7 / 17
清算と約束
しおりを挟むチャーチル公爵家のサロンは豪奢な造りながら、趣味の良い落ち着きと温かみに満ちていた。少し開けられた窓から入り込む風に、瀟洒なレースのカーテンが揺れる。
紅茶の芳しい香りが立ちのぼり、ソファに腰掛け、かしこまっているオレーリアの緊張と憂鬱な気分を、幾分かは和らげていた。
「今日は、わざわざ当家まで足を運んでもらって、すまなかったね」
エドワードの、半ば強制とも言える招待を断ることはできず、オレーリアはチャーチル公爵家を訪れざるを得なかった。せっかくの休日を、重苦しい緊張に耐えながら過ごすことになる。
オレーリアがサロンに通されてほどなく、エドワードが姿を現した。それから紅茶と茶菓子が用意され、侍女と家令が退室する。人払いであろうが、未婚で婚約関係にもない男女が密室に共にいるなど常識外れだが……オレーリアに発言権はなかった。
「早速だが、あらためて、あの夜のことを謝罪させてほしい。すまなかった」
そう言って、エドワードは頭を下げた。
チャーチル公爵家のサロンで、公爵家嫡男であるエドワードが頭を下げたことに、オレーリアは大きく動揺した。何か言おうとするものの、緊張で口が乾き、言葉が出てこない。
「思い出したくないことだとは十分理解しているが……確認させてほしい。あの夜のことだ……」
“冷酷”と評されることの多い、端正で冷たい表情を浮かべ、エドワードはオレーリアをまっすぐに見据えた。
「なぜ、あの場に?」
オレーリアは緊張と混乱の中、弱々しくも震える声で、あの夜の経緯を語った。
「そうか……やはり、オーランドの早とちりか……。さぞ混乱し、怖かっただろう。すまなかった」
エドワードは、あらためて謝罪の言葉を口にした。
「……それと。……医務室に行かなかったのは……身体は大丈夫だったのか。……その……薬は」
仕事においては優秀で容赦ないエドワードにしては、遠回しな問いかけであり、そこにわずかな気遣いが感じられた。
「ご心配には及びません。もしもの事態に備えて、母から託されていた……“避妊薬”を服用いたしました。……医務室へは、診療記録から身元が判明することを恐れて、受診できませんでした」
当時のオレーリアの体調を思い、エドワードの眉間に皺が寄る。
「……そうか。それは、すまなかった……」
二人の間に気まずい沈黙が流れた後、その静寂を破るように、エドワードが今日の訪問の核心を切り出した。
「……償わせてほしい。……金銭での補償を提示する。――これを」
そう言って、エドワードは小切手を差し出した。金額欄は空白のままだった。
オレーリアは目を見開き、金銭による慰謝料の提示に、明らかに傷ついた表情を浮かべた。
「……君を傷つけたことは事実だ。貴族女性にとって、純潔が重要であることは理解している。それを奪ってしまった責任を、取らせてほしい」
エドワードの申し出に、オレーリアは唇を噛み、膝の上で拳を握りしめた。
「……慰謝料は、お互いの気持ちの清算として受け取ります。ただし、金銭ではなく、ノーフォーク伯爵家への支援という形でお願いできませんでしょうか……。現在、父セバスが病床に伏しており、領の統治が滞っています。政務は父の姉であるジャニス・ブルターヌ侯爵夫人の助力で補われておりますが、うまく機能しておらず……。恥を承知で、お力添えをお願いできますでしょうか」
“金銭ではなく支援を”という申し出に、エドワードは正直、意外に思った。ノーフォーク伯爵家は金銭的に困窮していると考えていたからだ。それが人的支援による、継続的な関わりを望むとは――なぜか、その選択が妙に心に残った。
「わかった。チャーチル公爵家から、財政と領政を指揮できる者を派遣しよう。毎月、報告を上げさせる。オレーリア嬢も一緒に確認していこう。……それで、いいかな?」
「……ありがとうございます。……どうぞ、よろしくお願いいたします」
了承の言葉を口にするオレーリアの表情が、なお硬く翳っていることを、エドワードは気に留めていた。
こうして、あの夜の謝罪と清算の場は終わった――はずだった。
◇◇◇
エドワードは、オレーリア嬢への謝罪を終えたことを、エイドリアンをはじめとする親友三人に報告した。その際、慰謝料としてノーフォーク伯爵家への人的支援を約束したことも、あわせて伝える。
「そうか。オレーリア嬢は、謝罪を受け入れてくれたのだな。ひとまず、解決ということでいいかな。……形は違えど、二人とも被害者だしな」
エイドリアンの言葉に、皆が静かに頷き、それぞれがエドワードに気遣いの視線を向けた。
王宮内ですれ違うたび、エドワードはオレーリアに対して、わずかな気まずさと、それ以上に言葉にしがたい思いを抱いていた。
切なさ、罪悪感、ときめき、執着、独占欲――そして、焦がれるような想い。エドワード自身、なぜこれほどまでにオレーリアに惹かれるのか分からず、困惑している。
彼女との関わりは、最低限の挨拶を交わす程度しかない。それさえも、視線を伏せるオレーリアの表情はうかがい知れず、まるで避けられているかのような印象を受ける。
学生時代の彼女の面影を思い出すこともあれば、あの夜の朧げな記憶の中で、涙を浮かべていた少女の横顔がよみがえることもある。
そして、王宮ですれ違う際に目にする、今の彼女の制服姿。どうしてこうもオレーリアに心を引かれるのか――ふとした瞬間に、彼女のことを思い出してしまうのだった。
明日は、ノーフォーク領の定期報告のため、オレーリアがチャーチル公爵家を訪れる日だ。
エドワードの心は、すでにオレーリアを求めていた――。
____________________
あなたの
エール📣
いいね❤️
お気に入り⭐
が、作者のMP(生命力)をゴリゴリ回復させます🧙♀️✨
1,141
あなたにおすすめの小説
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる
ラム猫
恋愛
王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています
※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』
みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」
皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。
(これは"愛することのない"の亜種?)
前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。
エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。
それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。
速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──?
シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。
どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの?
※小説家になろう様でも掲載しています
※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました
※毎朝7時に更新していく予定です
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる