婚約破棄された王宮女官―人違いの媚薬の夜から、側近公爵令息の執着が始まりました

恋せよ恋

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清算と約束

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 チャーチル公爵家のサロンは豪奢な造りながら、趣味の良い落ち着きと温かみに満ちていた。少し開けられた窓から入り込む風に、瀟洒なレースのカーテンが揺れる。
 
 紅茶の芳しい香りが立ちのぼり、ソファに腰掛け、かしこまっているオレーリアの緊張と憂鬱な気分を、幾分かは和らげていた。

「今日は、わざわざ当家まで足を運んでもらって、すまなかったね」

 エドワードの、半ば強制とも言える招待を断ることはできず、オレーリアはチャーチル公爵家を訪れざるを得なかった。せっかくの休日を、重苦しい緊張に耐えながら過ごすことになる。

 オレーリアがサロンに通されてほどなく、エドワードが姿を現した。それから紅茶と茶菓子が用意され、侍女と家令が退室する。人払いであろうが、未婚で婚約関係にもない男女が密室に共にいるなど常識外れだが……オレーリアに発言権はなかった。

「早速だが、あらためて、あの夜のことを謝罪させてほしい。すまなかった」

 そう言って、エドワードは頭を下げた。

 チャーチル公爵家のサロンで、公爵家嫡男であるエドワードが頭を下げたことに、オレーリアは大きく動揺した。何か言おうとするものの、緊張で口が乾き、言葉が出てこない。

「思い出したくないことだとは十分理解しているが……確認させてほしい。あの夜のことだ……」

 “冷酷”と評されることの多い、端正で冷たい表情を浮かべ、エドワードはオレーリアをまっすぐに見据えた。

「なぜ、あの場に?」

 オレーリアは緊張と混乱の中、弱々しくも震える声で、あの夜の経緯を語った。

「そうか……やはり、オーランドの早とちりか……。さぞ混乱し、怖かっただろう。すまなかった」

 エドワードは、あらためて謝罪の言葉を口にした。

「……それと。……医務室に行かなかったのは……身体は大丈夫だったのか。……その……薬は」

 仕事においては優秀で容赦ないエドワードにしては、遠回しな問いかけであり、そこにわずかな気遣いが感じられた。

「ご心配には及びません。もしもの事態に備えて、母から託されていた……“避妊薬”を服用いたしました。……医務室へは、診療記録から身元が判明することを恐れて、受診できませんでした」

 当時のオレーリアの体調を思い、エドワードの眉間に皺が寄る。

「……そうか。それは、すまなかった……」

 二人の間に気まずい沈黙が流れた後、その静寂を破るように、エドワードが今日の訪問の核心を切り出した。

「……償わせてほしい。……金銭での補償を提示する。――これを」

 そう言って、エドワードは小切手を差し出した。金額欄は空白のままだった。

 オレーリアは目を見開き、金銭による慰謝料の提示に、明らかに傷ついた表情を浮かべた。

「……君を傷つけたことは事実だ。貴族女性にとって、純潔が重要であることは理解している。それを奪ってしまった責任を、取らせてほしい」

 エドワードの申し出に、オレーリアは唇を噛み、膝の上で拳を握りしめた。

「……慰謝料は、お互いの気持ちの清算として受け取ります。ただし、金銭ではなく、ノーフォーク伯爵家への支援という形でお願いできませんでしょうか……。現在、父セバスが病床に伏しており、領の統治が滞っています。政務は父の姉であるジャニス・ブルターヌ侯爵夫人の助力で補われておりますが、うまく機能しておらず……。恥を承知で、お力添えをお願いできますでしょうか」

 “金銭ではなく支援を”という申し出に、エドワードは正直、意外に思った。ノーフォーク伯爵家は金銭的に困窮していると考えていたからだ。それが人的支援による、継続的な関わりを望むとは――なぜか、その選択が妙に心に残った。

「わかった。チャーチル公爵家から、財政と領政を指揮できる者を派遣しよう。毎月、報告を上げさせる。オレーリア嬢も一緒に確認していこう。……それで、いいかな?」

「……ありがとうございます。……どうぞ、よろしくお願いいたします」

 了承の言葉を口にするオレーリアの表情が、なお硬く翳っていることを、エドワードは気に留めていた。
 
 こうして、あの夜の謝罪と清算の場は終わった――はずだった。

◇◇◇

 エドワードは、オレーリア嬢への謝罪を終えたことを、エイドリアンをはじめとする親友三人に報告した。その際、慰謝料としてノーフォーク伯爵家への人的支援を約束したことも、あわせて伝える。

「そうか。オレーリア嬢は、謝罪を受け入れてくれたのだな。ひとまず、解決ということでいいかな。……形は違えど、二人とも被害者だしな」

 エイドリアンの言葉に、皆が静かに頷き、それぞれがエドワードに気遣いの視線を向けた。



 王宮内ですれ違うたび、エドワードはオレーリアに対して、わずかな気まずさと、それ以上に言葉にしがたい思いを抱いていた。
 切なさ、罪悪感、ときめき、執着、独占欲――そして、焦がれるような想い。エドワード自身、なぜこれほどまでにオレーリアに惹かれるのか分からず、困惑している。

 彼女との関わりは、最低限の挨拶を交わす程度しかない。それさえも、視線を伏せるオレーリアの表情はうかがい知れず、まるで避けられているかのような印象を受ける。

 学生時代の彼女の面影を思い出すこともあれば、あの夜の朧げな記憶の中で、涙を浮かべていた少女の横顔がよみがえることもある。
 そして、王宮ですれ違う際に目にする、今の彼女の制服姿。どうしてこうもオレーリアに心を引かれるのか――ふとした瞬間に、彼女のことを思い出してしまうのだった。

 明日は、ノーフォーク領の定期報告のため、オレーリアがチャーチル公爵家を訪れる日だ。

 エドワードの心は、すでにオレーリアを求めていた――。

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