「親友だから分かってくれるよね?」と泣いた二人〜無自覚な善意で私を壊した〜

恋せよ恋

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周囲と言う名の共犯者

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 あの日から一週間。私は、まるで泥の中に沈んでいるような感覚で日々を過ごしていた。

 カイルとの婚約解消に向けた事務的な話し合いが必要なのに、彼からの連絡はいつもどこかズレている。

『リリア、落ち着いたかな? 君に辛い思いをさせたことは本当に申し訳なく思っている。でも、ミーナも君を失うことを恐れて毎日泣いているんだ。彼女を許してあげてくれないか。僕たちの関係が、君と彼女の友情を壊す理由にはしたくないんだ』

 謝罪の言葉の皮を被った、あまりにも一方的な要求。彼は気づいていない。不倫をした時点で、友情など粉々に砕け散っていることに。

 重い足取りで職場に向かうと、フロアの空気がいつもと違っていた。

 同僚たちがヒソヒソと話し、私と目が合うと気まずそうに逸らす。
「あ、リリアさん。おはようございます……」
 後輩の女の子が、どこか同情と――そして微かな蔑みを含んだ視線を向けてきた。

 嫌な予感がして、休憩室へ向かう。そこには、すでにお花畑の「勝者」が降臨していた。
「……そうなの。本当に申し訳なくて。リリアは私の宝物だったから、彼女を傷つけるくらいなら、私、自分の命を絶ったほうがマシだって思ったくらい……」
 ミーナだった。

 彼女は同僚たちに囲まれ、ハンカチで目元を拭いながら熱弁を振るっている。
「でも、カイル様が『嘘をついて生きる方がリリアを侮辱することになる』って。……私たち、一生かけてリリアに償っていくって決めたの。不誠実な愛より、苦しまれる誠実な告白を選んだ二人の勇気を信じようって……」

 周囲の人間が、感銘を受けたように溜息をつく。
「ミーナさんも辛かったわね」
「正直に話すなんて、なかなかできることじゃないよ。リリアさんも、今はショックだろうけど、いつか二人の真実の愛を分かってくれるはずだよ」

 吐き気がした。
 一歩踏み出し、私は輪の中に割って入った。

「ミーナ。何をしているの」
 冷たい私の声に、ミーナは肩を大きく跳ねさせた。そして、救いを見つけた聖母のような顔で私に駆け寄ってくる。

「リリア! よかった、顔色が悪いわ。ちゃんと食べてる? 私、あなたが心配で……昨日もカイル様と、リリアに何を贈れば元気が戻るか一晩中話し合ったのよ」

「……私の職場に来て、何を言いふらしているの。不貞を働いた報告を、他人に吹聴して回るのがあなたの言う『誠実さ』なの?」
 私の正論に対し、周囲の空気が一変した。

 同僚の一人が、咎めるような口調で口を開く。
「リリアさん、それは言い過ぎじゃないかな。ミーナさんはこんなに君のことを心配して、勇気を出して説明に来てくれたんだよ?」
「そうだよ。誰だって人を好きになる気持ちは止められないだろう? 隠れてコソコソされるより、ずっと立派だよ」

 立派。浮気を公表することが、立派。
 この世界は、いつからこんなに歪んでしまったのだろう。

「リリア、怒るのも無理はないわ。でも、どうか自分を責めないで」
 ミーナが私の手を握ろうとする。私は反射的にその手を叩き落とした。

 パチン、と乾いた音が響く。

「……っ」
 ミーナは打たれた手を押さえ、信じられないものを見るような目で私を見た。その瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

「リリア……そんな、乱暴なことするなんて。あなたはもっと、優しくて気高い人だったはずよ……!」
「そうだぞ、リリア! 暴力は良くない!」
 背後から聞き慣れた声がした。カイルだ。

 彼はいつの間に来ていたのか、泣き崩れるミーナを抱きとめ、私を鋭い眼光で射抜いた。
「君が傷ついているのは分かる。だが、ミーナは君を愛しているからこそ、こうして足を運んだんだ。その真心を踏みにじるなんて、君はそんなに心の狭い女だったのか?」

「心の、狭い……?」
「ああ。僕たちは罪を認めている。謝っている。これ以上、何を望むんだ? 謝罪を受け入れず、悲劇のヒロインを気取って周りを困らせるのが君の目的か?」
 カイルの言葉は、周囲の人間たちの心の声を代弁していた。

 彼らの目には、今や「恋に落ちた純粋な二人」と「執念深く二人を許さない悪女」という構図が出来上がっている。

「リリア。君との幼馴染としての絆は、こんなことで壊れるほど脆いものだったのかい? 僕は悲しいよ。君には、僕たちの幸せを一番に祝福して欲しかったのに」

 祝福。婚約者を寝取った親友と、自分を捨てた男の結婚を、笑顔で祝えと言うのか。
 二人の瞳には、一点の曇りもない「善意」が宿っている。
 彼らは本気で、自分たちが被害者であり、私に救いの手を差し伸べているつもりなのだ。

「……もう、いいわ」
 私は震える声でそう告げた。

 ここに私の居場所はない。この街の、この人たちの常識の中に、私の居場所はもう存在しない。彼らの「善意」は、刃物よりも鋭く私の心を削り取っていく。

 私はカイルとミーナを、そして無責任に同情の声を上げる同僚たちを一瞥し、背を向けた。

「リリア! どこへ行くんだ、話し合いはまだ……!」
 カイルの声が背中に刺さる。

「逃げるなんて卑怯よ、リリア! ちゃんと仲直りしましょうよ!」
 ミーナの泣き声が追いかけてくる。

 私は走った。耳を塞ぎ、涙を堪えて。

 ――分かっている。

 今、この瞬間、彼らは「リリアはまだ混乱しているんだね、可哀想に」と互いを慰め合っているに違いない。

 その無自覚な厚かましさが、いつか彼ら自身を奈落へ突き落とす呪いになるとも知らずに。
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