愛より金貨!〜虐げられ令嬢、脳内の守銭奴妖精と不遇を吹っ飛ばす〜

恋せよ恋

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闇市への招待状

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「……ねぇ、おねえちゃん。あの子たち、なにをしているの?」
 わたくしは、離宮の崩れた生垣の隙間から、屋敷の外へと続く裏道を覗き込んでいました。

 そこには、わたくしと同じか、少し年上くらいのボロボロの服を着た子供たちが三人、地面に這いつくばって何かを探していました。

『ひっひっひ! ありゃ「街の掃除屋」――平たく言えば、小銭を漁る孤児さ。アニエス、あんたがさっき売った香の銀貨一枚で、あの子たちなら一ヶ月は食いつなげるだろうねぇ』

 おねえちゃんの声は、冷たいようでいて、どこか品定めをするような響きがありました。
「いっかげつ……。わたくしの銀貨一枚で、そんなに?」
 わたくしは、床下に隠した銀貨の重みを思い出しました。五歳のわたくしにとって、銀貨は「キラキラした宝物」でしたが、この世界の残酷な仕組みの中では、それは「命の値段」そのものなのです。

『いいかい、アニエス。商売において一番高くつくコストは何だと思う? ……それは「信用」と「労働力」だよ。あんたが一人でちまちま香を作っていても、稼げる額には限界がある。そろそろ、あんたの「手足」を手に入れる時じゃないかい?』

「て……あし……? わたくしの代わりに、おしごとしてくれる人?」
 わたくしは、汚れたつぎはぎのドレスの裾をぎゅっと握りしめました。
 お兄様以外の他人と関わるのは怖いけれど、おねえちゃんの言う通り、わたくしはいつまでもこの離宮に閉じこもっているわけにはいかないのです。

わたくしは、温室からくすねてきた干し肉の欠片を持って、生垣の外へ一歩踏み出しました。
「……あの、おにーしゃんたち」
 声をかけると、子供たちは獲物を狙う野犬のような鋭い目つきで一斉にわたくしを振り返りました。

「……貴族のガキにしちゃ、妙に地味だな。飾りも侍女もなし。お前が、侯爵家の『いらない子』か?」

 わたくしの服は一見すると貴族のそれでしたが、仕立て直しを繰り返した古いもので、誰の目にも「大切にされていない」と分かる代物でした。

 一番背の高い、目つきの悪い少年が鼻で笑いました。彼らは屋敷の噂話にも詳しいようです。
「これ、あげる。……だから、わたくしのお話、きいて?」
 わたくしが干し肉を差し出すと、彼らは驚いたように顔を見合わせ、奪い取るようにして肉に食らいつきました。

「……で? 何が望みだ。お遊びの相手か? それとも、侯爵様に言いつけて俺たちを捕まえさせるか?」
「ううん。わたくし、おカネを稼ぎたいの。……だから、みんなに『おしごと』を頼みたいの」
 
 子供たちは、一瞬呆気に取られた後、爆笑しました。

「ははは! 仕事だってよ!」
「おいおい、待て。お前、幾つだ?」
「……ご、五歳」

 一拍の沈黙のあと、さらに大きな笑い声が上がりました。
「五歳!? 冗談だろ!」
「貴族のお遊びに付き合ってられるかよ!」

『……アニエス、甘く見られてるねぇ。さあ、見せてやりな。あんたがただの「お人好しの聖女」じゃないってところを』

 わたくしは、表情を消しました。
 セシリアに見せる「怯えた顔」でもなく、お兄様に見せる「無邪気な笑顔」でもない。

 脳内の「守銭奴妖精」が、数多の修羅場を潜り抜けてきた時に浮かべていたであろう、冷徹な「商人の顔」です。

「……わらわないで。わたくし、じょうだんで言ってるんじゃないの」
 わたくしは、懐から「はじまりの銀貨」を一枚、指先で弾いて見せました。

 子供たちの笑いが、ピタリと止まりました。

「この銀貨を、みんなに一枚ずつあげる。……ただし、これからわたくしが教える『草』を集めて、街のギルドに流してきてほしいの」
「銀貨一枚だと……? 冗談じゃねえ、そんな大金、どこで……」

「わたくしがどうやって手に入れたかは、関係ないわ。……ねぇ、あなた。毎日ゴミを漁って、いつ死ぬかわからない生活を続ける? それとも、わたくしの『投資』に乗って、明日からのパンを確実に手にする?」

 少年たちは、ぞくりと背筋を冷やしました。目の前にいるのは、確かに五歳の少女のはずなのに――その目は、大人の商人が値踏みをするときのそれだったのです。
 五歳の幼い口調のまま。けれど、その言葉が突きつけるのは、明日を生きるか、今日を捨てるかという、あまりにも現実的な選択でした。

「……あんた、本当に五歳かよ。化け物か?」
「えへへ。ただの『守銭奴』だよ、っておねえちゃんが言ってたよ!」
 わたくしは、再び子供らしい笑顔に戻りました。
 このギャップこそが、相手を翻弄する最高の武器だと、おねえちゃんから教わったのです。

『最高だね! 恐怖と報酬を同時に与える。人心掌握の基本だよ。さあ、この路地裏の王様たちを、あんたの忠実な「猟犬」に変えてしまいなさい』

 わたくしは、彼らに薬草の形を土の上に描き、丁寧に教えました。彼らにとっては、今まで見向きもしなかった雑草。それが、わたくしという頭脳を通すことで、金貨に変わる錬金術。

「もし、わたくしを裏切ったら……このおカネは、次からは別の人にあげる。……わかってるよね?」
「……ああ。わかったよ、お嬢様。……いや、ボス」
 少年たちは、わたくしに深々と頭を下げました。それは、貴族に対する儀礼的な礼ではなく、圧倒的な「強者」に対する敬意の証でした。

 わたくしは離宮に戻り、泥だらけの手を洗いました。これで、わたくしの目と耳が街に放たれた。
 お父様の知らないところで、お義母様やセシリアが贅沢に溺れている間に、わたくしは着々とこの街の『おカネのにおい』がする場所すべてに、わたくしの『目』と『耳』を隠していくのです」

「……おねえちゃん、わたくし、うまくできたかな?」

『満点だよ、アニエス。……さあ、次は侯爵家の方も少し「掃除」が必要だね。あの義母が、あんたのお兄ちゃんの教育予算を削って、自分たちのドレス代に回そうとしてるみたいだよ?』

「おにーたんのおカネを……? ……ゆるさない」
 わたくしの瞳に、初めて冷たい怒りの炎が宿りました。奪われるのは、わたくしだけで十分。
お兄様の未来を奪う者は、たとえ家族であっても、徹底的に「損切り」して差し上げますわ。
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