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暗闇に潜む影
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ローザリアの柔らかな夕暮れが、墓地の石畳を金色に染めていた。
アナスタシアは父の墓前で短く頭を下げ、静かに一礼すると、数歩後ろで控える侍女と護衛に視線を向けた。
「戻りましょう」
その声は穏やかで、いつもと変わらない。だが、胸の奥には、言葉にできないざらつきが残っていた。
(お父様……亡くなられてからの方が、まるで私と心でお話ししてくださっているみたい……不思議で、少し切ないわ……)
そのとき――。
「……あの……お助けください……」
か細い声が、墓地の奥、礼拝堂の陰から聞こえた。
護衛の一人が即座に前に出る。
「どなたですか」
姿を現したのは、喪服に身を包んだ若い女性だった。顔立ちは整っているが、記憶に引っかからない。
(……貴族のご令嬢? でも、どこの家……?)
アナスタシアの胸に、微かな違和感が走る。
だが、女性は震えながら言った。
「従者とはぐれてしまって……ここは、怖くて……」
護衛たちは互いに視線を交わす。墓地とはいえ、王都近郊。異常事態ではないが、油断はできない。
「奥まった場所です。アナスタシア様はお下がりください」
そう言われても、アナスタシアは一歩、前に出てしまっていた。
「大丈夫よ。ご婦人おひとりでは、さぞやお困りでしょう……」
その一瞬だった。
――空気が、裂けた。
礼拝堂の影から黒装束の男たちが躍り出る。
同時に、別方向から煙玉が投げ込まれ、白い煙が視界を覆った。
「伏せろ!」
護衛が剣を抜き、アナスタシアを庇う。
金属音と怒号。短く、激しい交錯。
目の前の黒装束の人物を見極め、逃げ道を探す。背後には墓石、側には並木道。
反撃の手段は限られている。だが、まだ手元には折りたたみの扇がある。細く、重さのある骨で、相手の腕を裂ける―― 一瞬の隙をついて、振り払うことも可能だ。
だが、その混乱の中心で、アナスタシアの背後に回り込む影があった。
冷たい腕が肩を絡め、力任せに引き寄せられる。
「……っ!」
口元に押し当てられた布から、甘く重い匂いがした。
「騒ぐな。静かにすれば、怪我はさせない」
低く、冷たい声が耳元で囁く。言葉に、命令と脅迫の両方が含まれていた。
(やめてっ――)
叫ぶ間もなく、視界が揺れ、力が抜けていく。
遠くで、護衛が名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
意識が少しずつ重くなる。心臓の高鳴りは止まらない。背後の手の圧力、拘束されている体の感覚――全てが恐怖として積み重なり、頭の中で考えがぐるぐると巡る。
そして、最後の瞬間――身体の力が抜け、意識が霧のように薄れていく中、アナスタシアはわずかに心の中で呟いた。
(……ライナス……助けて……)
暗闇に包まれたまま、アナスタシアの意識は静かに手放されていった。
最後に残ったのは、考えではなく、「これは偶然ではない」という、輪郭のない感触だった。
見覚えのない“貴族女性”。
計算された場所と時間。
(……誰が、ここまで周到に……?)
答えに辿り着く前に、世界は完全な暗転に包まれた。
「……やっと目を覚ましたようね」
高く落ち着いた声が、暗闇の中で響いた。アナスタシアは身を強く縮め、顔を上げられない。
(……ここはどこ? 誰……?)
そのとき、背後で何かが動き、冷たい風が頬をかすめる。アナスタシアの体は思わず縮まった。足元の床に力を入れようとするが、緊張で震えが止まらない。
暗闇の中で、アナスタシアは必死に状況を把握しようと目を凝らす。だが、視界はほとんどなく、匂いと手触り、そして微かな音だけが頼りだ。周囲は不気味な静寂に包まれる。
「大人しくしていて」
低く、冷たい声が響いた。アナスタシアは小さく息を呑む。
頭の中で必死に状況を整理しようとする。手元の視界は限られ、音だけが頼りだ。
「あなた……誰ですの? 何のために――」
問いかけても、相手は答えず、静かに一歩近づく足音だけが聞こえる。
「口を開いても無駄よ。状況を知りたければ、自分の目で確かめなさい――それができないのなら、黙って従うしかないわ」
その声には、冷たい知性とわずかな嘲りが混じっていた。暗闇の中でアナスタシアは唇を強く噛み、心の中で呟く。
(これは……ただの恨みや個人的な争いじゃない……。計画的、政治的……圧力……?)
しかし、そんな推測を口にすることは許されない。心臓が跳ねる。頭の中が混乱する。考えようとしても、答えは出ない。ただ、恐怖だけが胸を締めつけた。
( わたしは 黙って従う弱虫じゃない。策略も、脅しも、全部はね返してみせる――それに、ライナスの元に戻るためにも、自分で考え、行動するしかない)
握りしめた手がわずかに震える。アナスタシアは身動きも許されず、手も足も縛られている。
( ここは……森の中?それとも、街道沿いの屋敷……?)
手探りで周囲を探ろうとするが、位置も広さも、何が潜んでいるのかも、すべては闇の中。
だが、その一瞬、心は確かだった。ここでただ操られる存在になるわけにはいかない――自分には、自分の意志がある。
アナスタシアは静かに息を整え、心の中で誓った。
(ライナス、ミランダ伯母様……必ず、わたし はこの状況から脱し、あなたたちに誇れる自分で戻る。絶対に――)
相手がもう一歩前に出た。暗がりの中、背の高さや落ち着いた立ち姿、そして手元に控えめに握られた武器らしきものが見えた。
(女性……? 見たことのない顔ね。ローザリアの貴族ではなさそう……)
「ここに連れてきた理由を……教えてあげるかどうかは、私の気分次第よ」
息を呑む気配が暗がりに響く。続いて、微かに口元が緩むような気配――笑ったのか、嘲ったのか、はっきりとは分からない。
アナスタシアは身を固くしながらも、暗闇を睨みつけるように答えた。
「……わたくしは、誰かの思惑に従うための駒ではありません」
恐怖は胸を締め付けるが、それでもアナスタシアの心は静かに、しかし確かに、自分の意志を固めていた――この状況にあっても、決して屈しないのだと。
______________
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そのとき――。
「……あの……お助けください……」
か細い声が、墓地の奥、礼拝堂の陰から聞こえた。
護衛の一人が即座に前に出る。
「どなたですか」
姿を現したのは、喪服に身を包んだ若い女性だった。顔立ちは整っているが、記憶に引っかからない。
(……貴族のご令嬢? でも、どこの家……?)
アナスタシアの胸に、微かな違和感が走る。
だが、女性は震えながら言った。
「従者とはぐれてしまって……ここは、怖くて……」
護衛たちは互いに視線を交わす。墓地とはいえ、王都近郊。異常事態ではないが、油断はできない。
「奥まった場所です。アナスタシア様はお下がりください」
そう言われても、アナスタシアは一歩、前に出てしまっていた。
「大丈夫よ。ご婦人おひとりでは、さぞやお困りでしょう……」
その一瞬だった。
――空気が、裂けた。
礼拝堂の影から黒装束の男たちが躍り出る。
同時に、別方向から煙玉が投げ込まれ、白い煙が視界を覆った。
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金属音と怒号。短く、激しい交錯。
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だが、その混乱の中心で、アナスタシアの背後に回り込む影があった。
冷たい腕が肩を絡め、力任せに引き寄せられる。
「……っ!」
口元に押し当てられた布から、甘く重い匂いがした。
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低く、冷たい声が耳元で囁く。言葉に、命令と脅迫の両方が含まれていた。
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意識が少しずつ重くなる。心臓の高鳴りは止まらない。背後の手の圧力、拘束されている体の感覚――全てが恐怖として積み重なり、頭の中で考えがぐるぐると巡る。
そして、最後の瞬間――身体の力が抜け、意識が霧のように薄れていく中、アナスタシアはわずかに心の中で呟いた。
(……ライナス……助けて……)
暗闇に包まれたまま、アナスタシアの意識は静かに手放されていった。
最後に残ったのは、考えではなく、「これは偶然ではない」という、輪郭のない感触だった。
見覚えのない“貴族女性”。
計算された場所と時間。
(……誰が、ここまで周到に……?)
答えに辿り着く前に、世界は完全な暗転に包まれた。
「……やっと目を覚ましたようね」
高く落ち着いた声が、暗闇の中で響いた。アナスタシアは身を強く縮め、顔を上げられない。
(……ここはどこ? 誰……?)
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低く、冷たい声が響いた。アナスタシアは小さく息を呑む。
頭の中で必死に状況を整理しようとする。手元の視界は限られ、音だけが頼りだ。
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