婚約破棄された王宮女官―人違いの媚薬の夜から、側近公爵令息の執着が始まりました

恋せよ恋

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許されぬまま、そばに

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 シャーロットは、一瞬だけ逡巡した――この男に、オレーリアを託して本当に大丈夫なのか。

 丁寧な物腰。冷静な声音。表面だけを見れば、非の打ちどころはない。だが、医師として、そして女性として、オレーリアの反応が気になった。

(……少なくとも、今の彼女は、エドワードを“安全”だとは感じていない)

 だが同時に、ここで露骨に拒むことが、オレーリアをさらに追い詰める結果になる可能性も理解していた。

――選べるのは、最善ではなく、次善。

 シャーロットは静かに息を整え、医師としての顔に戻る。

「……途中で少しでも具合が悪くなったら、すぐに休ませてください。無理はさせないで」

 それは許可であり、同時に――警告でもあった。

 そして、オレーリアの様子――俯いたまま強張る肩、ぎゅっと握り締められた指先、その微かな震えを見て、医師としての判断を下す。

「……歩けそうかしら、オレーリア様」

 名を呼ばれ、オレーリアはびくりと身を震わせ、小さく頷いた。

「……はい。少し、休めば……大丈夫です」

 その声はかすれていた。

 シャーロットは、エドワードへと視線を移す。
 丁寧で、穏やかな表情。だが、その立ち姿が、今のオレーリアにとってどれほどの圧迫であるかを、彼女はもう疑っていなかった。

「では……女官寮まで、お送りいただけますか。途中で具合が悪くなったら、すぐに休ませてください」

「もちろんです」

 エドワードは即座に応じた。その声に、悪意はない。――だからこそ、余計に厄介だった。

 オレーリアは立ち上がろうとして、足元がふらつく。反射的に、エドワードが手を伸ばしかけた。

「……っ」

 その瞬間、オレーリアの身体が強くこわばった。

 触れられる前に、彼女は一歩引く。その仕草は、拒絶というより――恐怖だった。

 エドワードの手が、宙で止まる。

「……すまない」

 低く、抑えた声。

 それ以上、彼は距離を詰めなかった。オレーリアの横ではなく、半歩後ろを歩く。

 女官寮へと続く廊下は、ひどく長く感じられた。

 石畳に響く靴音。
 沈黙。
 息遣いだけが、やけに大きく聞こえる。

 オレーリアは、前だけを見て歩いていた。決して振り返らない。背後にいるエドワードを、視界に入れないように。

(……早く……早く、部屋に……)

 エドワードは、その背中から目を離せなかった。

 細い肩。以前より、明らかに痩せた背中。わずかに震える歩調。

(……俺は……)

 声をかけたい。何か言わなければならない気がする。
 だが――どんな言葉も、彼女を縛る鎖にしかならないことを、本能が理解していた。

 女官寮に到着すると、オレーリアは扉の前で立ち止まり、振り返らずに小さく頭を下げた。

「……ありがとうございました。もう、大丈夫ですので」

 それだけ言って、鍵を開け、部屋に入る。扉が閉まる音は、静かだった。

 ――けれど。

 その音は、エドワードの胸に、重く突き刺さった。

 閉ざされた扉の前で、彼はしばらく動けずに立ち尽くしていた。

 謝罪も、償いも、守るという言葉さえも。今の彼女にとっては、すべてが「恐怖」なのだと。理解してなお、それでも、彼女を手放せない自分に――エドワードは、気づき始めていた。



 扉の内側で、オレーリアはくず折れるように背を預け、そのまま座り込んだ。

 エドワードの謝罪は、確かに受け取った。媚薬に侵されていたとはいえ、彼が自らの行いを悔い、反省していることも、十分すぎるほど伝わっている。

――わかる。わかっているのだ。

 それでも、怖い。

 身体が、あの夜の恐怖を覚えている。理屈とは無関係に、指先が、肩が、無自覚に小さく震えてしまう。

 どうすればいいのか。どうすべきなのか。オレーリア自身にも、もう分からなかった。



 閉ざされた扉の前で、エドワードは立ち尽くしていた。
 中から物音はしない。それが、余計に胸を締めつける。

 ――拒まれた。

 いや、拒まれて当然だ。彼女の恐怖も、怯えも、震えも、すべて自分が与えたものなのだから。

(……分かっている)

 謝罪を受け取ってもらえたことと、恐怖が消えることは、まったく別だ。頭では理解している。理屈では、何度でも繰り返せる。

 それでも。医務室で見た、あの反応。手を伸ばしかけただけで、凍りついたように強張った身体。触れられる前から、逃げる準備をしていた視線。

(……俺は……そこまで……)

 言葉にしようとした瞬間、胸の奥がひりついた。

 ――違う。「そこまで」ではない。そこまで、傷つけたのだ。

 善意も、配慮も、距離を取るという選択さえも。今の彼女にとっては、すべてが“恐怖の延長”に過ぎない。

 それが、痛かった。

 彼女の恐怖を思えば、この痛みなど取るに足らない。そう、何度でも自分に言い聞かせる。

 だが――扉の向こうで、彼女が震えていると想像するたび、同時に「もう二度と、近づけないのかもしれない」という思いが、胸を抉った。

(……許されたい、なんて……)

 そんな資格はない。分かっている。

 それでも、完全に拒絶されたという事実だけが、重く、静かに、彼の心を圧迫していた。
 扉に手を伸ばすことは、できなかった。名前を呼ぶことも、できなかった。ただ、その場を離れることだけが、今の彼に許された、唯一の選択だった。

 背を向け、歩き出しながら、エドワードは思う。

 ――これは、彼女の拒絶だ。そして同時に、自分が背負うべき“罰”なのだと。それでもなお、胸の奥で疼くこの痛みが、消える気配は、まったくなかった。

◇◇◇

 チャーチル公爵家のサロンで、オレーリアはエドワードと向き合っていた。

 手元には、エドワードが派遣した侍従から届いた、今月分の報告書がある。ノーフォーク領の運営について、細かな状況が詳細に記されていた。

「領政は順調だ。家令とも連携が取れている。お父君――セバス伯爵の病状も回復に向かっていて、今月は床を離れられる日もあったそうだ。弟君リオネル殿の教育も問題ない。……総じて、うまくいっていると言っていいだろう。安心したよ」

 エドワードは、淡々と、しかし丁寧に報告を読み上げる。

 オレーリアもまた、父セバスの体調が少しずつでも快方へ向かっていることが、心から嬉しかった。思わず、というように、自然と表情が緩む。

 その一瞬の笑顔に、エドワードは息を呑んだ。

(……オレーリア嬢が、笑った)

 それは、彼の前で初めて見せた、取り繕いのない笑顔だった。

 二人の関係は、急激に変わることはない。けれど、時間の経過とともに、少しずつ――本当に少しずつ。

 ぎこちなさを伴いながらも、”普通の元同級生“と呼べる距離へと、静かに近づいていった。
 
 それは、時が与える薬。焦らず、抗わず、ただ流れるままに。癒えぬ傷も、こわばった心も、
少しずつ、少しずつ、輪郭を失っていく。
 二人の距離が縮まったのではない。ただ、時間が、棘を鈍らせただけだ。――時薬(ときぐすり)だ。

_________________

オレーリアが元気になれば嬉しいです😭

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が、作者のMP(生命力)をゴリゴリ回復させます🧙‍♀️✨





 
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