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王都の砂糖パニック
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「……おねえちゃん、街の空気がなんだか甘ったるいね。それも、腐りかけた果実みたいな、嫌な甘さ」
わたくしは離宮の窓から、王都の方向に立ち上る賑わい――というよりは、狂乱に近い喧騒を眺めていました。七歳のわたくしの手元には、テオが今朝届けてくれた一枚の報告書があります。
『ひっひっひ! 欲の匂いだよ、アニエス。……隣国の主要な砂糖キビ産地が大嵐で全滅した。その噂が流れた途端、王都中の商人が砂糖を買い占め始めたのさ。昨日まで1リラだった砂糖の塊が、今や銀貨1枚でも手に入らない始末だよ』
「砂糖。……人間って、なくても死なないものに、どうしてそんなにおカネを払うのかしら」
わたくしは、手元の紅茶に、一粒だけ残っていた貴重な砂糖を落としました。
甘いものは好きですが、それ以上に、この「狂った相場」がもたらす利益の香りに、わたくしの鼻は敏感に反応していました。
翌日。本館では、お義母様とセシリアちゃんが絶望的な顔で叫んでいました。
「信じられないわ! 馴染みの菓子屋が、いつもの三倍の値段を吹っかけてくるなんて! しかも、予約していたお茶会のための砂糖が届かないっていうのよ!」
「ねえ、お母様、なんとかして! 明日のお茶会には、王都中の令嬢たちが来るんですのよ? お砂糖のないお菓子なんて出したら、わたくし、一生笑いものですわ!」
お父様も、執務室で頭を抱えていました。
「……軍の保存食に使う砂糖が確保できん。商会どもが裏で結託して、値段を釣り上げている。このままでは、王家からの信頼を失いかねん」
侯爵家ですら、この「砂糖パニック」の荒波に飲み込まれていました。
王都の砂糖は、大手商会「ギルバート商会」がそのほとんどを牛耳っており、彼らは市場をコントロールして法外な利益を得ようとしていたのです。
(……ふふ。ギルバート商会。あそこは、お父様とも仲がいいけれど、裏ではお義母様の贅沢を支えるために、不正な融資も行っている場所)
わたくしは、床板の下に隠した「街の情報網」を動かすことにしました。
「テオ。準備はいい?」
離宮の裏。フードを被ったテオが、数人の少年たちを連れて現れました。
「はい、ボス。……例の『代用品』、指定の倉庫に山積みにしてあります。街の商人たちは、それが本物の砂糖だと思い込んで、今か今かと狙っていますよ」
わたくしがテオに用意させたのは、砂糖ではありません。
聖女だったお母様が残した古いハーブの記録にあった、「甘い味がするけれど、お菓子には使えない白い粉(特定の薬草の根の粉末)」です。
見た目は最高級の白砂糖にそっくりですが、熱を加えると苦くなり、固まってしまいます。
「いい? これを『ギルバート商会の隠し在庫』だという噂と一緒に、市場に流して。ただし、売るのは『小出し』に。……一番欲しがっている、お父様と義母様にも『たまたま見つけた安売り』として情報を回すの」
「……ボス。それ、侯爵様たちを騙すことになるんじゃ……」
「騙してないわよ。わたくしは『甘い粉』だと言って売るだけ。それを砂糖だと思い込むのは、彼らの強欲でしょう?」
わたくしは、冷たく、そして美しく微笑みました。
その日の午後。わたくしは、わざとらしく困った顔で、お義母様の部屋を訪ねました。
「お義母様……。お庭で遊んでいたら、変なおじさんが『お砂糖を安く譲るよ』って言ってたの。……でも、わたくし、おカネが足りなくて」
「な、何ですって!? その男はどこにいるの! すぐに案内しなさい!」
お義母様は、わたくしを突き飛ばさんばかりの勢いで立ち上がりました。
そして、わたくしが教えた「秘密の場所」で、大量の『白い粉』を、時価の半値(それでも普段の数倍の値段)で買い占めました。
さらには、それをお父様に「自分が手配した軍用砂糖」として自慢げに差し出したのです。
「ああ、エルザ! お前は素晴らしい妻だ! これでギルバート商会に頭を下げずに済む!」
お父様は大喜びで、その粉を軍の倉庫へ運び込ませました。
そして、セシリアちゃんのお茶会。最高のパティシエが、お義母様の買ってきた「砂糖」を使って、豪華なケーキを焼き上げ……。
「……っ!? 何これ、苦いわ! 砂を食べているみたい!」
「セシリア様、これは嫌がらせですか!?」
お茶会は、令嬢たちの悲鳴と罵倒で修羅場と化しました。
同時に、軍の倉庫では、その粉を混ぜた保存食がカチカチに固まって使い物にならなくなり、お父様の顔は土気色に変わりました。
「……あら、大変。せっかくのお砂糖が、偽物だったなんてね。ふふ」
わたくしは離宮で、テオが運んできた「本物の白砂糖」をたっぷりかけたトーストを頬張りました。
お義母様とお父様が、偽物の砂糖に大金を払い、さらに信頼を失って右往左往している間に、わたくしは――。
1.偽物の粉を売った利益で、市場の「本物の砂糖」をこっそり安値で買い叩く。
2.ギルバート商会の「不正融資」の証拠を、混乱に乗じて盗み出す。
3.お父様に、「本物の砂糖」をどこからか調達して『奇跡の解決』を演出し、さらに深い恩を売る。
一石三鳥どころか、街の経済の首根っこを掴むような大仕事です。
『ひっひっひ! 悪い子だねぇ、アニエス! 家族をカモにして、自分だけは甘い朝食を食べてるんだから。……これで王都の砂糖相場は、あんたの手のひらの上だよ』
「だっておねえちゃん。……甘い蜜には、アリさんが寄ってくるって言ったのは、おねえちゃんでしょう?」
わたくしは、最後の一口を飲み込み、銀貨を1リラだけ指の上で弾きました。
お父様、お義母様。わたくしを無視し続けた「甘い生活」の代償、これからもたっぷりとお支払いいただきますわ。
______________
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わたくしは離宮の窓から、王都の方向に立ち上る賑わい――というよりは、狂乱に近い喧騒を眺めていました。七歳のわたくしの手元には、テオが今朝届けてくれた一枚の報告書があります。
『ひっひっひ! 欲の匂いだよ、アニエス。……隣国の主要な砂糖キビ産地が大嵐で全滅した。その噂が流れた途端、王都中の商人が砂糖を買い占め始めたのさ。昨日まで1リラだった砂糖の塊が、今や銀貨1枚でも手に入らない始末だよ』
「砂糖。……人間って、なくても死なないものに、どうしてそんなにおカネを払うのかしら」
わたくしは、手元の紅茶に、一粒だけ残っていた貴重な砂糖を落としました。
甘いものは好きですが、それ以上に、この「狂った相場」がもたらす利益の香りに、わたくしの鼻は敏感に反応していました。
翌日。本館では、お義母様とセシリアちゃんが絶望的な顔で叫んでいました。
「信じられないわ! 馴染みの菓子屋が、いつもの三倍の値段を吹っかけてくるなんて! しかも、予約していたお茶会のための砂糖が届かないっていうのよ!」
「ねえ、お母様、なんとかして! 明日のお茶会には、王都中の令嬢たちが来るんですのよ? お砂糖のないお菓子なんて出したら、わたくし、一生笑いものですわ!」
お父様も、執務室で頭を抱えていました。
「……軍の保存食に使う砂糖が確保できん。商会どもが裏で結託して、値段を釣り上げている。このままでは、王家からの信頼を失いかねん」
侯爵家ですら、この「砂糖パニック」の荒波に飲み込まれていました。
王都の砂糖は、大手商会「ギルバート商会」がそのほとんどを牛耳っており、彼らは市場をコントロールして法外な利益を得ようとしていたのです。
(……ふふ。ギルバート商会。あそこは、お父様とも仲がいいけれど、裏ではお義母様の贅沢を支えるために、不正な融資も行っている場所)
わたくしは、床板の下に隠した「街の情報網」を動かすことにしました。
「テオ。準備はいい?」
離宮の裏。フードを被ったテオが、数人の少年たちを連れて現れました。
「はい、ボス。……例の『代用品』、指定の倉庫に山積みにしてあります。街の商人たちは、それが本物の砂糖だと思い込んで、今か今かと狙っていますよ」
わたくしがテオに用意させたのは、砂糖ではありません。
聖女だったお母様が残した古いハーブの記録にあった、「甘い味がするけれど、お菓子には使えない白い粉(特定の薬草の根の粉末)」です。
見た目は最高級の白砂糖にそっくりですが、熱を加えると苦くなり、固まってしまいます。
「いい? これを『ギルバート商会の隠し在庫』だという噂と一緒に、市場に流して。ただし、売るのは『小出し』に。……一番欲しがっている、お父様と義母様にも『たまたま見つけた安売り』として情報を回すの」
「……ボス。それ、侯爵様たちを騙すことになるんじゃ……」
「騙してないわよ。わたくしは『甘い粉』だと言って売るだけ。それを砂糖だと思い込むのは、彼らの強欲でしょう?」
わたくしは、冷たく、そして美しく微笑みました。
その日の午後。わたくしは、わざとらしく困った顔で、お義母様の部屋を訪ねました。
「お義母様……。お庭で遊んでいたら、変なおじさんが『お砂糖を安く譲るよ』って言ってたの。……でも、わたくし、おカネが足りなくて」
「な、何ですって!? その男はどこにいるの! すぐに案内しなさい!」
お義母様は、わたくしを突き飛ばさんばかりの勢いで立ち上がりました。
そして、わたくしが教えた「秘密の場所」で、大量の『白い粉』を、時価の半値(それでも普段の数倍の値段)で買い占めました。
さらには、それをお父様に「自分が手配した軍用砂糖」として自慢げに差し出したのです。
「ああ、エルザ! お前は素晴らしい妻だ! これでギルバート商会に頭を下げずに済む!」
お父様は大喜びで、その粉を軍の倉庫へ運び込ませました。
そして、セシリアちゃんのお茶会。最高のパティシエが、お義母様の買ってきた「砂糖」を使って、豪華なケーキを焼き上げ……。
「……っ!? 何これ、苦いわ! 砂を食べているみたい!」
「セシリア様、これは嫌がらせですか!?」
お茶会は、令嬢たちの悲鳴と罵倒で修羅場と化しました。
同時に、軍の倉庫では、その粉を混ぜた保存食がカチカチに固まって使い物にならなくなり、お父様の顔は土気色に変わりました。
「……あら、大変。せっかくのお砂糖が、偽物だったなんてね。ふふ」
わたくしは離宮で、テオが運んできた「本物の白砂糖」をたっぷりかけたトーストを頬張りました。
お義母様とお父様が、偽物の砂糖に大金を払い、さらに信頼を失って右往左往している間に、わたくしは――。
1.偽物の粉を売った利益で、市場の「本物の砂糖」をこっそり安値で買い叩く。
2.ギルバート商会の「不正融資」の証拠を、混乱に乗じて盗み出す。
3.お父様に、「本物の砂糖」をどこからか調達して『奇跡の解決』を演出し、さらに深い恩を売る。
一石三鳥どころか、街の経済の首根っこを掴むような大仕事です。
『ひっひっひ! 悪い子だねぇ、アニエス! 家族をカモにして、自分だけは甘い朝食を食べてるんだから。……これで王都の砂糖相場は、あんたの手のひらの上だよ』
「だっておねえちゃん。……甘い蜜には、アリさんが寄ってくるって言ったのは、おねえちゃんでしょう?」
わたくしは、最後の一口を飲み込み、銀貨を1リラだけ指の上で弾きました。
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