【完結】王太子が「恋がしたい」と言い出したので、公爵令嬢は捨て身の復讐を始めます──みなさままとめて地獄へどうぞ

恋せよ恋

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黄金の檻と、銀紫の改革

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 ルミナルア王国の王城ルミエールは、その名の通り「聖なる光」を体現したような白亜の巨城であった。高く切り立った尖塔には純金の装飾が施され、朝日を浴びて目も眩むほどの輝きを放っている。

 だが、その足元に広がる王都の路地裏が貧困にあえいでいることを思えば、その輝きはどこか空虚で、残酷なまでの虚飾に満ちていた。

 アナスタシアは、バーナードに伴われ、謁見の間へと続く長い回廊を歩いていた。彼女の足音は静かだが、石畳を叩くリズムには一切の迷いがない。

「いいかい、アナスタシア嬢。この国の王族は、自らを太陽の末裔だと信じている。特に王太子はね」

 バーナードの囁きに、アナスタシアはアメジストの瞳を冷ややかに細めた。

「太陽は等しく万物を照らすからこそ尊いのですわ。一部の者だけを焼く光など、ただの厄災にすぎません」

 重厚な扉が開かれ、アナスタシアは「黄金の血」の一族と対峙した。

 玉座に座る国王陛下の傍らには、透き通るような金髪と青い瞳を持つ王族たちが並んでいた。その光景は、あたかも神話の絵画が具現化したかのような美しさであった。

 なかでも、次期国王である王太子ウィリアムは、一際強い輝きを放っていた。彼はアナスタシアが広間に足を踏み入れた瞬間、手にしていた手袋を落とした。

 銀の糸を紡いだような柔らかな髪。神秘的な夕暮れの色を宿したアメジストの瞳。

 ルミナルアの伝承にのみ存在した「銀紫の乙女」が、現実の肉体を持って目の前に立っている。ウィリアムにとって、それは衝撃というよりは、天啓に近い経験だった。

「……あ、ああ……ぁぁ」
 ウィリアムは玉座から身を乗り出し、喉を鳴らした。

「君が……ローザリアの……。いや、我が国が待ち望んだ、伝説の乙女か」

「ルミナルアの太陽、国王陛下。そしてウィリアム王太子殿下。お初にお目文字いたします。ローザリア王国ヴェルデン公爵家が長女、アナスタシアにございます」

 アナスタシアが完璧なカーテシーを披露した瞬間、広間は溜息に包まれた。彼女の声は鈴の音のように澄み渡りながらも、その瞳には王族の威光に怯まぬ強固な知性が宿っている。

 ウィリアムは吸い寄せられるように階段を降り、彼女の手を取ろうとした。

「美しい……。肖像画などではこの輝きの百分の一も伝わらない。アナスタシア、君はこの国の、いや、僕の光だ」

 その剥き出しの情熱に、アナスタシアは内心で猛烈な不快感を覚えたが、顔には優雅な微笑を貼り付けたまま、さりげなくその手を躱した。


 謁見の儀が終わり、中庭での休息の折、一人の青年がアナスタシアに声をかけた。

「兄上が失礼を。あの方は美に弱くてね。……特に、自分にない『本物』を見せられると、理性を失う癖がある」

 現れたのは、第二王子のアルベルトだった。バーナードの親友である彼は、王太子のような華美な装飾は好まず、軍服に近い実用的な衣装を纏っている。

「アルベルト殿下。……バーナード様から、素晴らしいお方だと伺っております」

「……ふっ。あいつの評価は当てにならないよ。だが、君がさっきの協議で出した『関税の即時撤廃と緊急食糧支援案』……あれには痺れた。王城の連中は宝石の価格には詳しいが、小麦一袋の相場すら知らないからね」

 アルベルトは苦笑しながら、手元の地図を広げた。

「僕は軍を動かして国境の警備に当たっているが、腹を空かせた民が暴動を起こすのは時間の問題だと思っていた。君の案があれば、剣を使わずに国を救えるかもしれない」

「殿下は、現実をご覧になっているのですね」
 アナスタシアの表情が、初めて少しだけ和らいだ。

「数字と地政学は嘘をつきません。わたくしがこの国を整える一年間、殿下には兵站の確保と治安維持をお願いしたいのです」

「お安い御用だ。……ふん、バーナードが必死に君を招きたがった理由がわかったよ。君は聖女なんかじゃない。最高に『食えない』政治家だ」

 二人は、周囲の女官たちが美貌にうっとりしている中、ひそかに「一年の内政計画」という、極めて現実的で血なまぐさい同盟を結んだのである。


 その夜、王城ルミエールではアナスタシアを歓迎する夜会が催された。

 テーブルには季節外れの果物、希少な肉、そして民が一生かけても手に入らないような高級ワインが溢れていた。シャンデリアの輝きの下、貴族たちは華やかな音楽に合わせて踊っている。

 窓の外に広がる、暗く冷えた王都の街並みを思い、アナスタシアは扇を握りしめた。

「どうしたんだい、アナスタシア嬢。君のために用意した最高の夜だ。もっと笑ってくれないか」

 ウィリアム王太子が、酔ったような瞳で近づいてくる。

「殿下。このワイン一杯の予算があれば、王都の路地裏で飢えている子供たち百人が、一週間は腹を満たせますわ。わたくしには、この音楽が民の啜り泣きにしか聞こえません」

 周囲の音楽が止まった。

 王太子にこれほどまでの直言を呈する者など、この国には一人もいなかったからだ。エドワードは一瞬、呆然と固まったが、次の瞬間、その瞳に異常なほどの恍惚が浮かんだ。

「素晴らしい……! 僕にそんな苦言を呈するだなんて。周囲には、僕の言葉に頷くだけの者しかいなかった。
アナスタシア、君はなんて素晴らしいんだ。僕を正し、導いてくれる存在は――君しかいない!」

(……話が通じませんわ。この方、かなり重症ですわね……。こんな方が王太子で、本当に大丈夫なのかしら……)

 アナスタシアが引き攣った笑みを浮かべていると、会場の隅から冷酷な視線が突き刺さった。ウィリアムの正妃、カトリーヌである。彼女は夫が新参の「銀紫の乙女」に心奪われる様を、憎悪に満ちた瞳で睨みつけていた。

「あら、ローザリアの公爵令嬢ごときが、随分と不遜な口を利くのね。陛下や殿下の慈悲を、その傲慢さで踏みにじるおつもり?」

 カトリーヌ王太子妃は、アナスタシアに歩み寄り、扇で彼女の顎をクイと持ち上げた。

「浮気の言い訳に『国政の相談』なんて使わせないわ。あなたがこの国に来た真の目的……暴いて差し上げますから」


 深夜、ようやくカノリア公爵邸に戻ったアナスタシアは、自室のソファに力なく倒れ込んだ。キャリーが手際よくドレスの編み上げを解いていく。

「お疲れ様です、アナスタシア様。……王太子殿下、かなり熱烈でしたね」

「やめて、キャリー。…… あなた、すっかり侍女が板についたわね。はあぁ。思い出すだけで頭が痛くなりますわ。ウィリアム殿下のあの『恋に恋している』ような瞳……あれは説得も交渉も通じない、最も厄介なタイプだわ」

 アナスタシアは、アメジストの瞳を天井に向けた。

「おまけに王太子妃殿下からは、あらぬ浮気の疑いまでかけられて。わたくしはただ、この国の崩壊を止めて、一年後にライナスの元へ帰りたいだけなのに。……なぜ、こうも変人ばかり寄ってくるのかしら」

 彼女は窓を開け、夜風に銀髪をなびかせた。
 遠い空の向こうで、自分を待っているであろうライナスの怒声混じりの激励を思い出す。

「ライナス、やはりわたくしには、あなたの直情的な怒り方のほうが、よほど誠実で心地よいですわ……」

 アナスタシアの一年は、まだ始まったばかり。

 政治の泥濘と、歪んだ執着の視線。その双方を冷静に受け止めながら、彼女はルミナルアという巨大な機構を、内側から変革しようとしていた。
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