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仕組まれた婚約破棄
会場へと戻る私の足取りは、先ほどまでの「ルンルン気分」とは程遠い、まるで処刑台へ向かう罪人のようだった。隣で私の腰を抱くアルバート殿下の腕が、やけに熱い。
(……思い返せば、違和感しかなかったのよ。あの二人の『真実の愛』とやらには)
数年前のことだ。王宮の図書塔で、私はアルバート殿下から一冊の分厚い本を借りた。背表紙には『王国初期婚姻法典』とあり、見るからに可愛げのない代物だった。
その時、彼は何気ない風を装って、私の耳元で囁いたのだ。
『アリステア、この国の婚姻法にはね、本人の合意がなくとも、国王の特権で結べる“特別な契約”があるんだよ。……面白いと思わないかい?』
当時の私は、「へぇー、王族って大変なんですね(棒読み)」と聞き流していた。まさか、その特権が数年後に自分を搦め捕るための「合法的な罠」として用意されていたなんて、誰が想像できるだろうか。
この男、あの時から既に、私をエドワードから強奪する算段を立てていたのだ。
(ぐぬぬ……。あの日から、私のスローライフ計画は詰んでいたというの!?)
さらに、点と点が線になって繋がっていく。
エドワードとメラニア様が密会していたあの温室。あそこは、王太子であるアルバート殿下の管轄下にある場所だ。あんなに警戒心の欠片もない馬鹿な弟が、人目につかない完璧な密会場所を自力で見つけられるはずがない。
(……あー、やっぱり。あの温室の使用許可を、さりげなくエドワードに流したのはこの魔王ね。そして、今日の卒業パーティーという最悪のタイミングで爆発するように、導火線に火をつけたのも!)
メラニア侯爵令嬢も、自分が王太子に飽きられ、第二王子に愛された「ヒロイン」だと思い込んでいただろうが、とんだ勘違いだ。彼女は、アルバート殿下が邪魔なフォドワード侯爵家を一掃するために用意した、ただの「毒餌」に過ぎなかったのだから。
会場の大きな扉が、衛兵の手によって左右に開かれる。
中では、エドワードとメラニアが、まだ自分たちが勝者であるかのような顔をして中央に立っていた。しかし、その周囲を取り囲む空気は、私が去った時よりも一層冷え切っている。
そして、その中心にいたのは、我がシルヴァン公爵家の誇る「腹黒ツートップ」――父セバスチャンと、兄フレデリックだった。
「……お帰り、アリステア。思ったよりも早かったね。少し顔色が悪いようだが、大丈夫かい?」
兄のフレデリックが、いつもの涼やかな、しかし底意地の悪い笑みを浮かべて近づいてきた。
この男はアルバート殿下の親友であり、現在は宰相補佐を務めている。性格の悪さにかけては王太子といい勝負だ。
「お兄様……お父様まで。これは、一体どういう状況ですの?」
私が小声で問い詰めると、父セバスチャンが厳格な面持ちのまま、しかし瞳の奥に「計画通りだ」という光を宿して答えた。
「アリステア、心配はいらない。エドワード殿下の不貞と、メラニア嬢による王家への不敬は、既に陛下にも報告済みだ。今頃、フォドワード侯爵家には憲兵が向かっているだろう」
(……仕事が早すぎる。早すぎて引くわ、お父様!)
さらにフレデリックが、追い打ちをかけるように私の肩を叩く。
「見てればわかるさ、と言っただろう? アルバート様は、お前をエドワードなんかにやる気は最初からなかったんだ。……まあ、お前が『猫かぶり』を卒業して、この魔王の隣で本性を剥き出しにする日を楽しみにしているよ」
「お兄様! 貴方、私の味方じゃなかったの!?」
「味方さ。公爵家の利益と、お前の『行き遅れ防止』に関してはね」
……終わった。
実の兄も父も、この腹黒王太子と最初から結託していたのだ。
私がエドワードとの婚約破棄に「やったー!」と喜ぶことまで計算に入れて、彼らは「最高のタイミング」で私を捕獲するための網を広げていた。
アルバート様が、私の肩を抱き寄せ、エドワードたちに向かって凛とした声を上げた。
「エドワード、そしてメラニア嬢。君たちの『真実の愛』の代償は、高くつくよ。……そして、アリステア。君を傷つけた罪もね」
( いや、私全然傷ついてないから! むしろ感謝してたから!)
叫びたい。今すぐこの場に大の字になって、「私は自由になりたいだけなんです!」と全身で抗議したい。
だが、周囲の貴族たちは、アルバート様の言葉に「なんて慈悲深い」「アリステア様を守る王太子殿下、素敵!」と感動の嵐だ。
「さあ、アリステア。僕たちの新しい物語を始めようか」
耳元で囁かれた甘い声に、私は外面だけは「女神エレニア」の微笑みを貼り付けたまま、内心で特大の呪詛を吐き捨てた。
( 神様、女神エレニア様……助けてとは言いません。せめて、今宵この男の胃に落ちた最高級のフルコースが、即刻猛毒に変わりますように。明日一日は不浄の間に籠りきりで、顔面蒼白のまま、お腹ピーピーで一歩も出られないほどの腹痛にのた打ち回ればいいのよ……!)
私のささやかな……いえ、全力の呪いを余所に、アルバート様は満足げに私の腰を引き寄せるのだった。
その瞬間、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
ルンルン気分で夢見ていた、別荘での隠居生活。昼まで寝て、刺繍をして、たまに推しの騎士を眺めるスローライフ。
それらが、音を立てて崩れ去り、遙か彼方の地平線へと消えていく。代わりに目の前に広がるのは、金色の鎖で編まれた「王妃」という名の檻。
__________
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(……思い返せば、違和感しかなかったのよ。あの二人の『真実の愛』とやらには)
数年前のことだ。王宮の図書塔で、私はアルバート殿下から一冊の分厚い本を借りた。背表紙には『王国初期婚姻法典』とあり、見るからに可愛げのない代物だった。
その時、彼は何気ない風を装って、私の耳元で囁いたのだ。
『アリステア、この国の婚姻法にはね、本人の合意がなくとも、国王の特権で結べる“特別な契約”があるんだよ。……面白いと思わないかい?』
当時の私は、「へぇー、王族って大変なんですね(棒読み)」と聞き流していた。まさか、その特権が数年後に自分を搦め捕るための「合法的な罠」として用意されていたなんて、誰が想像できるだろうか。
この男、あの時から既に、私をエドワードから強奪する算段を立てていたのだ。
(ぐぬぬ……。あの日から、私のスローライフ計画は詰んでいたというの!?)
さらに、点と点が線になって繋がっていく。
エドワードとメラニア様が密会していたあの温室。あそこは、王太子であるアルバート殿下の管轄下にある場所だ。あんなに警戒心の欠片もない馬鹿な弟が、人目につかない完璧な密会場所を自力で見つけられるはずがない。
(……あー、やっぱり。あの温室の使用許可を、さりげなくエドワードに流したのはこの魔王ね。そして、今日の卒業パーティーという最悪のタイミングで爆発するように、導火線に火をつけたのも!)
メラニア侯爵令嬢も、自分が王太子に飽きられ、第二王子に愛された「ヒロイン」だと思い込んでいただろうが、とんだ勘違いだ。彼女は、アルバート殿下が邪魔なフォドワード侯爵家を一掃するために用意した、ただの「毒餌」に過ぎなかったのだから。
会場の大きな扉が、衛兵の手によって左右に開かれる。
中では、エドワードとメラニアが、まだ自分たちが勝者であるかのような顔をして中央に立っていた。しかし、その周囲を取り囲む空気は、私が去った時よりも一層冷え切っている。
そして、その中心にいたのは、我がシルヴァン公爵家の誇る「腹黒ツートップ」――父セバスチャンと、兄フレデリックだった。
「……お帰り、アリステア。思ったよりも早かったね。少し顔色が悪いようだが、大丈夫かい?」
兄のフレデリックが、いつもの涼やかな、しかし底意地の悪い笑みを浮かべて近づいてきた。
この男はアルバート殿下の親友であり、現在は宰相補佐を務めている。性格の悪さにかけては王太子といい勝負だ。
「お兄様……お父様まで。これは、一体どういう状況ですの?」
私が小声で問い詰めると、父セバスチャンが厳格な面持ちのまま、しかし瞳の奥に「計画通りだ」という光を宿して答えた。
「アリステア、心配はいらない。エドワード殿下の不貞と、メラニア嬢による王家への不敬は、既に陛下にも報告済みだ。今頃、フォドワード侯爵家には憲兵が向かっているだろう」
(……仕事が早すぎる。早すぎて引くわ、お父様!)
さらにフレデリックが、追い打ちをかけるように私の肩を叩く。
「見てればわかるさ、と言っただろう? アルバート様は、お前をエドワードなんかにやる気は最初からなかったんだ。……まあ、お前が『猫かぶり』を卒業して、この魔王の隣で本性を剥き出しにする日を楽しみにしているよ」
「お兄様! 貴方、私の味方じゃなかったの!?」
「味方さ。公爵家の利益と、お前の『行き遅れ防止』に関してはね」
……終わった。
実の兄も父も、この腹黒王太子と最初から結託していたのだ。
私がエドワードとの婚約破棄に「やったー!」と喜ぶことまで計算に入れて、彼らは「最高のタイミング」で私を捕獲するための網を広げていた。
アルバート様が、私の肩を抱き寄せ、エドワードたちに向かって凛とした声を上げた。
「エドワード、そしてメラニア嬢。君たちの『真実の愛』の代償は、高くつくよ。……そして、アリステア。君を傷つけた罪もね」
( いや、私全然傷ついてないから! むしろ感謝してたから!)
叫びたい。今すぐこの場に大の字になって、「私は自由になりたいだけなんです!」と全身で抗議したい。
だが、周囲の貴族たちは、アルバート様の言葉に「なんて慈悲深い」「アリステア様を守る王太子殿下、素敵!」と感動の嵐だ。
「さあ、アリステア。僕たちの新しい物語を始めようか」
耳元で囁かれた甘い声に、私は外面だけは「女神エレニア」の微笑みを貼り付けたまま、内心で特大の呪詛を吐き捨てた。
( 神様、女神エレニア様……助けてとは言いません。せめて、今宵この男の胃に落ちた最高級のフルコースが、即刻猛毒に変わりますように。明日一日は不浄の間に籠りきりで、顔面蒼白のまま、お腹ピーピーで一歩も出られないほどの腹痛にのた打ち回ればいいのよ……!)
私のささやかな……いえ、全力の呪いを余所に、アルバート様は満足げに私の腰を引き寄せるのだった。
その瞬間、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
ルンルン気分で夢見ていた、別荘での隠居生活。昼まで寝て、刺繍をして、たまに推しの騎士を眺めるスローライフ。
それらが、音を立てて崩れ去り、遙か彼方の地平線へと消えていく。代わりに目の前に広がるのは、金色の鎖で編まれた「王妃」という名の檻。
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