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義母は仲間になる
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それから二年の月日が流れ、わたくしは七歳になりました。
見た目は少し背が伸びただけの、相変わらず「つぎはぎドレス」が似合う地味な幼女です。けれど、わたくしの裏の顔――路地裏の孤児たちが「ボス」と仰ぐ存在としての影響力は、街の暗がりにじわじわと根を張っています。
『いいかい、アニエス。商売の基本は「情報の格差」だ。誰もが知っていることは1リラの価値もない。だが、誰も気づいていない「予兆」は金貨の山に化けるのさ』
「……予兆。おねえちゃん、これのことだね?」
わたくしは、床下に隠した秘密のノートを広げました。
そこには、猟犬(孤児)たちが集めてきた「街の小さな変化」が記されています。
――北門を通る塩の馬車が三台減った。
――港の倉庫で、特定の香料が買い占められている。
――隣国の商人が、なぜか「羊毛」ではなく「麻」を求めている。
これらを繋ぎ合わせると、一つの答えが浮かびます。
「……もうすぐ、お洋服のおカネが高くなる。それから、お肉を保存する塩も足りなくなるね」
『ひっひっひ! 正解だ。さあ、仕込みの時間だよ、ボス』
ある日の午後。わたくしは、ルシアンお兄様の「お使い」という名目で、厳重な変装をして街へ出ました。
大きなフードを深く被り、顔を隠したわたくしを待っていたのは、かつて干し肉で手なずけたあの少年――今はわたくしの右腕として街を奔走している、十歳のテオです。
「……ボス。例の件、準備が整いました。ギルドの若手商人が数人、鼻を利かせて動いています」
「ごくろうさま、テオ。……彼らには『ヒント』を安く売ってあげて。でも、一番いい場所(倉庫)は、わたくしたちが先に押さえておくの」
七歳の幼女とは思えない冷徹な声。
わたくしは、お義母様から「口止め料」としてせしめたおカネを元手に、すでに街の古い空き倉庫をいくつか、代理人名義で借り受けていたのです。
「しかし、ボス……。こんな小さな女の子が、本当に街の物流を操っているなんて、誰も信じないでしょうね」
「それでいいの。……わたくしは、ただの『いらない子』なんだもん」
わたくしはフードの奥でにっこりと微笑みました。
その帰り道。わたくしは侯爵邸の勝手口付近で、ある人物と鉢合わせました……。ルシアンお兄様です。
「アニエス……? そんな格好をして、どこへ行っていたんだい?」
ルシアンお兄様の瞳には、明らかな不安が浮かんでいました。
最近、わたくしが離宮を空けることが多いことに気づいているようです。わたくしは一瞬で「守銭奴のボス」から「あどけない妹」へと仮面を切り替えました。
「あ、ルシアンお兄様! えへへ……あのね、お庭の向こうに、とってもきれいな石ころがあったの。それを探してたら、迷子になっちゃって……」
わたくしはわざとらしく、泥のついた手を背中に隠しました。
「迷子? ああ、危ないじゃないか。……アニエス、最近、義母様たちの当たりが以前よりはマシになったとはいえ、まだ油断はできないんだ。何かあったら、すぐに僕を呼ぶんだよ?」
「うん! ルシアンお兄様、だいしゅき!」
お兄様はわたくしをぎゅっと抱きしめました。
その腕の細さに、わたくしは胸を痛めます。ルシアンお兄様は、次期当主としての重圧と、お父様からの厳しい期待に押しつぶされそうになっています。お兄様が誠実に学問に励む一方で、お父様はルシアンお兄様を「道具」としてしか見ていない。
「……アニエス。実はね、父上が僕の婚約話を勝手に進めようとしているんだ。相手は……王家とも繋がりのある、権力欲の強い侯爵家のご令嬢だ。もしその縁談が決まれば、僕は一生、父上の言いなりになってしまう……」
お兄様の吐息は、絶望に満ちていました。お父様は、お兄様の高潔さを利用して、侯爵家の権勢をさらに広げようとしているのです。
『……ほう。お父上、ルシアンを「高く売り払う」つもりだね。アニエス、どうする? お兄ちゃんが不幸な結婚をして、一生籠の中の鳥になるのを指をくわえて見てるかい?』
( ……そんなの、絶対にイヤ! )
わたくしは、お兄様の背中に回した小さな手に、ぐっと力を込めました。
「だいじょーぶだよ、ルシアンお兄様。わたしが、お星さまにお祈りしてあげる。……ぜったい、悪いようにはならないよ!」
( お星さまにお祈りする「物理的に おカネを動かす」から、待っててね、お兄様 )
お兄様の縁談相手の家が、どれだけおカネに困っているか。その家の当主が、裏でどんな怪しい投資に手を出しているか。わたくしの「猟犬」たちに調べさせれば、数日で答えが出るでしょう。
「縁談」という名の商談を、わたくしがもっと魅力的な「別の商談」にすり替えて、破談に追い込んで差し上げます。
離宮に戻ったわたくしは、月明かりの下で一枚の銀貨を弄びました。
「おねえちゃん。……お兄様の自由を買うには、あとどれくらいおカネがいるかな?」
『ひっひっひ! 公爵を一人買収できるくらい、と言いたいところだけど……。いいかいアニエス。お金で愛は買えないけど、お金で「邪魔な愛のない縁談」をぶち壊すことは、赤子の手をひねるより簡単だよ』
「……ふふ。じゃあ、まずはそのお家の帳簿、ボロボロにしてあげなきゃね」
七歳の聖女の娘は、鏡の中の自分に向かって、冷たく、そして、躊躇の欠片もない悪役の笑みを浮かべるのでした。
______________
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見た目は少し背が伸びただけの、相変わらず「つぎはぎドレス」が似合う地味な幼女です。けれど、わたくしの裏の顔――路地裏の孤児たちが「ボス」と仰ぐ存在としての影響力は、街の暗がりにじわじわと根を張っています。
『いいかい、アニエス。商売の基本は「情報の格差」だ。誰もが知っていることは1リラの価値もない。だが、誰も気づいていない「予兆」は金貨の山に化けるのさ』
「……予兆。おねえちゃん、これのことだね?」
わたくしは、床下に隠した秘密のノートを広げました。
そこには、猟犬(孤児)たちが集めてきた「街の小さな変化」が記されています。
――北門を通る塩の馬車が三台減った。
――港の倉庫で、特定の香料が買い占められている。
――隣国の商人が、なぜか「羊毛」ではなく「麻」を求めている。
これらを繋ぎ合わせると、一つの答えが浮かびます。
「……もうすぐ、お洋服のおカネが高くなる。それから、お肉を保存する塩も足りなくなるね」
『ひっひっひ! 正解だ。さあ、仕込みの時間だよ、ボス』
ある日の午後。わたくしは、ルシアンお兄様の「お使い」という名目で、厳重な変装をして街へ出ました。
大きなフードを深く被り、顔を隠したわたくしを待っていたのは、かつて干し肉で手なずけたあの少年――今はわたくしの右腕として街を奔走している、十歳のテオです。
「……ボス。例の件、準備が整いました。ギルドの若手商人が数人、鼻を利かせて動いています」
「ごくろうさま、テオ。……彼らには『ヒント』を安く売ってあげて。でも、一番いい場所(倉庫)は、わたくしたちが先に押さえておくの」
七歳の幼女とは思えない冷徹な声。
わたくしは、お義母様から「口止め料」としてせしめたおカネを元手に、すでに街の古い空き倉庫をいくつか、代理人名義で借り受けていたのです。
「しかし、ボス……。こんな小さな女の子が、本当に街の物流を操っているなんて、誰も信じないでしょうね」
「それでいいの。……わたくしは、ただの『いらない子』なんだもん」
わたくしはフードの奥でにっこりと微笑みました。
その帰り道。わたくしは侯爵邸の勝手口付近で、ある人物と鉢合わせました……。ルシアンお兄様です。
「アニエス……? そんな格好をして、どこへ行っていたんだい?」
ルシアンお兄様の瞳には、明らかな不安が浮かんでいました。
最近、わたくしが離宮を空けることが多いことに気づいているようです。わたくしは一瞬で「守銭奴のボス」から「あどけない妹」へと仮面を切り替えました。
「あ、ルシアンお兄様! えへへ……あのね、お庭の向こうに、とってもきれいな石ころがあったの。それを探してたら、迷子になっちゃって……」
わたくしはわざとらしく、泥のついた手を背中に隠しました。
「迷子? ああ、危ないじゃないか。……アニエス、最近、義母様たちの当たりが以前よりはマシになったとはいえ、まだ油断はできないんだ。何かあったら、すぐに僕を呼ぶんだよ?」
「うん! ルシアンお兄様、だいしゅき!」
お兄様はわたくしをぎゅっと抱きしめました。
その腕の細さに、わたくしは胸を痛めます。ルシアンお兄様は、次期当主としての重圧と、お父様からの厳しい期待に押しつぶされそうになっています。お兄様が誠実に学問に励む一方で、お父様はルシアンお兄様を「道具」としてしか見ていない。
「……アニエス。実はね、父上が僕の婚約話を勝手に進めようとしているんだ。相手は……王家とも繋がりのある、権力欲の強い侯爵家のご令嬢だ。もしその縁談が決まれば、僕は一生、父上の言いなりになってしまう……」
お兄様の吐息は、絶望に満ちていました。お父様は、お兄様の高潔さを利用して、侯爵家の権勢をさらに広げようとしているのです。
『……ほう。お父上、ルシアンを「高く売り払う」つもりだね。アニエス、どうする? お兄ちゃんが不幸な結婚をして、一生籠の中の鳥になるのを指をくわえて見てるかい?』
( ……そんなの、絶対にイヤ! )
わたくしは、お兄様の背中に回した小さな手に、ぐっと力を込めました。
「だいじょーぶだよ、ルシアンお兄様。わたしが、お星さまにお祈りしてあげる。……ぜったい、悪いようにはならないよ!」
( お星さまにお祈りする「物理的に おカネを動かす」から、待っててね、お兄様 )
お兄様の縁談相手の家が、どれだけおカネに困っているか。その家の当主が、裏でどんな怪しい投資に手を出しているか。わたくしの「猟犬」たちに調べさせれば、数日で答えが出るでしょう。
「縁談」という名の商談を、わたくしがもっと魅力的な「別の商談」にすり替えて、破談に追い込んで差し上げます。
離宮に戻ったわたくしは、月明かりの下で一枚の銀貨を弄びました。
「おねえちゃん。……お兄様の自由を買うには、あとどれくらいおカネがいるかな?」
『ひっひっひ! 公爵を一人買収できるくらい、と言いたいところだけど……。いいかいアニエス。お金で愛は買えないけど、お金で「邪魔な愛のない縁談」をぶち壊すことは、赤子の手をひねるより簡単だよ』
「……ふふ。じゃあ、まずはそのお家の帳簿、ボロボロにしてあげなきゃね」
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