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女性騎士としての任務遂行
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視界が、ぐにゃりと歪んだ。
王宮の廊下を早足で進む自分の足音が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえる。呼吸を繰り返すたび、喉の奥からせり上がる熱気が肺を焼き、脳を甘い痺れで満たしていく。
(……まずい。これは、ただの薬じゃない)
セレフィーネは壁に手をつき、荒い息を吐いた。
彼女は王宮第一騎士団に所属する女性騎士だ。十九歳という若さながら、第二騎士団副団長を務める父ダニエル譲りの剣才と、たゆまぬ鍛錬で培った俊敏さを武器に、第一王女マグノリアの護衛任務に就いていた。
つい先ほどまで、王女の夜会に随行していたはずだった。そこで不穏な動きを見せた小国アルヴェリアの王子、ドルムント。彼が王女のグラスへ、怪しげな小瓶の中身を注ごうとしたその瞬間。
「――王女殿下、お召し物が汚れております」
セレフィーネは咄嗟に割り込み、王女の前に立ちはだかった。周囲には各国の貴賓がいる。ここで「毒だ、暗殺だ」と騒ぎ立てれば、夜会は台無しになり、王女の名誉にも関わる。
ドルムント王子は動揺し、隠そうとした小瓶をセレフィーネの口元へ押しつけるようにして振り払った。
「邪魔だ、どけ!」
王子の手首を極めたまま、セレフィーネは背後の同僚騎士たちに鋭い視線を送った。訓練され尽くした第一騎士団の面々は、主人の異常な様子とセレフィーネの意図を瞬時に察し、物音ひとつ立てずに動く。
「……っ! 離せ、無礼者め!」
喚こうとする王子の口を、駆け寄った同僚が即座に塞ぎ、カーテンの裏にある隠し扉へと連行していく。同時に、他の騎士たちがさりげなく王女の周囲を固め、何事もなかったかのように夜会の歓談を再開させた。
「セレフィーネ、あとは我々が引き継ぐ。お前は……」
「……失礼、します。陛下と団長へ……報告を」
同僚の問いかけに、セレフィーネは辛うじてそれだけを返した。
視界の端で、王女マグノリアが心配そうにこちらを見ているのが分かったが、今は一刻も早くこの場を去らねばならない。王子の手から溢れ、自分の唇を濡らしたあの不気味な液体の「効果」が、心臓の鼓動を劇薬のような速さへと変えていた。
騒ぎを最小限に抑え、犯人を確保する。騎士としての最低限の務めを果たしたという安堵が、張り詰めていた理性の糸を緩ませた。
足早に会場を離れ、人影のない静かな回廊へと逃げ込む。途端、身体の芯から凄まじい熱波が噴き出した。
体温が異常に上昇していく。肌が衣服と擦れるだけで、電撃のような快楽と不快感が入り混じった衝撃が走る。厚手の騎士服が、拷問器具のように重く、疎ましかった。
( これが、話に聞く「媚薬」というものか……。人を、ただの「獣」に変え、理性を溶かす禁忌の薬とは、よく言ったものね )
セレフィーネは自嘲気味に口の端を歪めた。自分のような、女を捨てて剣を振るい、筋肉質で色気の一片もない女性騎士に、こんな薬は無用の長物ではないか。
せめて誰もいない場所へ。そう願って辿り着いたのは、王宮の奥まった場所にある、賓客用の控え室だった。
重い扉を押し開け、冷たい石床に崩れ落ちる。
だが、そこには先客がいた。
「――誰だ」
低く、地響きのように心地よい声。
セレフィーネは震える顔を上げた。
月光が差し込む窓際に立っていたのは、銀色の髪を夜風になびかせた、この世のものとは思えないほど美しい男だった。
第一騎士団副団長、ユリウス・ヴァルト。
若くして次期侯爵家当主の座を約束され、その圧倒的な武勇と、女性を惑わす甘い毒のような美貌で「危険な男」と称される騎士。
そして、セレフィーネが誰にも言えない思いを寄せる、初恋の相手だった。
___________
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王宮の廊下を早足で進む自分の足音が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえる。呼吸を繰り返すたび、喉の奥からせり上がる熱気が肺を焼き、脳を甘い痺れで満たしていく。
(……まずい。これは、ただの薬じゃない)
セレフィーネは壁に手をつき、荒い息を吐いた。
彼女は王宮第一騎士団に所属する女性騎士だ。十九歳という若さながら、第二騎士団副団長を務める父ダニエル譲りの剣才と、たゆまぬ鍛錬で培った俊敏さを武器に、第一王女マグノリアの護衛任務に就いていた。
つい先ほどまで、王女の夜会に随行していたはずだった。そこで不穏な動きを見せた小国アルヴェリアの王子、ドルムント。彼が王女のグラスへ、怪しげな小瓶の中身を注ごうとしたその瞬間。
「――王女殿下、お召し物が汚れております」
セレフィーネは咄嗟に割り込み、王女の前に立ちはだかった。周囲には各国の貴賓がいる。ここで「毒だ、暗殺だ」と騒ぎ立てれば、夜会は台無しになり、王女の名誉にも関わる。
ドルムント王子は動揺し、隠そうとした小瓶をセレフィーネの口元へ押しつけるようにして振り払った。
「邪魔だ、どけ!」
王子の手首を極めたまま、セレフィーネは背後の同僚騎士たちに鋭い視線を送った。訓練され尽くした第一騎士団の面々は、主人の異常な様子とセレフィーネの意図を瞬時に察し、物音ひとつ立てずに動く。
「……っ! 離せ、無礼者め!」
喚こうとする王子の口を、駆け寄った同僚が即座に塞ぎ、カーテンの裏にある隠し扉へと連行していく。同時に、他の騎士たちがさりげなく王女の周囲を固め、何事もなかったかのように夜会の歓談を再開させた。
「セレフィーネ、あとは我々が引き継ぐ。お前は……」
「……失礼、します。陛下と団長へ……報告を」
同僚の問いかけに、セレフィーネは辛うじてそれだけを返した。
視界の端で、王女マグノリアが心配そうにこちらを見ているのが分かったが、今は一刻も早くこの場を去らねばならない。王子の手から溢れ、自分の唇を濡らしたあの不気味な液体の「効果」が、心臓の鼓動を劇薬のような速さへと変えていた。
騒ぎを最小限に抑え、犯人を確保する。騎士としての最低限の務めを果たしたという安堵が、張り詰めていた理性の糸を緩ませた。
足早に会場を離れ、人影のない静かな回廊へと逃げ込む。途端、身体の芯から凄まじい熱波が噴き出した。
体温が異常に上昇していく。肌が衣服と擦れるだけで、電撃のような快楽と不快感が入り混じった衝撃が走る。厚手の騎士服が、拷問器具のように重く、疎ましかった。
( これが、話に聞く「媚薬」というものか……。人を、ただの「獣」に変え、理性を溶かす禁忌の薬とは、よく言ったものね )
セレフィーネは自嘲気味に口の端を歪めた。自分のような、女を捨てて剣を振るい、筋肉質で色気の一片もない女性騎士に、こんな薬は無用の長物ではないか。
せめて誰もいない場所へ。そう願って辿り着いたのは、王宮の奥まった場所にある、賓客用の控え室だった。
重い扉を押し開け、冷たい石床に崩れ落ちる。
だが、そこには先客がいた。
「――誰だ」
低く、地響きのように心地よい声。
セレフィーネは震える顔を上げた。
月光が差し込む窓際に立っていたのは、銀色の髪を夜風になびかせた、この世のものとは思えないほど美しい男だった。
第一騎士団副団長、ユリウス・ヴァルト。
若くして次期侯爵家当主の座を約束され、その圧倒的な武勇と、女性を惑わす甘い毒のような美貌で「危険な男」と称される騎士。
そして、セレフィーネが誰にも言えない思いを寄せる、初恋の相手だった。
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