【完結】目指せ、破談!お見合い決戦! 病弱白塗り令嬢 vs 感涙公爵令息

恋せよ恋

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鉄仮面の初恋と、湖に散った嘘

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 サミュエル・コルディアは、十七年の人生で「渇望」を知らなかった。

 学園の生徒会長を務め、容姿端麗、成績優秀。何をしても「そつなく」こなせる彼にとって、世界は退屈で、彩りに欠ける場所だった。言い寄る令嬢たちに浮かべる微笑も、計算され尽くした無機質な仮面に過ぎない。

 そんな彼の無色透明な世界に、鮮烈な「色」を叩きつけたのが、あの夏の日の湖だった。

 死を覚悟したような絶望的な美しさで立つ、金色の髪の少女。
 初めて「救いたい」と心が叫んだ。彼女が消えてしまったら、自分の世界は再び灰色に戻ってしまう。その恐怖が、彼を突き動かしていた。

「ジュリエット嬢。君が私に嘘をつく必要などないのだよ」

 お見合いから数日。サミュエルは毎日、オルレアン伯爵邸に通い詰めていた。
 寝台で力なく横たわるジュリエットの手を握り、彼は陶酔したような瞳で語りかける。

「君の家柄も、体調も、継嗣の問題も……全て解決策を講じた。君はただ、私の傍で息をしていればいい」

(重い……! 愛が、物理的に重いわ……!)
 ジュリエットは病弱とはで......布団の中で震えていた。

 サミュエルの「熱量」が異常なのだ。両親まで説得し、第二夫人の可能性まで用意して「死にゆく自分」を囲い込もうとする執念。そこに「仮面の令息」の面影はどこにもない。

 そしてついに、ジュリエットの限界が訪れた。
 連日の「病人ごっこ」で筋力は衰え、外の空気への飢えはピークに。サミュエルが、ものすごく苦い「最高の滋養強壮薬」を取りに席を外した、その瞬間だった。

「……もう無理! 走らせて! 私を走らせてちょうだい!!」
 ジュリエットは窓から飛び出した。

 死相メイクのまま、寝間着の上にサッと羽織を引っ掛け、裏庭の厩舎から相棒である愛馬ノクスのたてがみを掴み、ほとんど跳びつくように背へ乗り上げた。
「行くわよっ、相棒! あの湖まで全速力よ!!」

 蹄の音が高く響く。黒い牡馬ノクスは闇そのもののような躯を躍らせ、風を切って駆け抜ける。頬を打つ疾風の快感――そう、これこそが私の生きる道!
 ジュリエットが向かったのは、あの始まりの場所――秘密の湖だった。

 一方、苦い薬を持って戻ったサミュエルは、もぬけの殻の寝台を見て、絶望に顔を歪めた。
「……ダメだ! 彼女は、独りで終わろうとしているのか!」
 彼は迷わず馬に飛び乗った。
 向かう先は確信していた。彼女が還る場所は、あの鏡のような水面しかない。

 湖畔。ジュリエットは愛馬ノクスを止め、大きく深呼吸をした。
「あーっ! やっぱり外は最高!」

 彼女は解放感のあまり、そのまま水打ち際に駆け寄り、バシャバシャと水を跳ね上げた。白塗りのメイクが水に溶け、本来の健康的な、バラ色の頬が露わになる。

 その直後。
「ジュリエットおぉぉ!!!」
 背後から響いたのは、裂帛の気合がこもった絶叫。

 振り返る間もなく、サミュエルが馬から転げ落ちるようにして駆け寄り、彼女を背後から力いっぱい抱きしめた。
「待て! やはりここだったのか! 死なせない、絶対に離さない!」

「……っ、痛い! 苦しいわよ、サミュエル様! っていうか、死にませんってば!」
 ジュリエットはたまらず、彼を突き飛ばした。

 尻餅をついたサミュエルは、呆然と彼女を見上げた。
 目の前に立つ少女は、白塗りが剥げ落ち、野生の鹿のように力強く、そして太陽のように眩しく笑っていた。

「……え? ジュリエット……嬢? 君、立てるのか? しかも、そんなに大きな声で……」
「立てます! 走れます! 木登りだって得意です! ……あ、あっ……きっ、キセキ? そう! 奇跡ですわ! サミュエル様の愛が、死の淵にいた私に光を……奇跡を起こしたんですのよ!」
 思わず口から出た出鱈目だった。

 沈黙が流れる。ジュリエットは「終わった」と確信した。いくらなんでも無理がある。
 完璧主義で知られる冷徹な公爵家嫡男サミュエルだ。こんな見え透いた詐欺師のような女、軽蔑して即座に婚約破棄を突きつけるに決まっている。

 しかし。
 サミュエルの肩が、小刻みに震え始めた。
「……そうか。奇跡か。……女神よ、感謝します」
 彼はその場に跪き、目を閉じると、組んだ両手に額を当てて天に祈りを捧げ出した。その姿は敬虔な聖職者のようでいて、内側に秘めた狂おしいほどの歓喜が漏れ出している。

 やがて、彼はゆっくりと目を開け、射抜くような眼差しでジュリエットを真っ直ぐに見つめた。
「そうか……。君は、死にゆく悲劇の運命などではなく、己の強き意志で宿命に打ち勝ったのだな。私の愛が君を救ったのではない。君の魂が、私を呼んだんだ」

 サミュエルは立ち上がり、泥だらけの服のまま、今度は壊れ物を扱うような手つきでジュリエットの手を取った。
「素晴らしい。……ますます惚れた。社交界という狭い箱庭で、偽りの微笑みを浮かべる人形たちなど、もう見る気も起きない。この湖畔に立ち、生命の輝きを放つ君だけが、私の心を激しくかき乱す」

 サミュエルの瞳には、冷徹だったかつての彼からは想像もできない、どろりとした「真の熱量」が宿っていた。
「ジュリエット。病弱な籠の鳥としての生活は、今日で終わりだ。私の妻になれば、この湖を含む一帯を君の領地として贈ろう。好きなだけ泳ぎ、好きなだけ馬を駆るがいい。君のその瑞々しい野生を、私が全力で、生涯をかけて守り抜こう」

「……え、いいの? こんなに野生児なのに? 淑女の嗜みなんて、馬の餌と一緒に食べちゃったような女よ?」
「むしろ、もっと見せてくれ。君の剥き出しの生命力に、退屈だった私の人生は救われたのだから」

 十七歳の冬。熱量を持たず、あらゆることを「そつなく」こなしてきた天才少年の初恋は、嘘つきで誰よりも健康な美少女によって、決して消えることのない業火へと変わったのである。
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