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揺らぐ学園での立場
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学園の廊下を歩けば、刺すような視線と囁き声が追いかけてくる。
本来なら、同情の対象は婚約を解消されたカトリーヌお姉様のはずだった。けれど、その矛先は今、奇妙な角度で私――セリーヌへと向いている。
「ねえ、見た? さっき中庭で、カトリーヌ様がクロード様に支えられて泣いていらしたわ」
「お可哀想に。ジェラルド侯爵令息にあんなに惨い振られ方をして……。でも、クロード様って妹のセリーヌ様の婚約者でしょう?」
「セリーヌ様はしっかりしていらっしゃるもの。お姉様の危機に、婚約者を貸して差し上げているんじゃないかしら。……少し、冷たい気もするけれど……」
貸しているのではない。奪われているのだ。
だが、カトリーヌお姉様は学園でも徹底して「悲劇のヒロイン」だった。何も言い返さず、ただ儚げに微笑み、時折涙をこぼす。その沈黙が、暗黙のうちに私を「冷徹で義務的な強い妹」に仕立て上げていた。
三年生の女子生徒たちは、お姉様の計算高い「無自覚」に気づき、冷ややかな目を向けている。けれど、男子生徒や教師たちは、その脆さに絆されていた。特に、私の婚約者である二年生のクロード様は……。
「セリーヌ、ここにいたのか」
生徒会室の資料室で作業をしていた私を、クロード様が呼び止めた。その表情には、以前のような私への敬意は欠片もなかった。
「……クロード様。何か御用でしょうか。今は生徒会の予算案をまとめているのですが」
「また数字か。君は本当に、そればかりだな」
クロード様は溜息をつき、私の手元にある書類を忌々しげに見つめた。
「カトリーヌ様が、学園の温室で倒れそうになったんだ。ご自身が捨てられたあの日のことを思い出して、胸が苦しくなったらしい。……それなのに君は、こんな場所で平然とペンを動かしているのか?」
「私が行ったところで、お姉様の体調が良くなるわけではありません。それに、私は私の義務を果たしているだけです」
「その『義務』が、彼女を追い詰めているとは考えないのか! 完璧な妹の姿を見せつけられるたびに、彼女は自分の至らなさを責めて泣いているんだぞ!」
……私が、お姉様を追い詰めている? 何もせず、ただ泣いているだけの姉に配慮して、私も共に無能になれというのか。
クロード様の瞳に宿る熱。それは正義感に似た、独善的な庇護欲だった。
彼は、カトリーヌお姉様の涙を「守らなければならない純真さ」だと信じ込んでいる。そして、その対極にいる私を、彼女を傷つける「強固な障害」として敵視し始めていた。
「もういい。君に人の心を期待した僕が間違っていた」
背を向けて去っていくクロード様の背中に、私は言葉をかけることすらできなかった。
その時。
「……相変わらず、あの二年生の子爵令息は見る目がないな」
書類棚の陰から、低い声がした。
驚いて振り返ると、そこには同じ一年生で、公爵家の嫡男であるアルバート・トッテンハイムが壁に背を預けて立っていた。
「アルバート様……。聞いていらしたのですか」
「筒抜けだよ。あんな大声で怒鳴ればな」
アルバートは気の置けない友人の一人だ。成績優秀な彼は、私が生徒会で孤軍奮闘しているのを、いつも皮肉を交えながら手伝ってくれる。
「セリーヌ。君、あんな奴にまだ未練があるのか?」
「未練というより……。私たちが積み上げてきた時間が、こんなにも簡単に『儚さ』に負けてしまうことが、信じられないだけです」
「負けてないだろ。あいつが勝手にだけだ」
アルバートは歩み寄り、私の手からペンをひょいと取り上げた。
「顔色が悪いぞ。少しは休め。……君がどれだけこの学園の、そしてアトリー伯爵家の根幹を支えているか、分かっている奴はちゃんといる」
アルバートの真っ直ぐな視線に、胸の奥の氷が少しだけ解けるような気がした。公爵令息という立場の彼は、私の「強さ」を「可愛くない」とは言わなかった。
「……ありがとうございます、アルバート様」
「様は、やめろと言ってるだろ。……いいか、セリーヌ。あまり一人で背負い込むな。必要なら、俺の家の力を使ってもいい」
その言葉の裏に、友人以上の熱がこもっていることに、今の私は気づく余裕もなかった。
学園の喧騒の中、カトリーヌお姉様とクロード様の距離は、もはや「将来の義理の姉弟」の域を超えようとしていた。
__________
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本来なら、同情の対象は婚約を解消されたカトリーヌお姉様のはずだった。けれど、その矛先は今、奇妙な角度で私――セリーヌへと向いている。
「ねえ、見た? さっき中庭で、カトリーヌ様がクロード様に支えられて泣いていらしたわ」
「お可哀想に。ジェラルド侯爵令息にあんなに惨い振られ方をして……。でも、クロード様って妹のセリーヌ様の婚約者でしょう?」
「セリーヌ様はしっかりしていらっしゃるもの。お姉様の危機に、婚約者を貸して差し上げているんじゃないかしら。……少し、冷たい気もするけれど……」
貸しているのではない。奪われているのだ。
だが、カトリーヌお姉様は学園でも徹底して「悲劇のヒロイン」だった。何も言い返さず、ただ儚げに微笑み、時折涙をこぼす。その沈黙が、暗黙のうちに私を「冷徹で義務的な強い妹」に仕立て上げていた。
三年生の女子生徒たちは、お姉様の計算高い「無自覚」に気づき、冷ややかな目を向けている。けれど、男子生徒や教師たちは、その脆さに絆されていた。特に、私の婚約者である二年生のクロード様は……。
「セリーヌ、ここにいたのか」
生徒会室の資料室で作業をしていた私を、クロード様が呼び止めた。その表情には、以前のような私への敬意は欠片もなかった。
「……クロード様。何か御用でしょうか。今は生徒会の予算案をまとめているのですが」
「また数字か。君は本当に、そればかりだな」
クロード様は溜息をつき、私の手元にある書類を忌々しげに見つめた。
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「私が行ったところで、お姉様の体調が良くなるわけではありません。それに、私は私の義務を果たしているだけです」
「その『義務』が、彼女を追い詰めているとは考えないのか! 完璧な妹の姿を見せつけられるたびに、彼女は自分の至らなさを責めて泣いているんだぞ!」
……私が、お姉様を追い詰めている? 何もせず、ただ泣いているだけの姉に配慮して、私も共に無能になれというのか。
クロード様の瞳に宿る熱。それは正義感に似た、独善的な庇護欲だった。
彼は、カトリーヌお姉様の涙を「守らなければならない純真さ」だと信じ込んでいる。そして、その対極にいる私を、彼女を傷つける「強固な障害」として敵視し始めていた。
「もういい。君に人の心を期待した僕が間違っていた」
背を向けて去っていくクロード様の背中に、私は言葉をかけることすらできなかった。
その時。
「……相変わらず、あの二年生の子爵令息は見る目がないな」
書類棚の陰から、低い声がした。
驚いて振り返ると、そこには同じ一年生で、公爵家の嫡男であるアルバート・トッテンハイムが壁に背を預けて立っていた。
「アルバート様……。聞いていらしたのですか」
「筒抜けだよ。あんな大声で怒鳴ればな」
アルバートは気の置けない友人の一人だ。成績優秀な彼は、私が生徒会で孤軍奮闘しているのを、いつも皮肉を交えながら手伝ってくれる。
「セリーヌ。君、あんな奴にまだ未練があるのか?」
「未練というより……。私たちが積み上げてきた時間が、こんなにも簡単に『儚さ』に負けてしまうことが、信じられないだけです」
「負けてないだろ。あいつが勝手にだけだ」
アルバートは歩み寄り、私の手からペンをひょいと取り上げた。
「顔色が悪いぞ。少しは休め。……君がどれだけこの学園の、そしてアトリー伯爵家の根幹を支えているか、分かっている奴はちゃんといる」
アルバートの真っ直ぐな視線に、胸の奥の氷が少しだけ解けるような気がした。公爵令息という立場の彼は、私の「強さ」を「可愛くない」とは言わなかった。
「……ありがとうございます、アルバート様」
「様は、やめろと言ってるだろ。……いいか、セリーヌ。あまり一人で背負い込むな。必要なら、俺の家の力を使ってもいい」
その言葉の裏に、友人以上の熱がこもっていることに、今の私は気づく余裕もなかった。
学園の喧騒の中、カトリーヌお姉様とクロード様の距離は、もはや「将来の義理の姉弟」の域を超えようとしていた。
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