【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

文字の大きさ
51 / 93

沈黙の反逆

しおりを挟む
 王宮の応接間は、重々しい沈黙に包まれていた。
 
 厚手のベルベットカーテンが外光を遮り、天井のシャンデリアの淡い光だけが、大理石の床に反射して部屋を幽かに照らす。壁に掛けられた王家の紋章入りタペストリーが空間を引き締め、長い会議用テーブルの周囲の存在感を際立たせていた。

 両陛下は長椅子に静かに座り、その存在だけで応接間に圧力を生む。フィリップ陛下と正妃セザンヌの瞳には鋭い光が宿り、シリル王太子は手を組み肩をわずかに緊張させ、何かを予感するかのように周囲を見渡した。

 グローリー公爵夫妻とコーデリアは控えめに座る。コーデリアは小さく頭を下げるが、胸奥に渦巻く感情を抑えきれない。
 隣にはヴェルデン公爵家当主サミュエルとアナスタシアが並ぶ。サミュエルは静かに観察し、アナスタシアは微笑を湛えるが、その瞳は氷のように鋭く光る――まるで嵐の前の戦士。

 宰相ローレンスが淡々と切り出す。
「……コーデリア公爵令嬢とシリル王太子が思い合っているなら、お二人がご成婚されるのも一案ではないでしょうか」
 続けて、「それでは、アナスタシア嬢は側妃でよろしいでしょうか」と言い放った瞬間、応接間は凍りついた。

 アナスタシアは一瞬視線を落とす。胸奥に痛みが走るが、涙は一滴もこぼさない。ゆっくりと顔を上げ、その瞳に冷徹な光を宿す。

「――なぜ、わたくしが、側妃ごとき待遇に甘んじなければならないのですか?」

 応接間の空気が一瞬で張り詰める。
 両陛下の威厳、宰相の冷静な視線、固まるシリルの肩――すべてを前に、アナスタシアは動じず立ち上がる。

「わたくしは、王家の“予備の駒”でも、従順な駒でもありません。わかっていますか? 王家のご都合で私を差し置き、側妃の存在を設けるとは――何事ですか!」

 その声は応接間に響き渡り、圧倒的な重圧で空気を切り裂いた。両陛下も宰相も、シリルもコーデリアも、誰一人としてこれほどの怒りを体感したことはなかった。

 アナスタシアの瞳には、期待も甘えもない。あるのは冷徹な怒りと裁きの光のみ。

「シリル王太子殿下、あなたもこの理不尽を黙認するのですか? わたくしを利用し、方便にされるつもりですか?」

 シリルは言葉を失う。胸奥で初めて、自分の無力を思い知った。守ろうとした善意は無意味だった。

    アナスタシアの全身を駆け抜ける怒りは、研ぎ澄まされた刃のように鋭く、場全体を支配する。応接間の重厚な静寂を、一瞬で断ち切った。

 コーデリアは微かに震える。守られたい気持ちを認めることは、王家の事情に引きずり込まれることを意味する。それでも微笑むしかなかった。

 シリルの胸に、初めて守りたいという感情が生まれる――尊敬と畏怖、そしてコーデリアへの庇護欲が交錯する。守りたい、しかし守れないもどかしさ。

 応接間の重みが、二人の心のわずかな揺れをそっと結ぶ。

 アナスタシアは王家を縛る“裁定者”として立ち、シリルは盤上の駒でしかない。しかし、その盤の外で、コーデリアは彼に小さな光を灯す存在でもあった。

 たった一人の令嬢の姿が、王家の「安定」という幻想を根底から揺さぶる。
 沈黙の抗議――誰も抗えぬ力を示す、アナスタシアの覚悟の瞬間。
 そして王家は、十八歳の令嬢に、これほどの覚悟を強いた自らの非情さに気づくことになる。




「アナスタシア、頑張ったね。おまえは立派だったよ。大丈夫かい?」

 ヴェルデン公爵家へと戻った二人は向かい合い、紅茶を前に語り合う。

「……大丈夫よ、お兄様。ただ……あまりに理不尽な対応に我慢がならなかっただけ。淑女としては、失格かもしれないわね。しかも、陛下の御前でですしね。ふふふっ」

「はははっ。まあ、そうだな……しかし、第一王子が無礼を働き、婚約破棄した後、第二王子が立太子に就く際、正妃として改めて願い出たにもかかわらず、今回もまた他の令嬢に心を移して、アナスタシアを側妃に落とすなど……!」

 サミュエルの声が、紅茶の香り漂う応接室に響き渡る。拳を握りしめ、机を軽く叩くたび、怒りの熱が増していく。

「厚顔無恥、断じて許されぬ行いだ! 礼儀も、誠意も、王家の体面も、すべて踏みにじったに等しい!」

 目に光る激情は、まるで焔のように燃え上がる。アナスタシアはその怒りを静かに受け止めつつ、微笑みを浮かべた。

「……お兄様、ありがとうございます。心配してくださるのは、お兄様だけですわ。でも、怒りは十分に伝わっています。わたくしは、負けはしませんから」

 サミュエルは深く息を吐き、肩を揺らして笑う。怒りに震えながらも、妹の強さに胸を打たれる。

「……ふんっ、それにしても、王家はどれだけ厚かましいのだ。おまえが泣かずに立ち向かう姿を見て、やっとわかったのかもしれない……だが、くそったれ、こんな理不尽を誰が許すものか!」

 自分のために怒ってくれる人がいる――その事実が、冷え切った心に、じわりと温もりを染み込ませていった。兄サミュエルの、怒りに震える声。妹を侮ろうとする王家を断罪する鋭い言葉。それは、アナスタシアを守ろうとする意志の現れであり、彼女の胸に静かな勇気を灯す。
_______________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇

🌸新連載スタート🌸
【運命の赤い糸が見える赤髪令嬢は、恋心を消したい】
運命×すれ違い×切ない恋愛です✨

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

処理中です...