【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

文字の大きさ
65 / 93

守る視線、試す眼差し

しおりを挟む
 トルドー公爵家の客人であるアナスタシアのもとに、一通の招待状が届いた。
 差出人は、ライナスの友人であり、先日の夜会を主催したランベルク伯爵令息ヘンリーの婚約者――リリアーナ・フォール伯爵令嬢である。内容は、お茶会への招待だった。

 他国で参加する、初めてのお茶会。
 ミランダ伯母様も同伴するという条件で、アナスタシアは出席の返事を出した。

 これまで、母国ローザリア王国でのお茶会には、常に一人で臨んできた。生母アントワネットを早くに亡くし、付き添う存在もなかったからだ。

 周囲の視線は、彼女をただの公爵令嬢としてではなく、《王太子の婚約者》として見ていた。

 純粋に「親しい友人」と呼べる者はおらず、常にを浮かべて、その場に立ち続けてきた。

――だからだろうか。

 ミランダ伯母様と並んで向かう今回のお茶会が、アナスタシアには、ひどく楽しみに思えた。

 だが。その浮き立つ気持ちを、静かに、そして無遠慮に踏み潰す出来事が、すでに待ち構えていようとは――このときの彼女は、まだ知る由もなかった。



 ランベルク伯爵家の庭園は、暖かな陽射しに包まれていた。
 淡い色合いの花々が咲き誇り、白いクロスを掛けた円卓には、上品な茶器と焼き菓子が整えられている。

 だが、その華やかさとは裏腹に、空気はどこか張り詰めていた。

――視線が、静かに集まっている。

 アナスタシアは、同伴のミランダ公爵夫人の隣に腰掛けながら、はっきりとそれを感じ取っていた。
 向けられるのは、好奇と探るような眼差し。そのすべてが悪意と断じるほど露骨ではない。だが、純粋な歓迎とも言い難い。

(……どうやら、歓迎されてはいないようね。招待されたはずだけれど……なにかしら)

 主催であるリリアーナ・フォール伯爵令嬢は、終始柔らかな笑みを浮かべていた。
 淡い色のドレスに身を包み、声音は穏やかで、立ち居振る舞いも非の打ちどころがない。

「本日はお越しくださってありがとうございます。アナスタシア様。ローゼンタールでのご滞在はいかがですか?」

「皆さまに温かく迎えていただき、とても快適に過ごしておりますわ」

 形式的で、正しい応答。そのやり取りに、リリアーナは満足そうにうなずいた。

 だが、その視線は、さりげなく周囲の令嬢たちへと向けられる。

 その中の一人――茶色の髪に大きな茶色の瞳をした、可愛らしい十八歳の令嬢。
 キンバリー・ラスター侯爵令嬢。

 リリアーナは知っている。彼女が、小さな頃から長年にわたり、ライナスに片想いしていることを。
 そして、その想いを込めた婚約の申し込みを、トルドー公爵家へと、何度も、何度も送り続けてきたことを。

(……さて)

 リリアーナは、静かに紅茶を口に運びながら、アナスタシアを観察する。
 その表情、その間、その受け答え。

――この方は、どこまで自覚しているのか。

 ふいに、彼女は柔らかな声で切り出した。

「アナスタシア様。少し、よろしいかしら?」

 微笑みは変わらない。だが、その言葉は、わずかに空気の温度を下げた。

「長年、ライナス様を振り回していらっしゃるのでしょう?」

 一瞬、庭園が静まり返る。

「いい加減、はっきりなさったらよろしいのでは」

 語尾は丁寧で、口調も穏やか。だが、その内容は、鋭く踏み込んでいた。

 周囲の令嬢たちは、息を潜めていた。
 キンバリーは、友人リリアーナの言葉が、自分の恋心を応援するためのものだと思うと、胸の奥が小さく熱くなるのを感じた。

 膝の上でそっと手を握りしめ、俯いたまま、ほんのわずかに唇を噛む。
――やっと、ライナス様に、この恋心が伝わるかもしれない。その思いに胸が高鳴り、期待と不安が入り混じった。

 アナスタシアは、すぐには答えなかった。
 驚きはあった。だが、感情を表に出すことはない。に本気を出す必要はなかった。

(……これは、リリアーナ様の勝手な善意? それとも……)

 そのときだった。

 ミランダ伯母様が静かにカップを置いた音が響く。

「まあ、リリアーナ様。……あなたの家では、『憶測』を『事実』のように語るのが、伯爵家の正しい作法だと教えられているのかしら? フォール伯爵夫人に、一度伺ってみなければなりませんわね」

 声音は柔らかい。だが、その奥には、はっきりとした違和感と警戒が滲んでいた。

「振り回している……? ふふ、面白いことをおっしゃるのね。ライナスがどれほど苦労して、彼女をこの国へお招きしたか。 その真実を知れば、今のお言葉がどれほど滑稽か、あなたもお気づきになるでしょうに」

 その一言で、空気が変わった。

 ミランダは、完璧に微笑んでいた。
 だが、その眼差しには、相手を見定める鋭さと、娘であるリリアーナへの注意を怠る母親であるフォール伯爵夫人への明確な不快感が、冷たく混ざっていた。
 その視線だけで、庭園の空気はわずかに引き締まり、誰もが息を潜めざるを得なかった。

 アナスタシアは、その視線の鋭さに気づきながらも、表情を変えずに座っていた。
 胸の奥で小さく安堵する――伯母様が自分を守ってくれていることを、言葉ではなく、まっすぐな眼差しで感じ取ったのだ。
 同時に、この場がただの社交ではなく、“試される場所”であることも、はっきり理解した。

(……伯母様……)

 アナスタシアは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

――守られている。

 そう自覚した瞬間、このお茶会が「単なる社交」ではないことを、はっきりと理解した。

 この場で試されているのは、自分だけではない。
 友人のために発言したリリアーナもまた、“何を守り、何を切り捨てるのか”を測られているのだと。

 庭園の花々は、何事もなかったかのように、穏やかに揺れていた。
_______________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~

ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」 義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。 父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。 けれど―― 公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。 王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。 さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。 そして下されたのは――家ごとの褫奪。 一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。 欲しがったのは肩書。 継いだのは責任。 正統は叫びません。 ただ、残るだけ。 これは、婚約を奪われた公爵令嬢が “本当に継がれるべきもの”を証明する物語。

手放してみたら、けっこう平気でした。

朝山みどり
恋愛
エリザ・シスレーは伯爵家の後継として、勉強、父の手伝いと努力していた。父の親戚の婚約者との仲も良好で、結婚する日を楽しみしていた。 そんなある日、父が急死してしまう。エリザは学院をやめて、領主の仕事に専念した。 だが、領主として努力するエリザを家族は理解してくれない。彼女は家族のなかで孤立していく。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ
恋愛
婚約者である王太子アルベルトから、一方的に婚約破棄を告げられた公爵令嬢エレノア。 だが彼女は、涙も復讐も選ばなかった。 「婚約は、役目でしたもの。終わったのなら、それで結構ですわ」 王宮を去ったエレノアは、領地に戻り、 干渉しない・依存しない・無理をしない ただそれだけを軸に、静かに領地運営を始める。 一方、王となったアルベルトもまた、 彼女に頼らないことを選び、 「一人の判断に依存しない国」を作るための統治に身を投じていた。 復縁もしない。 恋にすがらない。 それでも、二人の選択は確かに国を安定へと導いていく。 これは、 交わらないことを選んだ二人が、 それぞれの場所で“続けられる世界”を完成させる物語。 派手なざまぁも、甘い溺愛もない。 けれど、静かに積み重なる判断と選択が、 やがて「誰にも壊せない秩序」へと変わっていく――。 婚約破棄から始まる、 大人のための静かなざまぁ恋愛ファンタジー

処理中です...