【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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守る視線、試す眼差し

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 トルドー公爵家の客人であるアナスタシアのもとに、一通の招待状が届いた。
 差出人は、ライナスの友人であり、先日の夜会を主催したランベルク伯爵令息ヘンリーの婚約者――リリアーナ・フォール伯爵令嬢である。内容は、お茶会への招待だった。

 他国で参加する、初めてのお茶会。
 ミランダ伯母様も同伴するという条件で、アナスタシアは出席の返事を出した。

 これまで、母国ローザリア王国でのお茶会には、常に一人で臨んできた。生母アントワネットを早くに亡くし、付き添う存在もなかったからだ。

 周囲の視線は、彼女をただの公爵令嬢としてではなく、《王太子の婚約者》として見ていた。

 純粋に「親しい友人」と呼べる者はおらず、常にを浮かべて、その場に立ち続けてきた。

――だからだろうか。

 ミランダ伯母様と並んで向かう今回のお茶会が、アナスタシアには、ひどく楽しみに思えた。

 だが。その浮き立つ気持ちを、静かに、そして無遠慮に踏み潰す出来事が、すでに待ち構えていようとは――このときの彼女は、まだ知る由もなかった。



 ランベルク伯爵家の庭園は、暖かな陽射しに包まれていた。
 淡い色合いの花々が咲き誇り、白いクロスを掛けた円卓には、上品な茶器と焼き菓子が整えられている。

 だが、その華やかさとは裏腹に、空気はどこか張り詰めていた。

――視線が、静かに集まっている。

 アナスタシアは、同伴のミランダ公爵夫人の隣に腰掛けながら、はっきりとそれを感じ取っていた。
 向けられるのは、好奇と探るような眼差し。そのすべてが悪意と断じるほど露骨ではない。だが、純粋な歓迎とも言い難い。

(……どうやら、歓迎されてはいないようね。招待されたはずだけれど……なにかしら)

 主催であるリリアーナ・フォール伯爵令嬢は、終始柔らかな笑みを浮かべていた。
 淡い色のドレスに身を包み、声音は穏やかで、立ち居振る舞いも非の打ちどころがない。

「本日はお越しくださってありがとうございます。アナスタシア様。ローゼンタールでのご滞在はいかがですか?」

「皆さまに温かく迎えていただき、とても快適に過ごしておりますわ」

 形式的で、正しい応答。そのやり取りに、リリアーナは満足そうにうなずいた。

 だが、その視線は、さりげなく周囲の令嬢たちへと向けられる。

 その中の一人――茶色の髪に大きな茶色の瞳をした、可愛らしい十八歳の令嬢。
 キンバリー・ラスター侯爵令嬢。

 リリアーナは知っている。彼女が、小さな頃から長年にわたり、ライナスに片想いしていることを。
 そして、その想いを込めた婚約の申し込みを、トルドー公爵家へと、何度も、何度も送り続けてきたことを。

(……さて)

 リリアーナは、静かに紅茶を口に運びながら、アナスタシアを観察する。
 その表情、その間、その受け答え。

――この方は、どこまで自覚しているのか。

 ふいに、彼女は柔らかな声で切り出した。

「アナスタシア様。少し、よろしいかしら?」

 微笑みは変わらない。だが、その言葉は、わずかに空気の温度を下げた。

「長年、ライナス様を振り回していらっしゃるのでしょう?」

 一瞬、庭園が静まり返る。

「いい加減、はっきりなさったらよろしいのでは」

 語尾は丁寧で、口調も穏やか。だが、その内容は、鋭く踏み込んでいた。

 周囲の令嬢たちは、息を潜めていた。
 キンバリーは、友人リリアーナの言葉が、自分の恋心を応援するためのものだと思うと、胸の奥が小さく熱くなるのを感じた。

 膝の上でそっと手を握りしめ、俯いたまま、ほんのわずかに唇を噛む。
――やっと、ライナス様に、この恋心が伝わるかもしれない。その思いに胸が高鳴り、期待と不安が入り混じった。

 アナスタシアは、すぐには答えなかった。
 驚きはあった。だが、感情を表に出すことはない。に本気を出す必要はなかった。

(……これは、リリアーナ様の勝手な善意? それとも……)

 そのときだった。

 ミランダ伯母様が静かにカップを置いた音が響く。

「まあ、リリアーナ様。……あなたの家では、『憶測』を『事実』のように語るのが、伯爵家の正しい作法だと教えられているのかしら? フォール伯爵夫人に、一度伺ってみなければなりませんわね」

 声音は柔らかい。だが、その奥には、はっきりとした違和感と警戒が滲んでいた。

「振り回している……? ふふ、面白いことをおっしゃるのね。ライナスがどれほど苦労して、彼女をこの国へお招きしたか。 その真実を知れば、今のお言葉がどれほど滑稽か、あなたもお気づきになるでしょうに」

 その一言で、空気が変わった。

 ミランダは、完璧に微笑んでいた。
 だが、その眼差しには、相手を見定める鋭さと、娘であるリリアーナへの注意を怠る母親であるフォール伯爵夫人への明確な不快感が、冷たく混ざっていた。
 その視線だけで、庭園の空気はわずかに引き締まり、誰もが息を潜めざるを得なかった。

 アナスタシアは、その視線の鋭さに気づきながらも、表情を変えずに座っていた。
 胸の奥で小さく安堵する――伯母様が自分を守ってくれていることを、言葉ではなく、まっすぐな眼差しで感じ取ったのだ。
 同時に、この場がただの社交ではなく、“試される場所”であることも、はっきり理解した。

(……伯母様……)

 アナスタシアは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

――守られている。

 そう自覚した瞬間、このお茶会が「単なる社交」ではないことを、はっきりと理解した。

 この場で試されているのは、自分だけではない。
 友人のために発言したリリアーナもまた、“何を守り、何を切り捨てるのか”を測られているのだと。

 庭園の花々は、何事もなかったかのように、穏やかに揺れていた。
_______________

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