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騎士爵家の激震
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王宮から我が家へと続く馬車の揺れが、今のセレフィーネには酷く場違いで、心地悪かった。
王城へと迎えに来た父・ダニエルと、兄・ケビン。二人は馬車の中で一言も発さず、ただ沈痛な面持ちで窓の外を眺めている。その沈黙は、セレフィーネを責めているのではなく、娘を、妹を、守りきれなかった自分たちへの憤りのように見えて、胸が痛んだ。
「……お父様、お兄様。申し訳ありません」
耐えきれず頭を下げたセレフィーネの声は、かすかに震えていた。
騎士爵家という、決して高くはない身分。それでも父は騎士団の副団長として誠実に勤め上げ、兄は補佐官として王宮に居場所を築いた。誇り高い家族の歴史に、自分の「不祥事」で泥を塗ってしまった。たとえそれが王女を守るための任務の結果だったとしても。
「……セレフィーネ。謝るな」
父ダニエルが、低く掠れた声で言った。その大きな手は、娘の筋肉質な拳をそっと包み込む。
「お前は騎士としての責務を果たした。王女殿下をお守りしたのだ。……ただ、その後の始末に、あのヴァルト侯爵家の放蕩息子が関わったことが……。娘一人の尊厳も守ってやれんとは。私は、どこまで不甲斐ない父親なんだ」
父の言葉に含まれた「放蕩息子」という響きに、セレフィーネは視線を落とした。
ユリウス・ヴァルト。
誰もが認める才気と美貌を持ちながら、決して一人の女性に定住しない「危険な男」。そんな男に、純潔を、そして今後の人生すべてを「責任」という名目で預けることの危うさを、父は誰よりも案じているのだ。
「あの男は、十歳の頃からの婚約者に裏切られた過去がある。それ以来、女を信じず、遊び歩いているのは有名な話だ。そんな男が、愛もなしに『責任』で我が妹を娶って、幸せにできるはずがない」
兄のケビンも、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。普段は温厚な彼が、これほどまでに剥き出しの敵意を見せるのは珍しい。
「セレフィーネ、今からでも陛下に申し出て、婚約を辞退することもできるんだぞ。お前なら、騎士を辞めても、どこか遠くの領地で静かに暮らすことだって……」
「……お兄様」
セレフィーネは小さく首を振った。
ユリウスに抱かれた昨夜、心と身体に刻まれた熱。それは媚薬が見せた幻だったかもしれない。けれど、冷徹な彼が「責任は俺が取る」と言ったときの、あの有無を言わせぬ強引さに、彼女の心は救われてしまったのも事実なのだ。
「私は、あの方をお慕いしていました。……だから、これでいいのです」
その言葉は、馬車の中に再び重い沈黙を連れてきた。娘の初恋が、最も残酷な形で叶ってしまったことを、家族は悟ったのだ。
家に着くと、母ダニエラが涙を浮かべてセレフィーネを抱きしめた。
レーゲン子爵家の長女で、実直な父と結婚した母。彼女にとって、娘が侯爵家という大貴族の家に嫁ぐために、門下の伯爵家へと「養女」として入り、そこから嫁ぐという複雑な手順は、輝かしい出世などではなく、娘を修羅場に送り出すような心地なのだろう。
「セレフィーネ、本当に貴方がいいと言うのなら、私は止めません。でもね……辛くなったら、いつでも帰ってきなさい。この家は、いつだって貴方の味方よ」
「……ありがとうございます、お母様」
家族の温かさが、かえってセレフィーネの胸を締め付ける。
自分は、この愛すべき家族のもとを離れ、冷たい氷のような瞳を持つ男の元へ行く。
数日後。正式な婚約の手続きが整い、セレフィーネはヴァルト侯爵家へと移動することになった。
身の回りの荷物は、騎士としての愛剣と、わずかばかりの身の回り品だけ。ドレスの一着も持たない彼女を、侯爵家から遣わされた豪華な馬車が迎えに来た。
そこに乗っていたのは、ユリウス本人ではなかった。彼からの伝言を携えた、年老いた執事だ。
「ユリウス様は現在、騎士団の公務で手が離せません。本日は私が、セレフィーネ様を館までご案内いたします」
( ああ、やっぱりそうなのね )
婚約が決まったばかりの婚約者を迎えに来ることすら、彼にとっては「公務」以下の優先順位。セレフィーネは悲しみを顔に出さないよう、騎士としての無表情を張り付かせ、馬車に乗り込んだ。
見送る父と兄の顔が遠ざかっていく。
( さようなら、私の安らぎ。……これから始まるのは、騎士としての戦いよりも、ずっと過酷な日々になるでしょうね )
セレフィーネは、自嘲気味に自分のごつごつとした指を見つめた。
これから向かう侯爵家。そして、未来には、ユリウスと浮名を流した美しい未亡人や、彼を狙う華やかな令嬢たちの視線が待ち受けている。
自分のような「女を捨てた女騎士」が、その場所に居場所を見つけられるはずがない。
だが、馬車が到着したヴァルト侯爵邸の門を潜ったとき。セレフィーネを待っていたのは、彼女の予想を裏切る、意外な光景だった。
________
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王城へと迎えに来た父・ダニエルと、兄・ケビン。二人は馬車の中で一言も発さず、ただ沈痛な面持ちで窓の外を眺めている。その沈黙は、セレフィーネを責めているのではなく、娘を、妹を、守りきれなかった自分たちへの憤りのように見えて、胸が痛んだ。
「……お父様、お兄様。申し訳ありません」
耐えきれず頭を下げたセレフィーネの声は、かすかに震えていた。
騎士爵家という、決して高くはない身分。それでも父は騎士団の副団長として誠実に勤め上げ、兄は補佐官として王宮に居場所を築いた。誇り高い家族の歴史に、自分の「不祥事」で泥を塗ってしまった。たとえそれが王女を守るための任務の結果だったとしても。
「……セレフィーネ。謝るな」
父ダニエルが、低く掠れた声で言った。その大きな手は、娘の筋肉質な拳をそっと包み込む。
「お前は騎士としての責務を果たした。王女殿下をお守りしたのだ。……ただ、その後の始末に、あのヴァルト侯爵家の放蕩息子が関わったことが……。娘一人の尊厳も守ってやれんとは。私は、どこまで不甲斐ない父親なんだ」
父の言葉に含まれた「放蕩息子」という響きに、セレフィーネは視線を落とした。
ユリウス・ヴァルト。
誰もが認める才気と美貌を持ちながら、決して一人の女性に定住しない「危険な男」。そんな男に、純潔を、そして今後の人生すべてを「責任」という名目で預けることの危うさを、父は誰よりも案じているのだ。
「あの男は、十歳の頃からの婚約者に裏切られた過去がある。それ以来、女を信じず、遊び歩いているのは有名な話だ。そんな男が、愛もなしに『責任』で我が妹を娶って、幸せにできるはずがない」
兄のケビンも、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。普段は温厚な彼が、これほどまでに剥き出しの敵意を見せるのは珍しい。
「セレフィーネ、今からでも陛下に申し出て、婚約を辞退することもできるんだぞ。お前なら、騎士を辞めても、どこか遠くの領地で静かに暮らすことだって……」
「……お兄様」
セレフィーネは小さく首を振った。
ユリウスに抱かれた昨夜、心と身体に刻まれた熱。それは媚薬が見せた幻だったかもしれない。けれど、冷徹な彼が「責任は俺が取る」と言ったときの、あの有無を言わせぬ強引さに、彼女の心は救われてしまったのも事実なのだ。
「私は、あの方をお慕いしていました。……だから、これでいいのです」
その言葉は、馬車の中に再び重い沈黙を連れてきた。娘の初恋が、最も残酷な形で叶ってしまったことを、家族は悟ったのだ。
家に着くと、母ダニエラが涙を浮かべてセレフィーネを抱きしめた。
レーゲン子爵家の長女で、実直な父と結婚した母。彼女にとって、娘が侯爵家という大貴族の家に嫁ぐために、門下の伯爵家へと「養女」として入り、そこから嫁ぐという複雑な手順は、輝かしい出世などではなく、娘を修羅場に送り出すような心地なのだろう。
「セレフィーネ、本当に貴方がいいと言うのなら、私は止めません。でもね……辛くなったら、いつでも帰ってきなさい。この家は、いつだって貴方の味方よ」
「……ありがとうございます、お母様」
家族の温かさが、かえってセレフィーネの胸を締め付ける。
自分は、この愛すべき家族のもとを離れ、冷たい氷のような瞳を持つ男の元へ行く。
数日後。正式な婚約の手続きが整い、セレフィーネはヴァルト侯爵家へと移動することになった。
身の回りの荷物は、騎士としての愛剣と、わずかばかりの身の回り品だけ。ドレスの一着も持たない彼女を、侯爵家から遣わされた豪華な馬車が迎えに来た。
そこに乗っていたのは、ユリウス本人ではなかった。彼からの伝言を携えた、年老いた執事だ。
「ユリウス様は現在、騎士団の公務で手が離せません。本日は私が、セレフィーネ様を館までご案内いたします」
( ああ、やっぱりそうなのね )
婚約が決まったばかりの婚約者を迎えに来ることすら、彼にとっては「公務」以下の優先順位。セレフィーネは悲しみを顔に出さないよう、騎士としての無表情を張り付かせ、馬車に乗り込んだ。
見送る父と兄の顔が遠ざかっていく。
( さようなら、私の安らぎ。……これから始まるのは、騎士としての戦いよりも、ずっと過酷な日々になるでしょうね )
セレフィーネは、自嘲気味に自分のごつごつとした指を見つめた。
これから向かう侯爵家。そして、未来には、ユリウスと浮名を流した美しい未亡人や、彼を狙う華やかな令嬢たちの視線が待ち受けている。
自分のような「女を捨てた女騎士」が、その場所に居場所を見つけられるはずがない。
だが、馬車が到着したヴァルト侯爵邸の門を潜ったとき。セレフィーネを待っていたのは、彼女の予想を裏切る、意外な光景だった。
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