「親友だから分かってくれるよね?」と泣いた二人〜無自覚な善意で私を壊した〜

恋せよ恋

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決別の日は、雨

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 職場を飛び出した私の頬を、冷たい雨が叩いた。皮肉なものだ。カイルと出会ったあの日も、今日のような雨だった。

 幼馴染という関係に甘えていたのは、私の方だったのかもしれない。彼は昔から、少し世間知らずで理想主義的なところがあった。そんな彼を支え、現実的な問題を裏で片付けてきたのは私だ。

 彼が騎士団の副隊長として昇進できたのも、私が彼の事務作業を手伝い、上官への贈り物や根回しを完璧にこなしてきたからこそ。

「……全部、無駄だった」
 ぬかるんだ道を歩きながら、私は自嘲した。

 新居として借りたあの家には、私の選んだ家具、私の貯金で買った生活用品、私の人脈で手配した高級な壁紙が揃っている。

 そこに今、ミーナが「親友としてリリアを支えたい」という名目で居座っているのだ。一度、荷物を引き取るために新居へ戻らなければならない。

 私は意を決して、合鍵を差し込み、扉を開けた。
「あら、リリア! お帰りなさい!」

 リビングから飛び出してきたのは、エプロン姿のミーナだった。
 驚いたことに、すでに家に帰宅していた彼女はまるで自分の家であるかのように、私のキッチンで料理をしていた。漂ってくるのは、カイルの好物であるシチューの香り。

「勝手に入ってごめんなさいね。でも、リリアが元気をなくしていると思って、精のつくものを作っておこうと思って。あ、そのカーテン、少し暗いから私の好きなパステルピンクに変えておいたわよ。こっちの方が『私たち』の新しい生活に相応しいと思って!」

 視線を向けると、私がお気に入りの職人に特注した落ち着いたネイビーのカーテンが、安っぽいフリルのついたピンクのものに替えられ、床にゴミのように丸めて捨てられていた。

「……私の荷物を、取りに来ただけよ」
「そんなこと言わないで。今夜はカイル様も早く帰るって。三人でテーブルを囲めば、きっと昔みたいに笑い合えるわ。私たちが付き合っても、リリアが親友であることに変わりはないんだから」
 ミーナは本気でそう言っている。

 不倫相手の女と、裏切られた元婚約者と、その男。三人が一つ屋根の下で仲良く食事をする。そんな狂った光景を、彼女は「美しい友情の再構築」だと信じているのだ。

 そこへ、仕事帰りのカイルが帰宅した。彼は私を見て一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。
「リリア、戻ってきてくれたんだね。ミーナから聞いたよ、君がまだ怒っているって。でも、こうして家に来てくれたということは、僕たちの気持ちを汲んでくれる決心がついたんだろう?」

「荷物を、まとめに来たと言っているの」
 私は寝室へ向かおうとしたが、カイルに腕を掴まれた。

「リリア、いい加減にしてくれ。君が去ったら、この家はどうなるんだ? 家賃の半分は君が払う約束だろう? 君がいなくなったら、僕たちの新しい生活が苦しくなってしまう」

「……は?」
 耳を疑った。
 婚約を破棄しておきながら、家賃は予定通り私に払えと言うのか。

「だって、リリアは僕たちの幸せを願ってくれているんだろう? なら、少しの間の支援だと思って……それに、君は昇進して給料も上がったばかりだ。貯金もたくさんあるじゃないか。ミーナは家事が得意だけど、稼ぎは少ない。僕たちの愛を育むために、君の助けが必要なんだ」
 カイルの瞳は、どこまでも澄んでいた。

 悪気など微塵もない。彼は、私が彼を愛しているからこそ、彼の幸せ(=不倫相手との生活)を助けるのが「当然の献身」だと思っているのだ。

「カイル様の言う通りよ、リリア。私たち、あなたに感謝してもしきれないわ。あ、ついでに言うと、来月の私の誕生会、あなたの伝使ってあの有名レストラン予約しておいてくれない? 親友の頼みだもん、断らないわよね?」

 プツン、と。
 私の中で、何かが音を立てて切れた。

 悲しみでもない。絶望でもない。それは、猛烈な「呆れ」だった。
 どうして私は、こんな救いようのない馬鹿二人を愛し、大切に思っていたのだろう。この人たちは「善人」なのではない。自分にとって都合の良い解釈しかできない、「想像力の欠如した怪物」なのだ。

「……分かったわ」
 私は無表情に言った。

 カイルとミーナが、ぱぁっと顔を輝かせる。
「分かってくれると思ったよ! やっぱりリリアは最高の幼馴染だ!」
「大好きよ、リリア! これからもずっと一緒ね!」

 抱きついてこようとするミーナをかわし、私はカバンを掴んだ。荷物なんて、もういい。ここに置いてあるものは、すべて泥を塗られた汚物と同じだ。
「ええ。もう二度と、あなたたちの前には現れないわ」

「え? リリア、何を言って――」
 私は返事もせず、新居の合鍵を玄関の床に叩きつけた。そのまま、一度も振り返らずに雨の中へ飛び出した。

 背後で二人の「どうしたの?」「照れてるのかな?」という暢気な声が聞こえた気がしたが、それも雨音にかき消された。

 私はその足で、あらかじめ連絡しておいた「知人」のもとへ向かった。
 かつてカイルが「仕事が厳しすぎる」と毛嫌いし、私が内密に事務処理のフォローを入れていた、冷徹な実力派――騎士団長・グレイヴ閣下のもとへ。
 彼なら、私の実力を正当に評価してくれる。そして、私という「盾」を失ったカイルが、どれほどの無能を晒すかも熟知している。

「……閣下。先日のお話、お受けします。この街を離れ、辺境領の開拓事務官として赴任いたします。ただし、条件が一つ」
 雨に濡れた私を、グレイヴ閣下は鋭い、けれどどこか慈悲のある目で見つめた。

「申してみよ」
「私がこれまで処理してきた、カイル・クロムの全業務記録……それから、私の名義で支払っている彼の公私混同のツケを、すべて適正に処理してください。一分の慈悲も、『善意』も必要ありません」
 
 私の言葉に、閣下は微かに口角を上げた。
「承知した。……君を失った後の彼らが、どう『善人』として振る舞うか、見ものだな」

 雨はいつの間にか止んでいた。
 私は、自分を縛り付けていた「親友」と「幼馴染」という名の鎖を、完全に解き放った。
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