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数字と罠とお菓子の隠し味
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「……おねえちゃん、これ、おカネのけいさんが、ぜんぜんあってないよぉ?」
わたくしは、離宮の薄暗い物置で、ルシアンお兄様が「もう使わないから」と置いていってくれた古い帳簿を広げていました。正確には、お兄様の勉強用のお下がり……に見せかけて、お義母様がこっそり捨てさせた「屋敷の裏帳簿」です。
『ひっひっひ! さすがだねぇ。アニエス、あんたの目は節穴じゃない。……見てごらん。この「庭園管理費」と「図書費」、数字が不自然に膨らんでいるだろう?』
「うん。おにーたん……ルシアンお兄様は、家の決まりでおカネの使い道が厳しく決まってるって、お父様が言ってたのに。ここには、おカネがいっぱいあることになってる」
五歳のわたくしが持つ小さな指先が、帳簿の一行をなぞります。
お義母様は、ルシアンお兄様の教育予算を削り、自分のドレスやセシリアちゃんの宝石代に回している。それを隠すために、偽の領収書を作って「お庭の木を植え替えました」なんて嘘をついているのです。
『お馬鹿な女だよ。粉飾決算をするなら、もっと上手くやりゃいいものを。……ねえアニエス、これをバラしてお父様に言いつけるかい?』
「ううん。それじゃあ、おカネにならないもん」
わたくしはにっこりと、あどけない笑みを浮かべました。
今のわたくしがお父様に訴えたところで、「子供のたわ言」で片付けられておしまい。最悪、わたくしが帳簿を読めるとバレて、自由を奪われてしまいます。
「……ねぇ、おねえちゃん。これ、『よわみ』ってやつにできる?」
『おう! いいね。最高の取引材料のネタだよ。……さあ、あのお高くとまった義母様に、少しだけお情けを差し上げようじゃないか』
その日の午後。わたくしは、本館のサロンでお茶を楽しんでいるお義母様とセシリアちゃんの前に、わざとらしく現れました。
手に持っているのは、離宮の庭で摘んだ、なんてことのない野花の花束です。
「お、お母様……これ、きれいだったので……」
「あら、汚らわしい。離宮の雑草なんて、サロンに持ち込まないでくださる?」
お義母様は扇子で顔を隠し、嫌悪感を露わにしました。セシリアちゃんも「お姉様、泥の匂いがしますわ!」とクスクス笑っています。
「ごめんなさい……。わたくし、お庭の木が新しくなったから、お花も新しくなったのかなって……。帳簿……? に書いてあった、高い木はどこにあるのかなって、探したんだけど……」
ピキリッ、と。お義母様の手が止まりました。
「……アニエス。あなた、今、なんと言ったの?」
「ええとね、ルシアンお兄様が捨ててた古い本に、『おにわを新しくするために、金貨をたくさん使いました』って書いてあったの。でも、離宮の木は枯れたままだから……わたくし、お父様に聞こうかなって。どこに新しい木があるの? って」
わたくしは、これ以上ないほど純粋な、きょとんとした瞳でお義母様を見つめました。
お義母様の顔から、みるみるうちに血の気が引いていきます。
もしお父様が庭を確認し、「使われたはずの金貨」と「現実の庭」の差に気づけば、お義母様の横領がバレてしまいます。お父様はプライドが高く、自分のおカネを騙し取られることを何よりも嫌う人ですから。
「ま、待ちないアニエス! ……あなた、その本をどこへやったの?」
「離宮に置いてあるよ? でもぉ、わたくしお腹が空いてて、よく思い出せないの……」
わたくしはお腹をさすり、困った顔をしました。
「……っ! 侍女長ぉ! アニエスに、最高級の焼き菓子と、暖かいスープを持っていきなさい! 今すぐに! ……アニエス、いいこと? あの本は、私がお預かりします。お父様には、何も言わなくていいのよ!」
「えっ! お菓子、くれるの? ……わぁい! お母様、だぁいすき!」
わたくしはぴょんぴょん跳ねて喜びました。
お義母様は慌てて離宮へ帳簿を回収しに行きましたが……残念。そこにあるのは、わたくしが妖精のアドバイス通りに「より怪しい部分だけを目立たせた」加工済みの帳簿です。
お義母様はそれを必死に隠蔽し、証拠を消そうとするでしょう。でも、すでに、わたくしの頭の中には、すべての数字が記録されています。
その夜。離宮には、今まで見たこともないような豪華な食事が並んでいました。
わたくしは、ルシアンお兄様がこっそり遊びに来てくれるのを待って、そのお菓子を差し出しました。
「ルシアンお兄様、これ、食べて! お義母様がくれたの!」
「えっ、義母様が……? アニエス、君、何かひどいことを言われたんじゃ……」
「ううん。わたくし、お庭のお話をしただけだよ。えへへ、おいしいね!」
ルシアンお兄様は不思議そうにしながらも、わたくしの無邪気な笑顔に安心したように、お菓子を口にしました。
お兄様、大丈夫だよ。お兄様の教科書代も、これからの学費も、わたくしがお義母様の「秘密」を少しずつ切り売りして、全部用意してあげるからね。
『ひっひっひ! 脅しひとつで最高級のスイーツと兄の安心を手に入れるとは。アニエス、あんたは将来、どんな恐ろしい高利貸しになるんだろうねぇ』
「もぉ、おねえちゃん。わたくし、ただの『いい子』でしょ?」
月明かりの下、わたくしは銀貨を一枚、指先で弄びました。
「お父様、お義母様。わたくしを『いらない子』として捨てた代償は、必ず、たっぷりの利息と共に返していただきますわ」
これが、わたくしの復讐の始まり――幼さの仮面の下に潜む、守銭奴の計算。お父様も、お義母様も、まだ何も知らないまま。
______________
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わたくしは、離宮の薄暗い物置で、ルシアンお兄様が「もう使わないから」と置いていってくれた古い帳簿を広げていました。正確には、お兄様の勉強用のお下がり……に見せかけて、お義母様がこっそり捨てさせた「屋敷の裏帳簿」です。
『ひっひっひ! さすがだねぇ。アニエス、あんたの目は節穴じゃない。……見てごらん。この「庭園管理費」と「図書費」、数字が不自然に膨らんでいるだろう?』
「うん。おにーたん……ルシアンお兄様は、家の決まりでおカネの使い道が厳しく決まってるって、お父様が言ってたのに。ここには、おカネがいっぱいあることになってる」
五歳のわたくしが持つ小さな指先が、帳簿の一行をなぞります。
お義母様は、ルシアンお兄様の教育予算を削り、自分のドレスやセシリアちゃんの宝石代に回している。それを隠すために、偽の領収書を作って「お庭の木を植え替えました」なんて嘘をついているのです。
『お馬鹿な女だよ。粉飾決算をするなら、もっと上手くやりゃいいものを。……ねえアニエス、これをバラしてお父様に言いつけるかい?』
「ううん。それじゃあ、おカネにならないもん」
わたくしはにっこりと、あどけない笑みを浮かべました。
今のわたくしがお父様に訴えたところで、「子供のたわ言」で片付けられておしまい。最悪、わたくしが帳簿を読めるとバレて、自由を奪われてしまいます。
「……ねぇ、おねえちゃん。これ、『よわみ』ってやつにできる?」
『おう! いいね。最高の取引材料のネタだよ。……さあ、あのお高くとまった義母様に、少しだけお情けを差し上げようじゃないか』
その日の午後。わたくしは、本館のサロンでお茶を楽しんでいるお義母様とセシリアちゃんの前に、わざとらしく現れました。
手に持っているのは、離宮の庭で摘んだ、なんてことのない野花の花束です。
「お、お母様……これ、きれいだったので……」
「あら、汚らわしい。離宮の雑草なんて、サロンに持ち込まないでくださる?」
お義母様は扇子で顔を隠し、嫌悪感を露わにしました。セシリアちゃんも「お姉様、泥の匂いがしますわ!」とクスクス笑っています。
「ごめんなさい……。わたくし、お庭の木が新しくなったから、お花も新しくなったのかなって……。帳簿……? に書いてあった、高い木はどこにあるのかなって、探したんだけど……」
ピキリッ、と。お義母様の手が止まりました。
「……アニエス。あなた、今、なんと言ったの?」
「ええとね、ルシアンお兄様が捨ててた古い本に、『おにわを新しくするために、金貨をたくさん使いました』って書いてあったの。でも、離宮の木は枯れたままだから……わたくし、お父様に聞こうかなって。どこに新しい木があるの? って」
わたくしは、これ以上ないほど純粋な、きょとんとした瞳でお義母様を見つめました。
お義母様の顔から、みるみるうちに血の気が引いていきます。
もしお父様が庭を確認し、「使われたはずの金貨」と「現実の庭」の差に気づけば、お義母様の横領がバレてしまいます。お父様はプライドが高く、自分のおカネを騙し取られることを何よりも嫌う人ですから。
「ま、待ちないアニエス! ……あなた、その本をどこへやったの?」
「離宮に置いてあるよ? でもぉ、わたくしお腹が空いてて、よく思い出せないの……」
わたくしはお腹をさすり、困った顔をしました。
「……っ! 侍女長ぉ! アニエスに、最高級の焼き菓子と、暖かいスープを持っていきなさい! 今すぐに! ……アニエス、いいこと? あの本は、私がお預かりします。お父様には、何も言わなくていいのよ!」
「えっ! お菓子、くれるの? ……わぁい! お母様、だぁいすき!」
わたくしはぴょんぴょん跳ねて喜びました。
お義母様は慌てて離宮へ帳簿を回収しに行きましたが……残念。そこにあるのは、わたくしが妖精のアドバイス通りに「より怪しい部分だけを目立たせた」加工済みの帳簿です。
お義母様はそれを必死に隠蔽し、証拠を消そうとするでしょう。でも、すでに、わたくしの頭の中には、すべての数字が記録されています。
その夜。離宮には、今まで見たこともないような豪華な食事が並んでいました。
わたくしは、ルシアンお兄様がこっそり遊びに来てくれるのを待って、そのお菓子を差し出しました。
「ルシアンお兄様、これ、食べて! お義母様がくれたの!」
「えっ、義母様が……? アニエス、君、何かひどいことを言われたんじゃ……」
「ううん。わたくし、お庭のお話をしただけだよ。えへへ、おいしいね!」
ルシアンお兄様は不思議そうにしながらも、わたくしの無邪気な笑顔に安心したように、お菓子を口にしました。
お兄様、大丈夫だよ。お兄様の教科書代も、これからの学費も、わたくしがお義母様の「秘密」を少しずつ切り売りして、全部用意してあげるからね。
『ひっひっひ! 脅しひとつで最高級のスイーツと兄の安心を手に入れるとは。アニエス、あんたは将来、どんな恐ろしい高利貸しになるんだろうねぇ』
「もぉ、おねえちゃん。わたくし、ただの『いい子』でしょ?」
月明かりの下、わたくしは銀貨を一枚、指先で弄びました。
「お父様、お義母様。わたくしを『いらない子』として捨てた代償は、必ず、たっぷりの利息と共に返していただきますわ」
これが、わたくしの復讐の始まり――幼さの仮面の下に潜む、守銭奴の計算。お父様も、お義母様も、まだ何も知らないまま。
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