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お兄様の縁談クラッシャー
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「……テオ、調べられた?」
わたくしは離宮の裏で、影のように佇むテオに問いかけました。
七歳になったわたくしの前で、テオは恭しく膝をついています。彼ら孤児たちにとって、わたくしが与える「おカネ」と「的確な指示」は、もはや神託に近いものになっていました。
「はい、ボス。ルシアン様の婚約者候補、ロシュフォール伯爵令嬢の生家についてです。……あそこは、見た目こそ華やかですが、中身はシロアリに食われた大黒柱のような有様ですよ」
テオが差し出した紙片には、汚い字でびっしりと数字が並んでいました。
それを見たわたくしは、思わずクスッと笑ってしまいました。
「……まぁ。去年の不作を、隣国からの借金で埋めてるの? それも、利息がすごく高い闇のギルドから……」
『ひっひっひ! 典型的な「見栄っ張り」の自滅パターンだね。アニエス、あの一家がルシアンを欲しがっているのは、愛でも同盟でもないよ。侯爵家からの「持参金」で、自分たちの首の皮一枚を繋ごうとしてるのさ』
「お兄様を、おカネの代わりにしようなんて……。許さないわ」
わたくしの瞳から、温度が消えました。
ルシアンお兄様は、内緒でわたくしにパンや教科書を届けるために、自分のお小遣いを削ってまで尽くしてくれました。そのお兄様を、借金の形に売るなんて、商売人としても妹としても、看過できません。
「テオ。……この伯爵家の借用書を、すべて買い集めてきて。もちろん、わたくしの名前は出さないでね」
「すべて……ですか? かなりの額になりますが……」
「大丈夫よ。先月の『塩の先物取引』で稼いだ分があるわ。……それから、街で一番有名な『貸金業者』に、こう伝えて――」
わたくしは、七歳の子供らしい愛らしい声で、恐ろしい内容を囁きました。
「――ロシュフォール伯爵家は、もうすぐ破産するわよ。今のうちに債権を手放さないと、1リラも戻ってこないわよ、って」
数日後。侯爵邸の応接室からは、お父様の怒号が響いていました。
「どういうことだ! ロシュフォール伯爵家が破産申請を出しただと!? 婚約の話はどうなる!」
隠し扉の向こうで聞き耳を立てていたわたくしは、満足げに口角を上げました。
わたくしが裏で手を回し、伯爵家の借金を一気に「一括返済」か「破産」かの二択に追い込んだのです。結果、彼らは婚約どころではなくなり、夜逃げ同然で領地へ引きこもっていきました。
「……ふぅ。これでひとつ、お片付け完了ね」
『あくどいねぇ、アニエス! まさか、お兄ちゃんの婚約話を「債権回収」の一環で叩き潰すとはね。……おかげで、あんたの手元には伯爵家の領地の一部が転がり込んできたじゃないか』
「えへへ。お兄様の自由も守れて、わたくしの資産も増える。……これこそ、最高の『人助け』でしょ?」
わたくしが離宮へ戻ろうとすると、庭の向こうで呆然と立ち尽くしているルシアンお兄様を見つけました。
「ルシアンお兄様!」
「……アニエス。……不思議なんだ。あんなに強引だった縁談が、急に立ち消えになった。まるでお星様が、僕を助けてくれたみたいだ……」
お兄様は、わたくしを抱きしめて震えていました。
そのお星様の正体が、泥だらけの手で計算書を睨んでいる妹だとは、夢にも思っていないでしょう。
「よかったね、ルシアンお兄様! これでまた、わたくしとお勉強できるね!」
「ああ、そうだね。……ありがとう、アニエス」
お兄様の優しい声を聞きながら、わたくしは決意を新たにしました。今はまだ、お兄様の「婚約を壊す」程度。
でも、もっとおカネを貯めて、もっと大きな力を手に入れたら――。
その時、頭の中のおねえちゃんが、真剣な声で囁きました。
『……アニエス、浮かれてる場合じゃないよ。街のギルドが騒ぎ始めてる。……「正体不明の影の投資家」を探そうとしている連中がいる。その中には、隣国の冷徹な公爵も混じっているみたいだねぇ』
「……隣国の、公爵しゃま?」
わたくしは、まだ見ぬその人物の名を、小さな舌で転がしました。
これが、のちにわたくしの「全財産」を狙いに来る、あの腹黒公爵フェリックスとの、見えない接触の始まりでした。
______________
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わたくしは離宮の裏で、影のように佇むテオに問いかけました。
七歳になったわたくしの前で、テオは恭しく膝をついています。彼ら孤児たちにとって、わたくしが与える「おカネ」と「的確な指示」は、もはや神託に近いものになっていました。
「はい、ボス。ルシアン様の婚約者候補、ロシュフォール伯爵令嬢の生家についてです。……あそこは、見た目こそ華やかですが、中身はシロアリに食われた大黒柱のような有様ですよ」
テオが差し出した紙片には、汚い字でびっしりと数字が並んでいました。
それを見たわたくしは、思わずクスッと笑ってしまいました。
「……まぁ。去年の不作を、隣国からの借金で埋めてるの? それも、利息がすごく高い闇のギルドから……」
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「お兄様を、おカネの代わりにしようなんて……。許さないわ」
わたくしの瞳から、温度が消えました。
ルシアンお兄様は、内緒でわたくしにパンや教科書を届けるために、自分のお小遣いを削ってまで尽くしてくれました。そのお兄様を、借金の形に売るなんて、商売人としても妹としても、看過できません。
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「すべて……ですか? かなりの額になりますが……」
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「――ロシュフォール伯爵家は、もうすぐ破産するわよ。今のうちに債権を手放さないと、1リラも戻ってこないわよ、って」
数日後。侯爵邸の応接室からは、お父様の怒号が響いていました。
「どういうことだ! ロシュフォール伯爵家が破産申請を出しただと!? 婚約の話はどうなる!」
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わたくしが裏で手を回し、伯爵家の借金を一気に「一括返済」か「破産」かの二択に追い込んだのです。結果、彼らは婚約どころではなくなり、夜逃げ同然で領地へ引きこもっていきました。
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わたくしが離宮へ戻ろうとすると、庭の向こうで呆然と立ち尽くしているルシアンお兄様を見つけました。
「ルシアンお兄様!」
「……アニエス。……不思議なんだ。あんなに強引だった縁談が、急に立ち消えになった。まるでお星様が、僕を助けてくれたみたいだ……」
お兄様は、わたくしを抱きしめて震えていました。
そのお星様の正体が、泥だらけの手で計算書を睨んでいる妹だとは、夢にも思っていないでしょう。
「よかったね、ルシアンお兄様! これでまた、わたくしとお勉強できるね!」
「ああ、そうだね。……ありがとう、アニエス」
お兄様の優しい声を聞きながら、わたくしは決意を新たにしました。今はまだ、お兄様の「婚約を壊す」程度。
でも、もっとおカネを貯めて、もっと大きな力を手に入れたら――。
その時、頭の中のおねえちゃんが、真剣な声で囁きました。
『……アニエス、浮かれてる場合じゃないよ。街のギルドが騒ぎ始めてる。……「正体不明の影の投資家」を探そうとしている連中がいる。その中には、隣国の冷徹な公爵も混じっているみたいだねぇ』
「……隣国の、公爵しゃま?」
わたくしは、まだ見ぬその人物の名を、小さな舌で転がしました。
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