ねえ、騎士様。妻の持参金で愛人を囲うのはどんな気分かしら?

恋せよ恋

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義母の陰湿な歓迎

  十九歳で、ミランダは幸せの絶頂にいた。

 学園卒業後、すぐに執り行われた結婚式。レーゲン伯爵家が全面的に支援したその宴は、子爵家の歴史始まって以来の華やかさで、ミランダは「愛する騎士」の隣で、誰よりも輝く花嫁だった。

 だが、その輝きは、マレーネ子爵家の門をくぐった瞬間に、砂となって指の間から零れ落ちていった。

「あら、ミランダさん。伯爵家ではどうだったか知らないけれど、この家にはこの家のやり方がありますのよ。その、鼻につく『高貴な振る舞い』は、ここでは必要ありませんわ」

 最初に牙を剥いたのは、義母のナタリーだった。

 元男爵令嬢という、伯爵家からすれば格下の家系出身である彼女にとって、完璧なマナーと教養を身につけたミランダは、存在そのものが「劣等感を刺激する毒」だったのだ。

 ナタリーの趣味は、とにかく派手で悪趣味だった。

 レーゲン伯爵家からの持参金が子爵家の金庫に入るやいなや、彼女は狂ったように贅沢を始めた。流行遅れの大振りな宝石、趣味の悪い原色のドレス、さらには「当主の母」としての威厳を保つためと称して、不必要な宴を連日のように催した。

 ミランダが勇気を出して、家計の適正化を提案した時の義母の顔を、彼女は一生忘れないだろう。

「生意気な小娘が! 私を、金使いの荒い無能だと言いたいの!? これだから成金伯爵家の教育は卑しいわ!」

 ヒステリックな罵声。それ以来、義母の嫌がらせは陰湿さを増していった。

 ミランダが二十歳で長男ニコラスを産んだ時、状況はさらに悪化した。

 初めての育児に戸惑うミランダを助けるどころか、ナタリーは乳母を勝手に解雇し、ミランダを孤立させた。そのくせ、ニコラスが泣き止まないと「母親の愛情が足りないせいよ」と責め立てる。

 何より許せなかったのは、孫に対する悪影響だった。

 ナタリーは、まだ言葉も理解しきれないニコラスに、毎日毎日吹き込むのだ。

「ニコラス、いい子ね。お母様みたいに、冷たくて可愛げのない人間になってはダメよ。あの人は、この家を乗っ取りに来た恐ろしい人なんだから」

 ミランダは、歯を食いしばって耐えた。

 自分が耐えれば、いつかセバスチャンが守ってくれる。そう信じていた。

 しかし、その「騎士様」は、一番必要な時に、いつも側にいなかった。

「ミランダ、母上も悪気はないんだ。ただ、君が有能すぎて、居場所がないと感じているだけだよ。君がもう少し、母上を立ててあげれば済む話じゃないか」

 セバスチャンは、育児と執務で目の下に隈を作っている妻を見ようともせず、そう言って逃げ出した。

 彼は騎士団での任務を理由に、家を空ける時間がどんどん増えていった。

 たまに帰宅しても、ミランダが「領地の税収の計算」や「使用人の給与管理」といった現実的な話を始めると、露骨に嫌な顔をした。

「……仕事の話は、もういいよ。家では、ゆっくりさせてくれ」

 セバスチャンが求めていたのは、共に困難を乗り越える「伴侶」ではなく、自分を全肯定し、甘やかしてくれる「都合の良い女」だったのだ。

 ミランダがレーゲン伯爵家の知恵を借りて、傾きかけていた子爵家の経営を立て直せば立て直すほど、セバスチャンは男としてのプライドを傷つけられ、ミランダを「有能すぎて可愛げのない監視役」として避けるようになった。


  そして、二年前。長女エメリアを授かった頃。

 ミランダは、孤独の極みにいた。

 二人目の妊娠で体が重い中、ニコラスの世話をし、義母の嫌がらせをかわし、深夜まで帳簿をつける日々。

 一方、セバスチャンはこの時期、派遣先の村でデボラという娘と出会っていたのだ。

 デボラは、ミランダとは正反対だった。教養もなく、難しい理屈も言わない。ただ、セバスチャンの語る誇張された武勇伝を、キラキラした瞳で「セバスチャン様、すごいですわ!」と聞き、彼の未熟ささえも「男らしさ」として受け入れた。

 セバスチャンにとって、それは麻薬のような心地よさだったに違いない。

 家に戻れば、完璧な妻が「今後の投資計画」についての書類を持って待っている。

 別邸に行けば、幼い愛人が「お疲れ様です、私の騎士様」と、温かいスープを持って迎えてくれる。

 どちらを選ぶか。愚かなセバスチャンにとって、答えは明白だった。


「……お母様、お腹すいた」

 ニコラスの声で、ミランダはハッと我に返った。回想の闇が晴れ、現在の子爵家の子ども部屋に視線が戻る。

 目の前には、三歳になったニコラスが、不安そうに自分を見上げていた。

「ごめんなさい、ニコラス。今、準備させるわね」

 ミランダは、ニコラスの柔らかな髪を撫でた。愛したセバスチャンによく似た、明るい茶色の髪。

 だが、この子の中に、あの男の不実な血を根付かせるわけにはいかない。

 義母ナタリーは、今日も今日とてミランダの目を盗んで、ニコラスに「お母様は怖い人」と教え込もうとしていた。

 エメリアのミルクが遅れたのを、ミランダの管理不足だと使用人の前で罵った。

 これまでの三年間。ミランダは、子爵夫人の名誉を守るために、すべてを飲み込んできた。実家の両親に心配をかけたくなくて、手紙には「幸せです」と嘘を書き続けてきた。

 けれど。あの日、隣の部屋で聞いた、あの「笑い声」。

 「僕が少し浮気したくらいで、彼女は壊れたりしないさ」という、セバスチャンの増長しきった声。

 それが、ミランダの中の「忍耐」という名の最後の糸を、ぷつりと切ったのだ。

(怒ったりしない? ええ、そうね。私は怒らないわ。……あなたたちを、完膚なきまでに叩き潰すまでは)

 ミランダは立ち上がり、窓からマレーネ家の庭園を見下ろした。

 そこにある花も、木々も、すべてミランダの持参金で整えられたものだ。明日、この美しい庭を、地獄の業火に変えてやる。

 ミランダは、エメリアを抱き上げ、ニコラスの手を引いた。

「行きましょう。もう、この暗い家に用はないわ」

 ミランダの表情には、もう「孤独な犠牲者」の影はなかった。あるのは、戦場に赴く将軍のような、静謐で苛烈な意志だけだった。
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