は……命令された。カークランド公爵家の名で……」

 生き延びるための、最後の選択だった。だが同時に、それは――長年、駒として使われてきた胸に積もった後悔を、吐き出す行為でもあった。

(遅い……けれど……)

 男は顔を覆い、嗚咽した。石造りの牢に、押し殺された泣き声が虚しく反響する。




 実行犯の証言が提出されたと聞いたとき、アナスタシアは、ただ静かに目を伏せた。

(……ついに、これで、カークランド公爵は……終わりね)

 怒りも、恐怖も、もう湧いてこない。

――「事故は計画的であり、明確な指示系統が存在する」

 窓の外には、穏やかな午後の光が差し込んでいた。

「わたくしの“勝ち”、ですわね……クラーク公爵閣下。ふふ」

 呟きは小さく、けれど確信に満ちている。アナスタシアは顔を上げ、静かに微笑んだ。

「……あなたは、欲張りすぎましたわ」

 恐怖で人を縛れる時代は、もう終わった。切り捨てた駒は、証言台に立ち。積み重ねた“偶然”は、罪状になった。

 アナスタシアは、確信していた。

( ロクサーヌ伯爵令嬢は、もう、終わりね……)

◇◇◇

「アナスタシア嬢。此度のことは大変だったね。足の具合は、どうかな?」

ヴェルデン公爵家を、シリル王太子が見舞いに訪れていた。

(……正直に申し上げてしまえば、迷惑ですわ。王太子妃候補に対する“個別のご接触”は、無用な憶測を呼ぶだけ。わたくしは、余計な波風を立てるつもりはございませんのに……)

 だが、表に出すことはない。アナスタシアは、完璧な淑女の仮面をかぶった。

「本日は当家へ“わざわざ”ご足労いただき、誠にありがとうございます。また、“わざわざ”訪問してまで温かいお心遣いを賜り、身に余る光栄に存じます」

 声音は柔らかく、微笑みは非の打ち所がない。それが――あまりにも「型通り」だったからこそ、シリルは、わずかに肩をすくめ、小さく苦笑した。

(ああ……やっぱり、壁を作られているな)

「……すまない。怒っているよね。本当は、こういう形で会うべきじゃないことも分かっている」

 一拍、言葉を探すように間を置いてから、シリルは続けた。

「それでも……会いたかった。無事だと聞いても、顔を見るまでは、どうしても落ち着かなかったんだ」

 その言葉に、アナスタシアの胸が、ほんの一瞬だけ波立つ。

(――困るわ……。そういうことを、そんな顔で言われては)

 だが、すぐに理性が感情を押さえ込む。彼女は、わずかに視線を伏せ、丁寧に距離を保ったまま微笑んだ。

 視察先で“事故”に遭ったと聞いたとき、いても立ってもいられなかった――そう語る瞳は、あまりにも真っ直ぐだった。

 その視線に、アナスタシアの胸が――どくん、と鳴る。

(……どうして、そんな目で見るの。お願いだから……やめて)

「まだ公式には公表されていないが……ロクサーヌ・ベイドン伯爵令嬢は、婚約者候補を辞退した。学園の入学試験の結果も、大幅な改竄が確認されている」

 王太子の口から、公示前の情報が静かに告げられる。

「……そうですの。ロクサーヌ様にはお辛いことでしょうけれど……致し方ありませんわね」

 アナスタシアは視線を伏せ、静かに言葉を続けた。

「せめて、これからの学園生活が、あまり辛いものにならないことを願うばかりですわ」

 それは、同情ではない。かつて同じ場所に立っていた者としての、静かな決別だった。

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