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初めての銀貨
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「……おねえちゃん、これ、ほんとうに売れるの?」
わたくしは離宮の裏手、手入れもされずボウボウに伸びた茂みの前で首を傾げました。手にあるのは、どこにでも生えている、少しツンとした匂いのする地味な葉っぱです。
『ひっひっひ! まさか。ただの葉っぱなら、そこらのヤギだって食べやしないよ。でもね、アニエス。これを特定の順番で乾燥させて、細かく刻んでごらん。……最高級の「消臭香」に化けるのさ』
頭の中のおねえちゃんが、勝ち誇ったように笑います。
わたくしは、お兄様が窓からこっそり届けてくれたパンを一口かじってから、小さなおててを動かし始めました。
離宮の二階。誰も来ない物置部屋を、わたくしは秘密の工場にしました。お兄様がくれた教科書の余白に、おねえちゃんが教えてくれる「配合」をメモします。
五歳のわたくしには、まだ難しい単語も多いけれど、耳で聞いた音をお手本にして一生懸命書き留めました。
「乾燥させて……すりつぶして……。えへへ、お料理みたい!」
『そうだよ、アニエス。商売ってのはね、誰も見向きもしないゴミに「価値」を魔法みたいにつける遊びなんだ。さあ、次はそれをどうやって「おカネ」に変えるかだね』
わたくしは、汚れを隠すために、いつもより大きなサイズの、つぎはぎだらけのドレスを着ました。
五歳のわたくしが一人で外に出るなんて、普通なら許されません。けれど、この家の人たちはわたくしに興味なんてないのです。お食事を運んでくるメイドさんも、お盆を置いてすぐにいなくなっちゃう。
わたくしは離宮の壁の、崩れかけた穴からお外へ這い出しました。
目指すは、侯爵家を支える使用人たちが住む居住区。そこには、お馬さんのお世話をする人たちが集まる詰所があります。
「……あの、おじしゃん」
わたくしは、一番強面で、でも一番お馬さんを愛していそうなおじさんに声をかけました。
おじさんは、小さなわたくしを見て目を丸くします。
「あぁ? なんだ、お嬢ちゃん。ここは子供が来るところじゃねえぞ」
「これ、お馬しゃんの匂いが消えるお薬なの。……ためして、みない?」
わたくしは、小さな袋に入れた、お手製の香を差し出しました。
おじさんは不審そうに鼻を寄せましたが――次の瞬間、目を見開きました。
「なんだ、この清々しい香りは。いつも使っている安物の消臭剤とは、格が違いすぎる。……いくらだ?」
キタ! おねえちゃんがガッツポーズをする気配がしました。
わたくしは、あどけない顔で、でも指はしっかりと立てて答えました。
「ぎんか、一枚……でおねがいします!この小袋、三つで……です」
おじさんは小袋をひとつひとつ手に取り、鼻先で確かめ、低く唸りました。
「……この香り、三つでか。安物の消臭剤とは、持ちが違いそうだしな……」
おじさんは一瞬迷いましたが、わたくしの汚れた身なりと、その手に持つ袋を交互に見て、ゴツゴツした手で銀貨を差し出してくれました。
「いいだろう。これだけの品質なら、むしろ安い。また持ってきな」
「わぁ! ありがとうございます!」
初めて手にした、本物の銀貨。冷たくて、硬くて、太陽の光を浴びてキラキラと輝いています。
お兄様がくれる愛もあたたかいけれど、この銀貨は、わたくしの力で手に入れた「盾」なのだと感じました。離宮に戻るなり、わたくしは床板の下に銀貨を隠しました。
『よくやったね、アニエス。それが記念すべき第一歩だ。愛や言葉は風に消えるけど、その銀貨一枚は、あんたが世界に認めさせた「価値」そのものだよ』
「……うん。おねえちゃん、わたくし、もっともっと集めるね!」
わたくしは、胸の高鳴りを感じていました。
でも、そんなわたくしの幸せな時間は、乱暴に開かれた扉の音で中断されました。
「――お姉様! こんな汚い部屋で、一人でなにを叫んでいらっしゃるの?」
そこに立っていたのは、わたくしより一つ年下の異母妹、セシリアでした。
四歳とは思えないほど整った、人形のような美貌。でも、その瞳はわたくしが持っている「お兄様がくれたお菓子のリボン」を、ねっとりとした欲望で捉えていました。
「セシリアちゃん……」
「お姉様、そのリボン、私にちょうだい? お姉様には似合わないもの」
セシリアは、わたくしの返事も待たずに歩み寄ります。
わたくしは咄嗟に、銀貨を隠した床板を足で踏みました。
『……ちっ、泥棒猫のお出ましだ。いいかい、アニエス。今はまだ、戦っちゃダメだ。……徹底的に「かわいそうな子」を演じるんだよ』
おねえちゃんの冷徹な声に従い、わたくしはわざとらしく肩を震わせ、泣き出しそうな顔を作りました。
「……う、うん。あげる。これ、おにいさまが……くれたの」
「ふん。お兄様ったら、こんなリボンをお姉様にあげるなんて……。私がもっと素敵に使ってあげますわ」
セシリアはリボンをひったくると、満足げに笑って去っていきました。
彼女は気づいていないのです。彼女が奪ったのはただのモノで、わたくしの足の下には、彼女の一生を左右することになる「はじまりの銀貨」が隠されていることに。
わたくしは、セシリアの背中を見つめながら、心の中でそっと囁きました。
「……セシリアちゃん、バイバイ。せいぜい今のうちに、奪う楽しさに酔っていればいいわ」
わたくしの金貨を中心に回る生活は、ようやく動き出したのです。
______________
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わたくしは離宮の裏手、手入れもされずボウボウに伸びた茂みの前で首を傾げました。手にあるのは、どこにでも生えている、少しツンとした匂いのする地味な葉っぱです。
『ひっひっひ! まさか。ただの葉っぱなら、そこらのヤギだって食べやしないよ。でもね、アニエス。これを特定の順番で乾燥させて、細かく刻んでごらん。……最高級の「消臭香」に化けるのさ』
頭の中のおねえちゃんが、勝ち誇ったように笑います。
わたくしは、お兄様が窓からこっそり届けてくれたパンを一口かじってから、小さなおててを動かし始めました。
離宮の二階。誰も来ない物置部屋を、わたくしは秘密の工場にしました。お兄様がくれた教科書の余白に、おねえちゃんが教えてくれる「配合」をメモします。
五歳のわたくしには、まだ難しい単語も多いけれど、耳で聞いた音をお手本にして一生懸命書き留めました。
「乾燥させて……すりつぶして……。えへへ、お料理みたい!」
『そうだよ、アニエス。商売ってのはね、誰も見向きもしないゴミに「価値」を魔法みたいにつける遊びなんだ。さあ、次はそれをどうやって「おカネ」に変えるかだね』
わたくしは、汚れを隠すために、いつもより大きなサイズの、つぎはぎだらけのドレスを着ました。
五歳のわたくしが一人で外に出るなんて、普通なら許されません。けれど、この家の人たちはわたくしに興味なんてないのです。お食事を運んでくるメイドさんも、お盆を置いてすぐにいなくなっちゃう。
わたくしは離宮の壁の、崩れかけた穴からお外へ這い出しました。
目指すは、侯爵家を支える使用人たちが住む居住区。そこには、お馬さんのお世話をする人たちが集まる詰所があります。
「……あの、おじしゃん」
わたくしは、一番強面で、でも一番お馬さんを愛していそうなおじさんに声をかけました。
おじさんは、小さなわたくしを見て目を丸くします。
「あぁ? なんだ、お嬢ちゃん。ここは子供が来るところじゃねえぞ」
「これ、お馬しゃんの匂いが消えるお薬なの。……ためして、みない?」
わたくしは、小さな袋に入れた、お手製の香を差し出しました。
おじさんは不審そうに鼻を寄せましたが――次の瞬間、目を見開きました。
「なんだ、この清々しい香りは。いつも使っている安物の消臭剤とは、格が違いすぎる。……いくらだ?」
キタ! おねえちゃんがガッツポーズをする気配がしました。
わたくしは、あどけない顔で、でも指はしっかりと立てて答えました。
「ぎんか、一枚……でおねがいします!この小袋、三つで……です」
おじさんは小袋をひとつひとつ手に取り、鼻先で確かめ、低く唸りました。
「……この香り、三つでか。安物の消臭剤とは、持ちが違いそうだしな……」
おじさんは一瞬迷いましたが、わたくしの汚れた身なりと、その手に持つ袋を交互に見て、ゴツゴツした手で銀貨を差し出してくれました。
「いいだろう。これだけの品質なら、むしろ安い。また持ってきな」
「わぁ! ありがとうございます!」
初めて手にした、本物の銀貨。冷たくて、硬くて、太陽の光を浴びてキラキラと輝いています。
お兄様がくれる愛もあたたかいけれど、この銀貨は、わたくしの力で手に入れた「盾」なのだと感じました。離宮に戻るなり、わたくしは床板の下に銀貨を隠しました。
『よくやったね、アニエス。それが記念すべき第一歩だ。愛や言葉は風に消えるけど、その銀貨一枚は、あんたが世界に認めさせた「価値」そのものだよ』
「……うん。おねえちゃん、わたくし、もっともっと集めるね!」
わたくしは、胸の高鳴りを感じていました。
でも、そんなわたくしの幸せな時間は、乱暴に開かれた扉の音で中断されました。
「――お姉様! こんな汚い部屋で、一人でなにを叫んでいらっしゃるの?」
そこに立っていたのは、わたくしより一つ年下の異母妹、セシリアでした。
四歳とは思えないほど整った、人形のような美貌。でも、その瞳はわたくしが持っている「お兄様がくれたお菓子のリボン」を、ねっとりとした欲望で捉えていました。
「セシリアちゃん……」
「お姉様、そのリボン、私にちょうだい? お姉様には似合わないもの」
セシリアは、わたくしの返事も待たずに歩み寄ります。
わたくしは咄嗟に、銀貨を隠した床板を足で踏みました。
『……ちっ、泥棒猫のお出ましだ。いいかい、アニエス。今はまだ、戦っちゃダメだ。……徹底的に「かわいそうな子」を演じるんだよ』
おねえちゃんの冷徹な声に従い、わたくしはわざとらしく肩を震わせ、泣き出しそうな顔を作りました。
「……う、うん。あげる。これ、おにいさまが……くれたの」
「ふん。お兄様ったら、こんなリボンをお姉様にあげるなんて……。私がもっと素敵に使ってあげますわ」
セシリアはリボンをひったくると、満足げに笑って去っていきました。
彼女は気づいていないのです。彼女が奪ったのはただのモノで、わたくしの足の下には、彼女の一生を左右することになる「はじまりの銀貨」が隠されていることに。
わたくしは、セシリアの背中を見つめながら、心の中でそっと囁きました。
「……セシリアちゃん、バイバイ。せいぜい今のうちに、奪う楽しさに酔っていればいいわ」
わたくしの金貨を中心に回る生活は、ようやく動き出したのです。
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