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熱に浮かされた夜と、消えない烙印
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「ユリウス……副、団長……」
「セレフィーネか? その顔……。俺が呼ばれた理由は……」
ユリウスが歩み寄ってくる。彼の軍靴の音が床に響くたび、セレフィーネの心臓は破裂しそうなほど脈打った。
彼から漂う、洗練された香水の香りと、わずかに混じる煙草の匂い。それが今の彼女にとっては、どんな猛毒よりも理性を削る芳香となっていた。
「来るな!……来ないで、ください……」
「顔が真っ赤だ。熱があるのか?」
ユリウスの大きな手が、セレフィーネの額に触れる。
その瞬間、彼女の中から「騎士」としての矜持が音を立てて崩れ去った。
( 冷たい手。気持ちいい。もっと触れてほしい……)
セレフィーネは無意識に、彼の手に自分の頬を擦り寄せていた。
「……っ。媚薬か」
ユリウスの声に苦い色が混じる。彼は事態を察したようだった。
第一王女の護衛任務。そこで起きた騒動。セレフィーネが身代わりに媚薬を飲んだことも、彼は瞬時に理解したのだろう。
「下がって、ください。私は、自分で……なんとか……」
「馬鹿を言うな。この手の薬は、そんなに甘いもんじゃない。放っておけば高熱で脳が焼けるか、理性を失って誰彼構わず縋り付くことになるぞ」
ユリウスの瞳が、暗い光を帯びる。オリーブ色の瞳が、獲物を狙う獣のようにセレフィーネを射抜いた。
彼は遊び人だ。数多くの女性と浮名を流し、愛を信じず、ただ一夜の快楽を弄ぶ男。
セレフィーネのような、茶髪に茶目の平凡な外見で、男のように鍛えられた身体を持つ女など、彼の視界には入るはずもなかった。
昨日までは。
「セレフィーネ。俺が『処置』をしてやる。……いいな?」
「……そんな。副団長に、ご迷惑を……」
「迷惑だなんて思うなら、そんなに欲しそうな顔で見つめるな」
ユリウスの腕が、セレフィーネの細い腰を引き寄せる。騎士の服越しでもわかる、彼の逞しい胸板の厚み。
逃げなければならない。これは「事故」なのだ。
だが、彼の手が彼女の首筋を這い、耳元で甘い吐息を漏らしたとき、セレフィーネの思考は完全に停止した。
「責任は、俺が取る。……明日になれば、全部忘れていても構わん」
その言葉が、免罪符だった。セレフィーネは彼の首に腕を回し、その薄い唇に自分から吸い付いた。初めて知る、男の味。
ユリウスは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに獰猛な笑みを浮かべ、彼女を背後の寝台へと押し倒した。
カチリ、と硬い金属音が響く。
ユリウスが身に着けていた剣帯を外し、床に投げ捨てた音だ。
続いて、セレフィーネの騎士服のボタンが、震える指先によって一つ、また一つと外されていく。
「……意外だな。服の上からじゃわからなかったが、こんなに柔らかい」
彼の大きな手が、セレフィーネの露わになった肌をなぞる。鍛えられた腹筋、しかし女性特有のしなやかな曲線を描く腰のライン。
自分を「ドレスの似合わない醜い女」だと思い込んできたセレフィーネにとって、彼の賛辞は媚薬よりも深く心に浸透した。
「あ……っ、ユ、ユリウス様……」
「ああ、そうだ。名前を呼べ。もっと、可愛く」
重なり合う体温。月光に照らされた銀髪が、彼女の視界を覆い尽くす。
セレフィーネは、背中に回された彼の腕に爪を立てた。痛いほどの快楽。頭のどこかではわかっていた。これは薬が見せる幻に過ぎない。
明日になれば、彼はまた「遊び人の副団長」に戻り、自分は「地味な女騎士」に戻るのだ。この夜は、自分を救うための「処置」でしかない。
けれど、それでもいい。
一生、彼に見向きもされないまま終わるはずだった人生に、こんな奇跡が一度だけ訪れたのなら。
セレフィーネは、涙で潤んだ瞳で彼を見上げ、その熱情の波に身を任せた。夜が更けるにつれ、控え室には断続的な甘い声と、激しい呼吸の音が響き続けた。
窓の外では、何も知らない王宮の衛兵たちが規則正しい足音を立てて巡回している。その静寂の中で、セレフィーネの心には、消えることのない鮮烈な烙印が刻まれていた。
この夜、剣を振るうことしか知らなかったセレフィーネという一人の女が、あまりにも鮮烈に、そして残酷なほど美しく開花した。
__________
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「セレフィーネか? その顔……。俺が呼ばれた理由は……」
ユリウスが歩み寄ってくる。彼の軍靴の音が床に響くたび、セレフィーネの心臓は破裂しそうなほど脈打った。
彼から漂う、洗練された香水の香りと、わずかに混じる煙草の匂い。それが今の彼女にとっては、どんな猛毒よりも理性を削る芳香となっていた。
「来るな!……来ないで、ください……」
「顔が真っ赤だ。熱があるのか?」
ユリウスの大きな手が、セレフィーネの額に触れる。
その瞬間、彼女の中から「騎士」としての矜持が音を立てて崩れ去った。
( 冷たい手。気持ちいい。もっと触れてほしい……)
セレフィーネは無意識に、彼の手に自分の頬を擦り寄せていた。
「……っ。媚薬か」
ユリウスの声に苦い色が混じる。彼は事態を察したようだった。
第一王女の護衛任務。そこで起きた騒動。セレフィーネが身代わりに媚薬を飲んだことも、彼は瞬時に理解したのだろう。
「下がって、ください。私は、自分で……なんとか……」
「馬鹿を言うな。この手の薬は、そんなに甘いもんじゃない。放っておけば高熱で脳が焼けるか、理性を失って誰彼構わず縋り付くことになるぞ」
ユリウスの瞳が、暗い光を帯びる。オリーブ色の瞳が、獲物を狙う獣のようにセレフィーネを射抜いた。
彼は遊び人だ。数多くの女性と浮名を流し、愛を信じず、ただ一夜の快楽を弄ぶ男。
セレフィーネのような、茶髪に茶目の平凡な外見で、男のように鍛えられた身体を持つ女など、彼の視界には入るはずもなかった。
昨日までは。
「セレフィーネ。俺が『処置』をしてやる。……いいな?」
「……そんな。副団長に、ご迷惑を……」
「迷惑だなんて思うなら、そんなに欲しそうな顔で見つめるな」
ユリウスの腕が、セレフィーネの細い腰を引き寄せる。騎士の服越しでもわかる、彼の逞しい胸板の厚み。
逃げなければならない。これは「事故」なのだ。
だが、彼の手が彼女の首筋を這い、耳元で甘い吐息を漏らしたとき、セレフィーネの思考は完全に停止した。
「責任は、俺が取る。……明日になれば、全部忘れていても構わん」
その言葉が、免罪符だった。セレフィーネは彼の首に腕を回し、その薄い唇に自分から吸い付いた。初めて知る、男の味。
ユリウスは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに獰猛な笑みを浮かべ、彼女を背後の寝台へと押し倒した。
カチリ、と硬い金属音が響く。
ユリウスが身に着けていた剣帯を外し、床に投げ捨てた音だ。
続いて、セレフィーネの騎士服のボタンが、震える指先によって一つ、また一つと外されていく。
「……意外だな。服の上からじゃわからなかったが、こんなに柔らかい」
彼の大きな手が、セレフィーネの露わになった肌をなぞる。鍛えられた腹筋、しかし女性特有のしなやかな曲線を描く腰のライン。
自分を「ドレスの似合わない醜い女」だと思い込んできたセレフィーネにとって、彼の賛辞は媚薬よりも深く心に浸透した。
「あ……っ、ユ、ユリウス様……」
「ああ、そうだ。名前を呼べ。もっと、可愛く」
重なり合う体温。月光に照らされた銀髪が、彼女の視界を覆い尽くす。
セレフィーネは、背中に回された彼の腕に爪を立てた。痛いほどの快楽。頭のどこかではわかっていた。これは薬が見せる幻に過ぎない。
明日になれば、彼はまた「遊び人の副団長」に戻り、自分は「地味な女騎士」に戻るのだ。この夜は、自分を救うための「処置」でしかない。
けれど、それでもいい。
一生、彼に見向きもされないまま終わるはずだった人生に、こんな奇跡が一度だけ訪れたのなら。
セレフィーネは、涙で潤んだ瞳で彼を見上げ、その熱情の波に身を任せた。夜が更けるにつれ、控え室には断続的な甘い声と、激しい呼吸の音が響き続けた。
窓の外では、何も知らない王宮の衛兵たちが規則正しい足音を立てて巡回している。その静寂の中で、セレフィーネの心には、消えることのない鮮烈な烙印が刻まれていた。
この夜、剣を振るうことしか知らなかったセレフィーネという一人の女が、あまりにも鮮烈に、そして残酷なほど美しく開花した。
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