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離宮の主
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「……おねえちゃん。これ、お庭に埋めてもいい?」
わたくしは、離宮の裏手にある荒れ果てた温室の片隅で、小さな、でもずっしりと重い「種」を握りしめていました。それは植物の種ではなく、テオたちを通じて街の裏ルートから手に入れた、隣国でしか採れないという「希少な香料の原木」の挿し木です。
『ひっひっひ! いいとも。アニエス、あんたが義母様からせしめた「口止め料」の一部をこれに変えたのは正解だ。この木はね、成長は遅いが、数年後には金貨を産む実りになる。……あんたの将来のための貯金さ』
「将来の、ちょきん……。ふふ、楽しみ!」
わたくしはスコップで土を掘り、丁寧に苗を植えました。
七歳のわたくしにとって、この離宮はもはや「追いやられた場所」ではなく、誰にも邪魔されない秘密の楽園へと変わりつつありました。
その日の午後。わたくしは本館へ足を運びました。
お義母様は、あの五百万リラの事件以来、わたくしの姿を見るたびに肩をビクつかせ、媚びるような笑みを浮かべるようになっています。
「あ、アニエス。……今日は何か、必要なものでもあるのかしら?」
「お義母様。わたくし、離宮が少し古くなっていて、夜が寒くて眠れないの。……だから、少しだけ直してもいいですか?」
「ええ、ええ! もちろんよ。……ああ、でも、旦那様に予算を相談するのは……」
「大丈夫です。おカネは、わたくしの『貯金箱』にあるものを使いますから。お母様は、腕のいい大工さんを紹介してくれるだけでいいんです」
わたくしは、にっこりと微笑みました。
お義母様は「自分の懐が痛まないなら」と安堵し、すぐに王都でも評判の、でも「口の堅い」職人を手配してくれました。
わたくしが求めたのは、ただの修理ではありません。
―離宮の床下すべてを、湿気対策という名目で「耐火・盗難防止仕様の隠し金庫」にすること。
―壁の隙間に、本館の会話が聞こえてくる「集音管」を隠すこと。
―そして、いざという時に街へ逃げ出せる「秘密の地下道」を掘ること。
『アニエス、あんた本当に徹底してるねぇ。七歳で自宅を「要塞化」する令嬢なんて、前代未聞だよ』
「だって、おねえちゃんが、おカネを守るのは、命を守るのと同じだって言ってたんだもん」
数週間後。離宮は見た目こそ相変わらず「古びた建物」でしたが、その内部は最新の防犯設備と、莫大な資産を隠す要塞のような機能を備えていました。
そんなある日、ルシアンお兄様が離宮を訪ねてきました。
「アニエス……。最近、ここの空気が変わった気がするね。なんだか、とても落ち着くんだ。……それに、君の顔つきも」
ルシアンお兄様は、わたくしの少し大人びた横顔を見て、不思議そうに首を傾げました。
「お兄様、わたくし、決めたの。……いつか、お兄様がこの家を継ぐ時、おカネのことで困らなくていいように、わたくしが全部準備しておくね」
「……アニエス。君はいつも、自分のことより僕のことを……。ありがとう」
お兄様は、わたくしの小さな手を握りしめました。
お兄様は優しい。でも、優しさだけではこの弱肉強食の貴族社会は生き抜けない。だから、わたくしが「盾」になり、「矛」になる。
お兄様が立派な侯爵になるための資金も、敵を黙らせるための弱みも、すべてわたくしがこの離宮の地下に積み上げてみせます。
『いい決意だね。……さあ、アニエス。家の中の地盤が固まったら、次はいよいよ「街」を支配しに行くよ。……あんたの猟犬たちが、面白い商談を持ってきたみたいだ』
「……商談? わたくし、今度は何を買えばいいの?」
わたくしは、床板の下に隠された、ずっしりと重い1リラの銀貨を1枚取り出し、太陽にかざしました。
アニエスの「実家買収計画」は、いよいよ家族を越えて、王都の経済そのものへと触手を伸ばし始めるのです。
______________
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わたくしは、離宮の裏手にある荒れ果てた温室の片隅で、小さな、でもずっしりと重い「種」を握りしめていました。それは植物の種ではなく、テオたちを通じて街の裏ルートから手に入れた、隣国でしか採れないという「希少な香料の原木」の挿し木です。
『ひっひっひ! いいとも。アニエス、あんたが義母様からせしめた「口止め料」の一部をこれに変えたのは正解だ。この木はね、成長は遅いが、数年後には金貨を産む実りになる。……あんたの将来のための貯金さ』
「将来の、ちょきん……。ふふ、楽しみ!」
わたくしはスコップで土を掘り、丁寧に苗を植えました。
七歳のわたくしにとって、この離宮はもはや「追いやられた場所」ではなく、誰にも邪魔されない秘密の楽園へと変わりつつありました。
その日の午後。わたくしは本館へ足を運びました。
お義母様は、あの五百万リラの事件以来、わたくしの姿を見るたびに肩をビクつかせ、媚びるような笑みを浮かべるようになっています。
「あ、アニエス。……今日は何か、必要なものでもあるのかしら?」
「お義母様。わたくし、離宮が少し古くなっていて、夜が寒くて眠れないの。……だから、少しだけ直してもいいですか?」
「ええ、ええ! もちろんよ。……ああ、でも、旦那様に予算を相談するのは……」
「大丈夫です。おカネは、わたくしの『貯金箱』にあるものを使いますから。お母様は、腕のいい大工さんを紹介してくれるだけでいいんです」
わたくしは、にっこりと微笑みました。
お義母様は「自分の懐が痛まないなら」と安堵し、すぐに王都でも評判の、でも「口の堅い」職人を手配してくれました。
わたくしが求めたのは、ただの修理ではありません。
―離宮の床下すべてを、湿気対策という名目で「耐火・盗難防止仕様の隠し金庫」にすること。
―壁の隙間に、本館の会話が聞こえてくる「集音管」を隠すこと。
―そして、いざという時に街へ逃げ出せる「秘密の地下道」を掘ること。
『アニエス、あんた本当に徹底してるねぇ。七歳で自宅を「要塞化」する令嬢なんて、前代未聞だよ』
「だって、おねえちゃんが、おカネを守るのは、命を守るのと同じだって言ってたんだもん」
数週間後。離宮は見た目こそ相変わらず「古びた建物」でしたが、その内部は最新の防犯設備と、莫大な資産を隠す要塞のような機能を備えていました。
そんなある日、ルシアンお兄様が離宮を訪ねてきました。
「アニエス……。最近、ここの空気が変わった気がするね。なんだか、とても落ち着くんだ。……それに、君の顔つきも」
ルシアンお兄様は、わたくしの少し大人びた横顔を見て、不思議そうに首を傾げました。
「お兄様、わたくし、決めたの。……いつか、お兄様がこの家を継ぐ時、おカネのことで困らなくていいように、わたくしが全部準備しておくね」
「……アニエス。君はいつも、自分のことより僕のことを……。ありがとう」
お兄様は、わたくしの小さな手を握りしめました。
お兄様は優しい。でも、優しさだけではこの弱肉強食の貴族社会は生き抜けない。だから、わたくしが「盾」になり、「矛」になる。
お兄様が立派な侯爵になるための資金も、敵を黙らせるための弱みも、すべてわたくしがこの離宮の地下に積み上げてみせます。
『いい決意だね。……さあ、アニエス。家の中の地盤が固まったら、次はいよいよ「街」を支配しに行くよ。……あんたの猟犬たちが、面白い商談を持ってきたみたいだ』
「……商談? わたくし、今度は何を買えばいいの?」
わたくしは、床板の下に隠された、ずっしりと重い1リラの銀貨を1枚取り出し、太陽にかざしました。
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